219話:マイク
循環領。
中央訓練区画。
朝。
まだ陽も完全には昇り切っていない。
それでも。
既に子供たちの声が響いていた。
「マイク兄ちゃーん!!」
「見てくれ!!」
「俺、土壁できた!!」
「私は水球!!」
広場の中央。
大柄な男が豪快に笑う。
マイクだった。
「おお!!」
「やるじゃねぇか!!」
子供の頭を乱暴に撫でる。
だが。
力加減は優しい。
昔のマイクなら。
できなかった。
昔の彼は。
強かった。
でも。
“守る”ことは知らなかった。
ただ前へ出るだけ。
ただ殴るだけ。
ただ叫ぶだけ。
それでも。
今は違う。
親分スキル。
その覚醒が。
彼を変えた。
周囲の状態を読む。
仲間の恐怖を察知する。
士気を支える。
動きをまとめる。
誰が無理しているか。
誰が限界か。
誰が泣いているか。
全部分かる。
だから。
孤児たちは彼に懐いた。
怖くないから。
強いのに。
見捨てないから。
「兄ちゃん!!」
小さな獣人の子供が転ぶ。
マイクが即座に支える。
「おっと」
「大丈夫か?」
「う、うん……」
「泣いてねぇな」
「えへへ……!」
周囲の子供たちが笑う。
その光景を。
少し離れた場所からミネルバが見ていた。
優しく微笑む。
「本当に変わりましたね」
隣のピーターも頷いた。
「あの人」
「今、子供たちの英雄です」
マイクは気づいていない。
でも。
子供たちは知っている。
この人は守ってくれる。
飢えた夜。
泣いていた日。
震えていた日。
全部知ってるから。
だから。
安心して甘えられる。
その時。
一人の孤児が恐る恐る近づく。
「……兄ちゃん」
「ん?」
「僕……剣苦手」
「でもみんな強いから……」
マイクは黙って聞く。
そして。
笑った。
「別に剣だけが強さじゃねぇぞ」
「え?」
「料理でも」
「土木でも」
「教師でも」
「守れる」
子供が目を見開く。
マイクは続ける。
「お前が誰かを助けたなら」
「それで十分強ぇ」
その言葉。
周囲の教師たちが静かに聞いていた。
これが。
循環領の強さだった。
力だけじゃない。
役割。
居場所。
支え合い。
それを理解している。
だから。
崩れない。
その時。
セレスがやって来た。
資料を抱えている。
相変わらず忙しそうだ。
マイクが笑う。
「おう」
「また仕事か?」
「止まったら死ぬもの」
セレスが苦笑する。
以前。
彼女が漏らした本音。
マイクも知っていた。
だから茶化さない。
ただ。
隣に座る。
「なあ」
「ちょっと気になってたんだけどよ」
セレスが視線を向ける。
「何?」
マイクが少し真面目な顔になる。
「ぼちぼち奴隷王国調べた方がよくねぇか?」
空気が少し変わる。
周囲の教師たちも静かになる。
奴隷王国。
かつて。
人を物として扱っていた国家。
崩壊寸前で放置されている。
今は情報が少ない。
だから逆に危険だった。
マイクが腕を組む。
「今の世界」
「食料も流通も変わってる」
「教育も広がってる」
「でも」
「取り残された場所は腐る」
セレスが黙る。
マイクは続ける。
「盗賊化してたら面倒だ」
「流民も増える」
「奴隷商人が暴れててもおかしくねぇ」
完全に現場感覚だった。
数字ではない。
危険の臭い。
それを読む。
親分スキルが。
彼の感覚をさらに研ぎ澄ませていた。
セレスが静かに頷く。
「……そうね」
「私も気になってた」
「転移路が広がった今」
「放置は危険かも」
マイクが鼻を鳴らす。
「だろ?」
「しかも今の領は人集まりすぎだ」
「治安崩す前に芽を摘んだ方がいい」
セレスが少し笑う。
「本当に現場指揮官になったわね」
「うるせぇ」
「昔からだ」
「昔は脳筋だったけど」
「誰が脳筋だコラ」
二人が笑う。
その時。
少し離れた場所。
グロマールとミレナが歩いていた。
距離が近い。
本当に自然に。
ミレナも。
もう昔みたいに無理して距離を取らない。
グロマールの隣に立つ。
それが普通になっていた。
セレスはそれを見て。
苦笑する。
「……進展してるわねぇ」
マイクが笑う。
「やっとだな」
「長ぇよ」
「ほんとに」
ミレナが何か言う。
グロマールが静かに返す。
その空気が柔らかい。
セレスは少し安心したように息を吐いた。
ミレナはずっと張り詰めていた。
強くなろうとして。
追いつこうとして。
置いていかれないようにして。
でも。
今は違う。
支えられている。
ちゃんと。
隣に立てている。
それが分かる。
セレスが立ち上がる。
「じゃあ」
「グロマールに相談してくる」
マイクが頷く。
「頼む」
セレスは歩き出す。
訓練場を抜ける。
教師区画。
治療院。
市場。
全部が動いている。
循環している。
昔ならあり得なかった。
その中心へ。
グロマールは木陰で資料を読んでいた。
ミレナが隣に座っている。
自然だった。
セレスが少し笑う。
「仕事中失礼」
ミレナが赤くなる。
「べ、別に何もしてないわよ!?」
「誰も聞いてないわ」
「うっ……」
グロマールが顔を上げる。
「どうした」
セレスはすぐ本題に入る。
「奴隷王国の件だけど」
「そろそろ調査した方がいいかも」
「マイクが言ってた」
「盗賊化してる可能性がある」
静寂。
グロマールは少しだけ考える。
短い。
本当に短い。
そして。
答えた。
「やれ」
それだけ。
でも。
その瞬間。
空気が変わった。
セレスが理解する。
決まった。
これはもう。
調査で終わらない。
グロマールが動く時。
世界は変わる。
ミレナもそれを理解していた。
マイクの勘は当たる。
そして。
グロマールは必要な時しか動かない。
つまり。
今回の件は重要だ。
セレスが小さく息を吐く。
「了解」
「転移教師と索敵教師を編成する」
「ピーターにも共有するわ」
グロマールが頷く。
「被害状況を先に見る」
「救えるなら救う」
「腐ってるなら止める」
短い。
簡潔。
でも。
絶対にブレない。
ミレナが静かに剣へ触れる。
空気が変わっていた。
平和。
教育。
結婚。
子供。
世界は確かに良くなっている。
でも。
だからこそ。
放置された闇は危険になる。
循環から外れた場所。
そこは。
腐敗する。
マイクは遠くからその様子を見ていた。
そして。
静かに笑う。
「やっぱあの人」
「止まんねぇな」
孤児たちが走ってくる。
「兄ちゃん!!」
「また訓練して!!」
マイクが笑う。
「ああ!!」
「今日は防衛訓練だ!!」
「守るぞ!!」
「おおおおお!!」
子供たちの歓声。
その背後。
空に巨大転移陣が浮かび始める。
教師。
索敵。
転移。
救援。
そして。
調査隊。
循環領は。
また次の問題へ進み始めていた。




