220話:ピーター
循環領。
中央教師区画。
朝霧。
白く薄い空気の中。
巨大転移陣が静かに光っていた。
今回の目的地。
奴隷王国。
かつて人を売り。
人を縛り。
人を物として扱った国家。
今。
その情報はほとんど無い。
だからこそ危険だった。
盗賊化。
流民化。
奴隷商人残党。
飢餓。
疫病。
全部あり得る。
その調査のため。
循環領は一団を編成していた。
索敵教師。
転移教師。
治療教師。
防衛隊。
武闘救援団。
そして。
中央に立つ一人の青年。
ピーターだった。
昔なら考えられない。
泣き虫だった少年。
自信が無かった。
失敗ばかりだった。
いつも誰かの後ろに隠れていた。
そんな彼が。
今。
世界中の教師たちに囲まれている。
理由は単純。
彼が。
“世界教師”になったからだ。
セレスが資料を見ながら呟く。
「……教導スキル」
「レベル8」
隣のグロマールが静かに頷く。
異常だった。
教導スキル。
本来は。
知識伝達補助。
技術理解補助。
そこまでの能力。
だが。
ピーターの教導スキルは違う。
完全に別次元へ到達していた。
彼の周囲にいるだけで。
人が成長する。
理解速度が上がる。
思考が整理される。
魔力循環が安定する。
恐怖が減る。
挑戦できる。
そして。
最も異常なのは。
“才能の壁を壊す”ことだった。
ピーターが優しく言う。
「えっと……」
「危険かもしれないので」
「無理はしないでください」
その瞬間。
調査団の空気が変わった。
兵士たちが息を飲む。
教師たちの魔力が安定する。
転移術師の魔法陣精度が急激に上がる。
索敵教師が目を見開いた。
「な……」
「何だこれ……」
「視界解像度が上がってる……?」
武闘救援団の隊員も驚く。
「身体強化の効率が……」
「急に安定した……!」
セレスが苦笑する。
「また?」
ピーターが困惑する。
「え?」
「な、何かしました……?」
グロマールが静かに答える。
「お前がいるだけだ」
周囲がざわつく。
そして。
次々と。
スキル表示が変化する。
【教導スキル獲得】
【教育理解補助】
【魔力循環補助】
【思考整理補助】
教師たちが絶句する。
「獲得した……」
「スキルを……?」
「同行しただけで……?」
セレスが額を押さえる。
「……本当に世界教師ね」
もはや。
一個人の範囲を超えていた。
ピーター自身が。
“教育環境”になっている。
その時。
ミネルバが静かにピーターの隣へ立つ。
優しい笑顔。
昔と変わらない。
でも。
芯は強い。
「緊張してます?」
ピーターが苦笑する。
「少し……」
「奴隷王国って聞くと」
「怖くて」
ミネルバが頷く。
「私もです」
「でも」
「助けられる人がいるなら」
「行きたいです」
ピーターが静かに彼女を見る。
本当に変わった。
昔のミネルバなら。
怖さを隠していただけだった。
今は違う。
怖いと認めた上で。
前へ進める。
治療院。
孤児保護。
教育。
積み重ねが彼女を変えた。
グロマールが調査団を見る。
人数は百を超えていた。
転移教師。
索敵教師。
治療教師。
武闘救援団。
さらに。
転移覚醒者も増えている。
遠距離移動問題。
それも。
徐々に解決し始めていた。
転移陣が光る。
巨大魔法式。
複数人接続。
魔力循環共有。
昔なら。
国家規模の儀式だった。
今は違う。
教育がある。
理論がある。
教師がいる。
だから再現できる。
これが文明だった。
アレクシス皇帝ですら驚いていた。
循環領は。
“奇跡”を作っているのではない。
“再現可能な技術”にしている。
そこが恐ろしい。
その時。
マイクが大声を上げる。
「おいガキども!!」
「勝手について来んなよ!!」
孤児たちが慌てて隠れる。
「バレた!!」
「マイク兄ちゃん怖ぇ!!」
「当たり前だ!!」
周囲が笑う。
でも。
子供たちの目は真剣だった。
彼らは知っている。
今の調査は。
危険だ。
それでも。
行きたいと思っている。
助けたいと思っている。
その思想自体。
既に循環領の教育成果だった。
マイクが頭を掻く。
「ったく……」
「本当に変な国になったな」
セレスが笑う。
「あなたも原因側よ」
「知るか」
でも。
少し嬉しそうだった。
その時。
一人の転移教師が声を上げる。
「転移路固定完了!!」
「奴隷王国北部へ接続可能!!」
空気が変わる。
緊張。
静寂。
ピーターが深呼吸する。
怖い。
でも。
逃げない。
昔なら無理だった。
でも。
今は違う。
彼には仲間がいる。
教師がいる。
守る人がいる。
そして。
救いたい人がいる。
グロマールが短く言う。
「行くぞ」
全員が頷く。
転移陣が展開。
巨大な青白い光。
空間が歪む。
その瞬間。
ピーターの教導スキルがさらに広がった。
周囲全員の魔力循環が同期する。
恐怖が整理される。
呼吸が整う。
転移精度が安定する。
教師たちが絶句する。
「……何だこれ」
「精神まで安定してる……」
「本当に人間か……?」
セレスが静かに呟く。
「違う」
「教師よ」
その言葉。
全員が理解した。
ピーターは。
戦士ではない。
王でもない。
支配者でもない。
でも。
世界を変える。
教育で。
人で。
優しさで。
だから。
世界教師。
それが。
今の彼だった。
次の瞬間。
転移陣が起動する。
光。
轟音。
空間断裂。
そして。
調査団は。
ついに。
奴隷王国へ足を踏み入れた。




