表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

226/322

224話:旧貴族

雪が降っていた。


帝都の屋根を白く染める冬。


かつてなら、

この季節は死の季節だった。


貧民街では凍死者が出る。

農村では備蓄が尽きる。

地方領では税の取り立てで争いが起きる。


だが今。


帝国の市場には、

温かいスープが並んでいた。


ベル芋。

乾燥野菜。

保存肉。

厚手の綿服。

毛布。

包帯。

薬草。


そして、

学校。


子供たちの笑い声。


それが、

帝国を変えていた。


「……フェルナンド家、ですか」


皇帝は報告書を見ながら、

静かに呟いた。


側近のエバが頷く。


「はい。旧名門伯爵家です」


「聞いたことがあるな」


「かつては北方穀倉地帯を支配していた大貴族でした。ですが近年は……」


「没落していた」


「はい」


帝国では、

既に珍しくない話だった。


教育。

物流。

農業改革。

転移流通。


循環領から始まった変化は、

帝国全体を飲み込んでいる。


適応できた領は伸びる。


できない領は、

静かに死ぬ。


もう、

武力だけでは維持できない。


税収も。

兵站も。

民心も。


全部、

教育に繋がっていた。


「それで、そのフェルナンド家が?」


「再興を始めています」


皇帝の目が細くなる。


エバは続けた。


「長女リリア。

長男アルト。


二人が家を飛び出し、

循環領の教育機関へ入学」


「……親を捨てたか」


「はい」


エバは否定しなかった。


だが続ける。


「ですが、

見捨ててはいませんでした」


皇帝は黙る。


エバは資料を開いた。


「リリアは行政・物流・農業管理を習得。


アルトは土木・水路・ゴーレム運用を習得。


両名とも職業スキルに覚醒」


「……ほう」


「帰還後、

フェルナンド領の再建を開始しています」


紙には、

驚異的な数字が並んでいた。


・農地回復率

・食料備蓄

・病人減少

・流民帰還数

・税収改善


どれも、

数ヶ月とは思えない成果。


皇帝は小さく息を吐いた。


「本当に子供か?」


「ええ。

まだ十代です」


「……時代だな」


皇帝は椅子に深く腰掛けた。


窓の外では雪が降っている。


昔なら。


貴族は、

血筋だけで価値があった。


強い魔力。

武門の歴史。

騎士団。


それで十分だった。


だが今は違う。


民が逃げる。


教育のある領へ。


飯のある領へ。


病を治せる領へ。


つまり。


“生きられる領”へ。


もう、

民は我慢しない。


「グロマール……」


皇帝は静かに呟いた。


あの男は、

国家を征服したわけではない。


戦争もしていない。


だが。


世界を変えた。


「教育が存在しなかった」


あの男は、

そう言ったらしい。


最初、

皇帝は理解できなかった。


だが今なら分かる。


才能がなかったのではない。


育てられていなかった。


それだけだ。


「……転移の準備を」


皇帝が立ち上がる。


側近たちが驚いた。


「陛下自らですか?」


「ああ」


「危険です」


「危険?」


皇帝は笑った。


「帝国で最も安全な場所だろう」


誰も反論できなかった。


現在。


フェルナンド領では、

盗賊が消えている。


流民が減っている。


病人が減っている。


餓死者が消えている。


兵の士気も高い。


民衆が、

領主を見ている。


信じている。


それだけで、

どれほど強いか。


皇帝は知っていた。


転移魔法陣が起動する。


光。


空間が歪む。


次の瞬間。


皇帝一行は、

フェルナンド領へ降り立っていた。


冷たい風。


だが。


空気が違う。


「……活気がある」


雪国だった。


なのに、

人が動いている。


荷車が走る。


子供が笑う。


農民が話す。


ゴーレムが除雪をしている。


しかも。


皆、

表情が死んでいない。


皇帝は気づく。


これは。


“未来を見ている顔”だ。


かつての帝国民には無かった。


「陛下!?」


兵士たちが慌てる。


領民たちも騒然となった。


当然だ。


皇帝本人が来たのだ。


その時。


一人の少女が駆けてきた。


銀色の髪。


疲労はある。


だが、

目が強い。


「……フェルナンド家長女、リリアでございます」


皇帝は見た。


まだ若い。


子供だ。


なのに。


立っている。


領を背負って。


逃げずに。


「顔を上げろ」


リリアが顔を上げる。


その隣には、

少年がいた。


アルト。


こちらも幼い。


だが、

手が荒れていた。


土木作業の跡。


水路工事の跡。


働いた手だった。


皇帝は、

そこで理解する。


この二人は。


本当に、

領を救っている。


「……何故戻った」


皇帝が問う。


リリアは少しだけ迷い、

答えた。


「家だからです」


短い。


だが。


それで十分だった。


「父母を恨んではいないのか」


「恨みました」


即答。


だが、

続く。


「でも、

私たちも何も知りませんでした」


皇帝は目を閉じた。


重い言葉だった。


「教育がなかった」


それだけだ。


リリアは続ける。


「循環領で初めて知りました」


「民は数字だと思っていました」


「税は取り立てるものだと」


「農民は耐えるものだと」


「ですが違った」


風が吹く。


雪が舞う。


リリアの声は震えていた。


「食べられなければ死にます」


「寒ければ凍えます」


「病なら倒れます」


「当たり前のことを、

私は知りませんでした」


静寂。


誰も喋れない。


皇帝は、

胸が痛かった。


これは。


帝国そのものだ。


「……アルト」


皇帝が少年を見る。


アルトは頭を下げた。


「はい」


「お前は?」


「俺は……」


少年は言葉を探す。


そして。


「守りたかった」


ただ、

それだけだった。


「姉上を」


「領を」


「民を」


「家を」


「だから学びました」


皇帝は笑った。


乾いた笑いだった。


「貴族だな」


アルトは驚く。


「え?」


「それが本来の貴族だ」


周囲が静まり返る。


皇帝は振り返る。


側近。

護衛。

貴族。


全員を見た。


「聞け」


皇帝の声が響く。


「これが今の帝国だ」


雪の中。


皇帝は言い切った。


「血筋だけでは守れない」


「武力だけでも守れない」


「必要なのは、

学ぶ力だ」


リリアとアルトは呆然としていた。


まさか。


皇帝本人に、

そんな言葉をかけられるとは思わなかった。


「リリア・フェルナンド」


「はい!」


「アルト・フェルナンド」


「は、はい!」


皇帝は笑う。


「皇居へ来い」


二人は固まった。


「……え?」


「表彰する」


領民たちがざわめく。


皇帝は続けた。


「お前たちは、

帝国の未来だ」


その言葉は。


数日後。


吟遊詩人によって、

帝国中へ広がった。


「皇帝、

フェルナンド家再興を称賛」


「若き伯爵令嬢、

領地再建」


「教育による復興」


「循環領留学貴族、

成功」


帝国は揺れた。


貴族たちは焦る。


現実を見る者は、

すぐ動いた。


教師を招く。


学校を作る。


物流を学ぶ。


農業改革を始める。


転移網へ参加する。


一方。


現実を見ない者たちは。


没落した。


加速度的に。


民が消える。


兵が逃げる。


税収が消える。


市場が止まる。


そして。


静かに潰れていった。


時代は、

変わったのだ。


循環。


教育。


物流。


行政。


それが、

国家を支える時代。


その夜。


皇帝は、

皇居の窓から帝都を見ていた。


灯りが増えている。


昔より。


遥かに。


「……グロマール」


皇帝は呟く。


あの男は、

何者なのか。


王ではない。


皇帝でもない。


英雄ですらない。


なのに。


世界が、

あの男を中心に回り始めている。


皇帝は静かに笑った。


「面白い時代だ」


雪はまだ降っていた。


だが。


帝国はもう、

凍えていなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ