217話:セレス
ベルセリア王都。
巨大闘技場。
雪国の冷気すら、今は熱狂に押し負けていた。
歓声。
怒号。
地鳴りのような拍手。
中央。
二人の剣士が向き合う。
ミレナ。
そして。
ベルセリア最強剣士。
帝国最強剣士の一人。
剣聖エルグレイ。
既に戦闘開始から三時間を超えていた。
それでも。
二人とも止まらない。
剣がぶつかる。
轟音。
火花。
空気が裂ける。
「はああああああ!!」
ミレナの斬撃。
速い。
重い。
鋭い。
エルグレイが受ける。
観客席が震える。
「まだ速くなるのか……!」
「化け物だろ……!」
「剣聖同士だ……!」
エルグレイが笑う。
完全に楽しくなっていた。
「いいぞ……!」
「もっと来い!!」
ミレナの呼吸は荒い。
汗。
震える筋肉。
限界は近い。
それでも。
止まれない。
止まりたくない。
彼女はずっと。
置いていかれるのが怖かった。
守れない自分が嫌だった。
だから強くなった。
でも。
本当に怖かったのは。
“必要とされなくなること”だった。
グロマールは強い。
優しい。
何でもできる。
だから。
自分が隣にいる意味が分からなくなる時がある。
その恐怖が。
彼女を走らせていた。
エルグレイが剣を振り下ろす。
超重量斬撃。
大気が歪む。
ミレナが踏み込む。
身体強化。
さらに加速。
魔力循環。
加速。
加速。
加速。
血流。
呼吸。
筋肉。
骨。
神経。
全てを魔力が繋ぐ。
観客席。
グロマールが静かに目を細める。
「……循環速度が上がった」
セレスが隣で頷く。
「ええ」
「完全に次段階へ入ってる」
マイクが叫ぶ。
「うおおおお!!」
「ミレナ姉ぇぇぇ!!」
子供たちも叫ぶ。
ベルセリア兵も。
帝国兵も。
全員が立ち上がっていた。
剣が交差する。
一撃。
二撃。
十撃。
百撃。
止まらない。
完全に互角。
エルグレイが笑う。
「楽しいな!!」
ミレナが叫ぶ。
「私は!!」
剣を振る。
「負けられない!!」
踏み込む。
床が砕ける。
魔力が膨れ上がる。
空気が震える。
その瞬間。
セレスの表情が変わった。
「……来る」
ミレナの魔力循環が。
さらに一段階加速する。
普通なら壊れる。
人体が耐えられない。
でも。
循環領の教育。
身体強化理論。
魔力制御。
積み重ね。
全部が繋がる。
ミレナが踏み込む。
速い。
エルグレイの瞳が開く。
「……っ!」
剣閃。
白光。
次の瞬間。
エルグレイの頬に。
一本の線。
静寂。
そして。
遅れて血が流れた。
勝負あり。
一瞬。
世界が止まる。
次の瞬間。
闘技場が爆発した。
「うおおおおおおおおお!!」
「一本取ったぁぁぁ!!」
「ミレナ様ぁぁぁ!!」
「剣聖を超えた!!」
地鳴り。
歓声。
涙。
エルグレイが静かに剣を下ろす。
そして。
笑った。
「見事だ」
「今のは完全にお前の勝ちだ」
ミレナが息を切らす。
膝が震える。
限界だった。
それでも。
立っていた。
エルグレイが近づく。
小声で言う。
「行け」
「待たせるな」
ミレナの顔が赤くなる。
観客席。
セレスが静かに笑った。
「やっとね」
でも。
その笑顔は少しだけ寂しそうだった。
グロマールが気づく。
「セレス」
「疲れてるな」
セレスが肩をすくめる。
「バレた?」
グロマールが静かに見る。
セレスは昔からそうだった。
冷静。
頭がいい。
現実担当。
全部見える。
だから。
全部抱え込む。
人より先に気づく。
崩壊も。
危険も。
限界も。
全部。
だから止まれない。
止まった瞬間。
壊れる気がする。
セレスが観客席を見下ろす。
笑顔。
家族。
子供。
平和。
それを見ながら。
ぽつりと言った。
「私ね」
「止まったら死ぬ気がするの」
グロマールは黙って聞く。
セレスは笑う。
でも。
その笑顔は少し弱かった。
「昔は余裕なんて無かった」
「村は貧乏で」
「病人は増えて」
「明日死ぬかもしれなかった」
「だから考え続けた」
「止まったら終わるって」
風が吹く。
雪国の冷気。
セレスの髪が揺れる。
「今も怖い」
「全部壊れるんじゃないかって」
「だから仕事する」
「考える」
「走る」
「止まりたくない」
その本音。
誰にも言ってこなかった。
ミレナは感情で動く。
ピーターは優しさで動く。
マイクは勢いで動く。
ジミーは現実で動く。
でも。
セレスだけは違う。
恐怖で動いていた。
壊れた世界を知っている。
だから。
維持し続けようとする。
止まるのが怖い。
グロマールが静かに言う。
「止まっても」
「お前は死なない」
セレスが少し笑う。
「それ」
「グロマールだから言えるのよ」
「普通は止まったら終わる」
グロマールが答える。
「終わらせないために」
「今の世界を作った」
セレスが黙る。
闘技場の歓声。
笑い声。
子供たちの声。
全部聞こえる。
昔は無かった音。
生きる音だった。
その時。
闘技場中央。
ミレナがこちらを見た。
真っ赤な顔。
完全に限界。
でも。
逃げていない。
セレスが吹き出す。
「行きなさいよ」
「主人公」
グロマールが立ち上がる。
観客席がざわつく。
ミレナが固まる。
完全に顔が真っ赤だった。
セレスはその姿を見て。
少しだけ安心したように笑った。
止まったら死ぬ。
ずっとそう思っていた。
でも。
違うのかもしれない。
誰かに支えられる世界なら。
少しくらい。
立ち止まってもいいのかもしれない。
その時。
空を巨大な転移魔法陣が覆った。
青白い光。
歓声。
転移覚醒者たちが空間を繋ぐ。
帝国。
循環領。
ベルセリア。
距離が消えていく。
文明が。
また一段階。
先へ進み始めていた。




