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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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223/322

221話:消える奴隷商

雪が降っていた。


静かな雪だった。


ベルセリアから南西へ。

荒れた山脈を越えた先。


かつて、

“奴隷王国”と呼ばれていた土地。


そこには、

想像されていたような地獄は無かった。


盗賊団もいない。


略奪国家もない。


焼けた都市もない。


あるのは――


終わった国の静寂だった。


「……静かすぎるな」


マイクが周囲を見回す。


雪の積もった石畳。

崩れかけた商館。

誰もいない市場。


遠くで、

煙だけが上がっていた。


調査団は少数精鋭だった。


ピーター。

ミネルバ。

マイク。

セレス。


そして数名の護衛。


さらに、

索敵教師リシェルによる転移支援。


以前とは違う。


今の彼らは、

国家級戦力だった。


ピーターが歩くだけで、

周囲の兵士たちの魔力循環が安定していく。


教導スキル。


世界教師。


もはや、

存在そのものが教育だった。


「……人の気配はあります」


ミネルバが静かに言う。


光属性索敵。


彼女の視界には、

弱った命が映っていた。


飢え。

病。

疲労。


戦争ではない。


“崩壊”。


それが近かった。


セレスが地図を広げる。


「奴隷市場はこの先よ」


「警戒しろ」


マイクが前へ出る。


しかし。


奴隷市場は――


空だった。


誰もいない。


鉄格子だけが残っていた。


鎖は床に落ち、

雪を被っている。


「……終わってるな」


マイクが呟く。


ピーターはゆっくり歩いた。


床を見て。


壁を見て。


天井を見る。


そして、

小さく息を吐いた。


「……ここ、

子供もいたんだ」


誰も答えなかった。


その言葉だけで十分だった。


ミネルバが目を伏せる。


セレスが静かに周囲を見る。


ピーターはしゃがみ込み、

床に手を置いた。


光魔法。


浄化。


汚れた床が、

少しだけ白くなる。


「……終わったんですね」


ミネルバが言う。


「いや」


セレスが首を振った。


「終わったんじゃない」


「維持できなくなったのよ」


それが現実だった。


奴隷制度は、

悪意だけでは続かない。


利益が必要だ。


管理が必要だ。


流通が必要だ。


秩序が必要だ。


だが。


今の世界には、

もう奴隷を買う意味が無かった。


循環領。


帝国。


ベルセリア。


教育国家群。


そこでは、

教育した方が強い。


育てた方が早い。


定着した方が利益が出る。


奴隷は、

維持費が高い。


反乱する。


逃げる。


壊れる。


病む。


死ぬ。


教育人材の方が、

圧倒的に効率が良かった。


つまり。


文明が、

奴隷制度を淘汰し始めていた。


「皮肉ね」


セレスが呟く。


「剣でも革命でもなく、

効率で潰れるなんて」


ジミーなら笑っただろう。


原価計算だけで、

奴隷制度を破壊できると。


ピーターは静かに歩く。


そして。


市場の奥で止まった。


そこには、

数十人の難民がいた。


痩せている。


震えている。


武器も無い。


目だけが死んでいない。


「……誰?」


小さな少女が言った。


ピーターは、

ゆっくりしゃがみ込む。


「助けに来ました」


それだけだった。


少女はすぐには信じない。


当然だった。


この国では、

優しい言葉ほど危険だった。


ミネルバが前へ出る。


回復魔法。


温かな光。


子供たちの青白い顔に、

少しだけ色が戻る。


「温かい……」


小さな声。


それだけで、

何人かが泣き始めた。


マイクが周囲を見る。


怒りが込み上げていた。


戦争の跡ではない。


もっと酷い。


“人間を使い潰した跡”。


それが残っていた。


「王族は?」


セレスが難民に聞く。


老人が答える。


「逃げた」


「貴族も」


「軍も」


「最後は食料庫を抱えて殺し合いだ」


「……そう」


セレスは淡々としていた。


予想通りだった。


循環が無い国家は、

崩壊する。


支配だけでは、

国家は維持できない。


教育が必要。


生産が必要。


希望が必要。


ここには、

全部無かった。


「盗賊化は?」


「無い」


老人が答える。


「そんな力、

もう残ってない」


それが現実だった。


飢えた人間は、

すぐ盗賊になるわけじゃない。


動けない。


立てない。


考えられない。


先に壊れる。


ピーターが周囲を見る。


そして、

静かに言った。


「……畑がありますね」


全員がそちらを見る。


雪の向こう。


荒れた土地。


放棄された農地。


ピーターは歩き出した。


土を触る。


鑑定。


「死んでない」


その一言で、

セレスの目が変わった。


「やれるの?」


「はい」


ピーターは立ち上がる。


「ここ、

まだ生きてます」


その瞬間だった。


教導スキルが、

周囲へ広がる。


調査団の兵士たち。


護衛。


難民。


全員の魔力循環が、

僅かに変わる。


「……またか」


マイクが笑う。


「この人、

もう意味わかんねぇな」


ピーターは困ったように笑った。


「ぼ、僕は普通だよ」


「普通の奴がエンシェントドラゴン倒すか」


「うっ……」


ミネルバが少し笑う。


久しぶりだった。


ピーターが照れている。


空気が、

少しだけ軽くなる。


そして。


ピーターは、

難民たちに向き直った。


「畑をやりませんか」


誰も動かなかった。


当然だった。


何度も裏切られた。


何度も騙された。


だが。


ピーターは続ける。


「僕たちは、

支配しません」


「教えます」


「一緒に作ります」


それは、

グロマールの言葉だった。


循環。


支配ではなく。


育成。


奪うのではなく。


回す。


マイクが前へ出る。


「飯も出るぞ」


「風呂も作る」


「あと子供は俺が面倒見る」


子供たちが少し反応した。


マイクは、

もう完全に孤児たちの兄貴だった。


親分スキル。


守る力。


その空気に、

子供は敏感だった。


セレスが周囲を見る。


都市構造。


物流。


井戸。


水路。


崩壊寸前。


だが。


直せる。


今なら。


「……やるわよ」


セレスが言った。


「ここ、

放置したら死体の国になる」


「それは趣味じゃない」


ミネルバも頷く。


「病人が多いです」


「治療院が必要ですね」


ピーターが空を見上げた。


雪が降っている。


静かな雪。


けれど。


以前とは違った。


もう、

終わりの雪ではない。


始まりの雪だった。


遠くで、

転移魔法陣が光る。


循環領から、

支援物資が届き始めていた。


毛布。


薬。


種。


工具。


食料。


そして。


教師。


文明が、

到着していた。


奴隷商が消える。


それは。


“人間の価値”が変わった証明だった。


買うより、

育てる方が強い。


縛るより、

教える方が早い。


使い潰すより、

循環させた方が豊かになる。


グロマールが始めた循環は。


ついに。


国家そのものを、

淘汰し始めていた。







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