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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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225話:宗教国家

冬の終わり。


循環領の空は静かだった。


雪は薄くなり、

畑には少しずつ緑が戻り始めている。


農民たちは鍬を持ち、

子供たちは学校へ向かい、

工房では紡織機の音が鳴る。


誰かが命令しているわけではない。


人が、

自分で動いていた。


それが、

今の世界を変えている。


「……で?」


グロマールは書類から目を離さず言った。


向かいにはセレス。


その横にはマイク。


ピーターとミネルバもいる。


空気は少し重い。


セレスが静かに口を開いた。


「宗教国家が動き始めたわ」


「へぇ」


グロマールの反応は薄い。


セレスは苦笑した。


「興味なさそうね」


「いや、

だいたい予想通りだからな」


紙を置く。


グロマールの目は冷静だった。


「教育が広がれば、

絶対に敵対する勢力が出る」


ピーターが不安そうに聞く。


「……宗教国家って、

そんなに危ないんですか?」


グロマールは少し考えた。


そして答える。


「宗教自体は悪くない」


全員が静かになる。


「人は弱い。

支えは必要だ」


「死。

病。

貧困。

孤独」


「救いを求めるのは自然だ」


そこまでは、

誰も否定できない。


だが。


グロマールは続けた。


「問題は、

“考えるな”と言い始めた時だ」


空気が変わる。


セレスが資料を広げた。


宗教国家レヴァイン。


大陸西部。


巨大な聖都を中心に成立した国家。


絶対神信仰。


教皇制。


そして。


教育否定。


「最近、

こんな布教を始めてる」


セレスが読む。


「“知識は神への不敬”」


「“学びは傲慢”」


「“人は導かれるべき存在”」


マイクが顔をしかめた。


「……うわぁ」


ピーターも困った顔をする。


「でも、

学校って便利ですよね……?」


「そういう問題じゃないのよ」


セレスは静かだった。


「教育されると、

人は考え始める」


「比較する」


「疑問を持つ」


「つまり、

支配しづらくなる」


ミネルバが悲しそうに言った。


「そんなの……

苦しいだけじゃないですか」


「ええ。

だから敵視してる」


セレスは窓の外を見る。


「特に循環領を」


理由は簡単だった。


循環領は、

宗教国家の“逆”だから。


誰でも学べる。


誰でも強くなれる。


誰でも意見を言える。


誰でも覚醒できる。


つまり。


“神に選ばれた特別な存在”


を否定している。


ピーターがぽつりと言った。


「……才能って、

生まれじゃなかったんですね」


グロマールは頷く。


「環境だ」


短い。


だが。


それが全てだった。


「宗教国家は、

それを認められない」


セレスが説明する。


「もし認めたら、

支配構造が崩壊するから」


「神官だけが知識を持つ世界」


「選ばれた者だけが魔法を扱う世界」


「民は従うだけの世界」


「全部壊れる」


マイクが頭を掻いた。


「めんどくせぇな……」


「ええ。

かなり」


セレスも疲れた顔だった。


実際。


相手は理屈では動かない。


「神が言った」


それだけで終わる。


議論にならない。


現実を見ない。


数字も見ない。


餓死者も。

病人も。


全部、

“試練”で済ませる。


グロマールは溜息を吐いた。


「バカの相手は疲れる」


全員が頷いた。


珍しく、

完全一致だった。


「じゃあどうするの?」


セレスが聞く。


グロマールは即答した。


「任せる」


「……誰に?」


「ピーター」


「え?」


ピーターが固まる。


グロマールは真顔だった。


「向いてる」


「えぇ!?」


マイクが吹き出す。


「確かに!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


ピーターは慌てた。


「僕、

口喧嘩とか弱いですよ!?」


「知ってる」


「じゃあなんで!?」


グロマールは少しだけ笑った。


「お前、

相手を否定しないから」


ピーターは止まる。


グロマールは続けた。


「宗教国家の民は、

敵じゃない」


「教育がなかっただけだ」


静寂。


それは。


この世界の根幹だった。


才能が無かったのではない。


教育が存在しなかった。


宗教国家も同じ。


「神官全員が悪人なわけじゃない」


「ただ、

閉じた環境で育った」


「だから任せる」


ピーターは困った顔をした。


「……荷が重いです」


「そうか?」


「はい……」


グロマールは少し考える。


そして。


「ミネルバ」


「はい?」


「同行しろ」


ミネルバは驚いた。


「わ、私ですか?」


「お前も向いてる」


セレスが笑う。


「あー……

確かに」


ミネルバは争いが苦手だ。


優しい。


怒鳴らない。


否定から入らない。


だからこそ。


閉じた世界の人間には効く。


グロマールは立ち上がる。


「教育は戦争じゃない」


「環境を変えるだけだ」


その言葉は、

静かだった。


だが強い。


「……もし、

向こうが攻撃してきたら?」


マイクが聞く。


グロマールは普通に答えた。


「返り討ち」


全員が安心した。


そこはブレない。


ピーターが苦笑する。


「やっぱり怖いこと言いますね……」


「現実だ」


グロマールは窓を見る。


外では、

子供たちが雪の残る道を走っていた。


笑っている。


学校へ向かって。


「……宗教国家は、

あの光景が怖いんだろうな」


セレスが呟いた。


グロマールは頷く。


「考える子供は、

支配できない」


その頃。


宗教国家レヴァイン。


巨大聖堂。


金色の壁。


白い法衣。


神官たちは怒っていた。


「循環領は危険だ!」


「民に知識を与えている!」


「奴隷に教育を施している!」


「女に学問を与えている!」


「農民が魔法を使っている!」


「冒涜だ!」


大司教が叫ぶ。


空気は熱狂していた。


だが。


一人の若い神官だけは、

黙っていた。


机の下。


隠すように一冊の紙を持っている。


そこには。


循環領の学校資料。


農業理論。


衛生学。


治療法。


そして。


文字。


彼は震えていた。


理解してしまったからだ。


「……病が、

減っている」


孤児死亡率。


飢餓率。


冬季死亡率。


全部。


減っている。


劇的に。


若い神官は、

幼い頃を思い出す。


妹が死んだ。


熱病だった。


神は救わなかった。


祈っても。


何も起きなかった。


だが。


循環領では、

治せるらしい。


「……何故だ」


答えは簡単だった。


教育。


ただ、

それだけ。


若い神官は、

初めて恐怖した。


もし。


循環領が正しかったら。


自分たちは、

何を信じてきた?


その時。


大司教が叫んだ。


「知識は毒だ!」


「疑問は罪だ!」


若い神官は顔を上げる。


そして。


初めて思った。


“怖がっている”


のだと。


宗教国家は。


循環を。







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