222話:教育税
冬が終わり始めていた。
循環領。
帝国。
ベルセリア。
そして、
かつて奴隷王国だった土地。
世界は静かに変わっていた。
革命のような爆発ではない。
もっと現実的な変化。
人が働き。
学び。
育ち。
税を払い。
国家が維持される。
その“当たり前”が、
ようやく世界に根付き始めていた。
循環領中央会議所。
巨大な机の上に、
各国の報告書が並んでいる。
セレスが紙をめくった。
「……やっぱり来たわね」
隣でジミーが肩をすくめる。
「そりゃ来るだろ」
「学校って、
想像以上に金食うからな」
それが現実だった。
教師。
校舎。
教材。
食料。
暖房。
治療院。
寮。
転移維持。
教育は、
慈善だけでは続かない。
循環が必要だった。
グロマールは静かに報告書を見る。
帝国。
ベルセリア。
循環領。
共通している問題。
“学校維持費”。
「予想通りだな」
グロマールが言う。
「教育は初期投資が重い」
「だが、
回り始めれば最強だ」
セレスが頷く。
「問題はそこまで持たせること」
「潰れる学校も出始めてる」
ミネルバが少し悲しそうな顔をする。
「先生たち、
みんな頑張ってるのに……」
「頑張るだけじゃ維持できねぇんだよ」
ジミーが現実的に答えた。
「利益が必要だ」
それが、
グロマールの思想でもあった。
善意だけでは続かない。
循環。
維持。
再生産。
国家運営。
そこまで含めて、
初めて文明になる。
だが。
今、
世界はその答えを見つけ始めていた。
帝国東部。
教育農場。
まだ若い教師たちが、
子供たちへ農業を教えている。
「魔力循環を止めるな!」
「土が死ぬぞ!」
土属性教師の声。
子供たちが一斉に魔力を流す。
畑が光る。
凍っていた土が、
ゆっくり柔らかくなっていく。
そこへ。
農業スキル覚醒。
「せ、先生!」
「芽が出た!」
小さな少女が叫ぶ。
教師は笑った。
「よし、
次は水量管理だ!」
水属性魔法。
散水。
温度調整。
肥料生成。
以前なら、
貴族農園だけの技術。
今は、
学校で教えていた。
さらに。
帝国北部。
ゴーレム工学学校。
土属性生徒たちが、
小型運搬ゴーレムを作っている。
ぎこちない。
形も悪い。
それでも動く。
「おおおお!」
少年たちが歓声を上げた。
教師が笑う。
「よし、
次は関節部だ」
「壊れない構造を覚えろ」
そこでも。
ゴーレムスキル。
覚醒。
職業スキルが、
次々と生まれていた。
そして。
ベルセリア。
寒冷地紡織学校。
大きな建物の中。
暖かな蒸気。
織機の音。
そこにいるのは、
帝国北部防衛都市グランゼル最高峰の紡織職人。
ミーナ。
彼女は布を触る。
柔らかさ。
吸水性。
耐寒性。
全てを確認していた。
「違う」
「糸が死んでる」
生徒たちが震える。
厳しい。
だが。
誰も嫌っていなかった。
ミーナは、
本気で教えている。
だから。
生徒も本気になる。
「もう一回やりなさい」
「今度は魔力循環を止めない」
少女が頷く。
そして。
紡織スキル覚醒。
空気が変わった。
「……できた」
「うん」
ミーナが初めて笑う。
「今のは良かった」
その瞬間。
周囲の生徒たちがざわめいた。
「あの先生、
笑うんだ……」
「そりゃ笑うでしょ!」
そこへ、
大量の布が運ばれてくる。
タオル。
防寒具。
下着。
包帯。
医療布。
ベルセリアは、
寒冷地紡織国家になり始めていた。
そして。
料理学校。
土木学校。
仕立学校。
治療学校。
各地で、
同じことが起きていた。
教師たちが、
献身的に教えている。
子供たちが育つ。
スキルが覚醒する。
生産が始まる。
利益が生まれる。
税が発生する。
学校が維持される。
循環。
文明の循環。
それが、
ついに完成し始めていた。
帝国会議室。
皇帝が報告書を見ている。
隣にはエバ。
すでに、
帝国中枢の一人だった。
「教育税か」
皇帝が呟く。
「はい」
エバが答える。
「学校生産物に対する軽税です」
「利益の一部を学校へ戻す」
「維持費になります」
皇帝は静かに笑った。
「面白い」
「学校が国家予算を食うだけの時代は終わったか」
エバは頷く。
「今の学校は、
生産施設でもあります」
「農業」
「紡織」
「建築」
「医療」
「物流」
「全て利益化しています」
皇帝は窓の外を見る。
帝国は変わった。
昔は違った。
教育とは、
貴族だけのもの。
民は使うもの。
育てるものではなかった。
だが。
今は違う。
教育した方が強い。
育てた方が国家が豊かになる。
それを、
帝国は知ってしまった。
「恐ろしいな」
皇帝が言う。
「グロマールは」
「人間の価値観そのものを変えた」
エバが少し笑う。
「本人、
そんなつもり無いと思いますよ」
「だろうな」
皇帝も笑った。
そこが恐ろしい。
支配したい人間ではない。
だから広がる。
そして。
奴隷王国跡地。
そこでも、
変化が始まっていた。
かつて、
奴隷市場だった建物。
今は。
学校。
子供たちの声が響く。
「先生!」
「見て!」
土属性魔法。
小さな家。
以前なら、
貴族職人しか作れない技術。
今は、
孤児が作っていた。
教師が褒める。
「上手い!」
「次は屋根だ!」
難民だった男たちも、
農業を学んでいる。
元奴隷。
元鉱夫。
元荷運び。
全員が、
仕事を覚えていた。
そして。
スキル覚醒。
大量発生。
農業スキル。
土木スキル。
建築スキル。
仕立スキル。
料理スキル。
教育によって、
人間が変わっていく。
ピーターは、
静かにその光景を見ていた。
隣にはミネルバ。
「……すごいですね」
ミネルバが言う。
ピーターは少し困ったように笑う。
「みんな頑張ったからだよ」
「先生たちも、
子供たちも」
ミネルバは首を振った。
「違います」
「ピーターさんが、
諦めなかったからです」
ピーターは言葉を失う。
遠くで、
子供たちが笑っている。
以前なら。
奴隷として売られていた子供たち。
今は。
学校へ通っていた。
世界は変わる。
剣だけではない。
戦争だけでもない。
教育。
仕事。
家族。
税。
循環。
その積み重ねで。
文明は、
ようやく未来を作り始めていた。




