表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

237/322

235話:疫病

物流差。


工業差。


医療差。


残酷に出る。


雨季が長引いた。


それだけだった。


本来なら、

それだけで終わる話だった。


しかし。


教育のない国家では、

雨は“災害”になる。


神殿国家ルーメシア南部。


湿った空気。

濁った水。

腐敗した食料。


そして。


病。


最初は小さな咳だった。


熱。

倦怠感。

腹痛。


数日後には、

村単位で人が倒れ始めた。


「神罰だ……」


神官はそう言った。


祈りを捧げろ。


神に懺悔しろ。


清めの祈祷を受けろ。


だが。


病人は減らない。


むしろ増えた。


理由は単純だった。


汚染水。


手洗い不足。


排泄管理不足。


腐敗食。


感染隔離知識ゼロ。


つまり。


衛生教育不足。


神官たちは気づいていなかった。


病とは。


“精神”ではなく、

“環境”で広がることを。


循環領。


中央医療院。


ピーターは静かに報告書を読んでいた。


机には大量の紙。


症状。

死亡率。

感染経路。

水源位置。

発生地域。


識字率が上がったことで、

報告精度が桁違いに上がっていた。


読める。


書ける。


だから状況共有できる。


これだけで、

国家は変わる。


「……早いな」


ピーターが呟く。


隣でミネルバが頷いた。


「南部から広がっています」


「水路沿いです」


「井戸も汚染されています」


「死者は?」


「報告上では千二百人を超えています」


部屋が静かになる。


かつてなら。


もっと死んでいた。


数万。


十万。


それでも不思議ではない。


しかし今は違う。


教師たちがいる。


索敵教師。


衛生教師。


治療教師。


物流教師。


教育が、

感染速度を遅らせていた。


ピーターは立ち上がった。


「最近の覚醒者で」


「薬師で“スキルポーション生成”っていう生徒がいたよね」


ミネルバがすぐに反応する。


「十人ほどいます」


「呼んでくれ」


「はい」


治癒魔法には限界がある。


これは、

循環側が最初期から理解していた。


傷。


裂傷。


骨折。


魔力欠乏。


それらには強い。


しかし。


病は違う。


細菌。


寄生。


汚染。


内臓障害。


それらは、

身体そのものの環境問題。


つまり。


薬。


衛生。


栄養。


休養。


そちらが必要だった。


ピーターは窓を見る。


外では、

子供たちが掃除をしている。


昔はなかった光景。


水路管理。


消毒。


手洗い。


沸騰。


下水分離。


食料保管。


全部、

教育で広まった。


だから循環側は、

疫病に強い。


魔法国家だからではない。


教育国家だから。


数時間後。


十人の若い薬師たちが集められた。


皆まだ若い。


十代後半。


二十代前半。


しかし目は真剣だった。


その中の一人。


少女が緊張した顔で言う。


「本当に……私たちが?」


ピーターは頷く。


「君たちしかできない」


「治癒魔法では間に合わない」


「ポーションで少しでも体力が回復していたらと思う」


沈黙。


薬師たちは顔を見合わせた。


恐怖はある。


当然だ。


疫病地域へ行く。


死ぬ可能性もある。


しかし。


逃げる者はいなかった。


なぜなら。


彼らは知っている。


自分たちが、

誰に育てられたか。


貧困。


病。


飢餓。


絶望。


そこから救われた。


だから。


今度は自分たちが救う。


一人の青年薬師が前に出た。


「行きます」


続く。


「私も」


「自分の家族を助けたい」


「兄を病で亡くしました」


「だから薬師になったんです」


ミネルバが静かに目を伏せた。


強くなった。


本当に。


昔なら、

泣いていた子たちだ。


今は違う。


自分で立っている。


環境が、

人を育てた。


ピーターは頷いた。


「ありがとう」


「物流班を付ける」


「衛生教師も同行」


「水路管理班も出す」


「感染地域は隔離」


「井戸は封鎖」


「沸騰指導を徹底」


「栄養食配布」


「ポーションは重症者優先」


指示が飛ぶ。


全員が動く。


迷いがない。


これが。


教育国家。


神殿国家ルーメシア。


一方その頃。


南部大神殿。


枢機卿が怒鳴っていた。


「なぜ止まらん!」


「祈祷はどうした!」


神官が震える。


「し、しかし……」


「病人が増え続けております……!」


「医療神官も倒れ始めています……!」


「井戸が……!」


枢機卿が机を叩く。


「黙れ!」


「信仰が足りん!」


その瞬間。


部屋の空気が凍る。


若い神官が静かに言った。


「……違います」


全員が振り返る。


若い。


二十代前半。


識字教師出身。


元々、

秘密学校に通っていた男だった。


「原因は水です」


「汚染されています」


「隔離と煮沸が必要です」


「排泄管理を変えないと」


枢機卿が顔を歪める。


「異端思想か!」


「誰に吹き込まれた!」


若い神官は静かだった。


「現実です」


「人が死んでいます」


「祈りでは止まりません」


枢機卿が杖を振り上げた。


しかし。


その場にいた別の神官が。


動かなかった。


さらに別の神官も。


俯いたまま。


誰も従わない。


なぜか。


もう知ってしまったから。


循環側の知識を。


文字を。


医学を。


衛生を。


現実を。


知った人間は戻れない。


それは。


宗教国家にとって、

最悪の病だった。


循環領。


グロマールは報告書を読んでいた。


セレスが隣に立つ。


「南部です」


「予想通り崩れ始めました」


グロマールは短く言う。


「死者は減らせ」


「はい」


「宗教はどうでもいい」


「人を救え」


セレスが小さく笑った。


「相変わらずですね」


「当たり前だ」


グロマールは視線を上げる。


窓の外。


巨大な物流都市。


学校。


病院。


工場。


紡織施設。


農業区画。


水路。


衛生管理。


教育。


全部が繋がっている。


これが。


循環。


英雄ではない。


奇跡でもない。


環境。


仕組み。


教育。


それが国家を変える。


そして今。


世界は。


その差を、

残酷なほど理解し始めていた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ