表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

210/322

208話:女王

北方国家ベルセリア。


極寒。


吹雪。


痩せた土地。


長い冬。


かつてこの国は、“耐える国家”だった。


飢えを耐え。

寒さを耐え。

侵略を耐え。

貧困を耐え。


生き延びることだけが国家運営だった。


だから民は強い。


しかし。


強いだけでは国家は豊かになれない。


その事実を。


今。


フィリア女王は理解し始めていた。


朝。


ベルセリア王城。


窓の外では雪が降っている。


だが。


王都の空気は昔と違った。


市場に食料がある。


湯気がある。


笑い声がある。


凍死者が減った。


病死者も減った。


何より。


子供が増えている。


フィリアは静かに資料を見つめていた。


机の上には数字。


人口推移。


出生率。


食料備蓄。


道路維持率。


学校出席率。


治療院利用数。


循環領から持ち込まれた“統計文化”。


最初は理解できなかった。


数字で国を見る。


そんな発想自体が存在しなかったからだ。


昔の王は。


忠誠。

武勇。

血統。


それだけで国家を見ていた。


だが違う。


国家は。


生活だ。


「……減っている」


フィリアが呟く。


隣にいた文官が反応した。


「はい?」


「孤児の数です」


文官が目を見開く。


フィリアは資料を指差した。


「去年より三割減っています」


「治療院の増加。

食料配給。

公衆浴場。

学校。


全部繋がっている」


彼女の声は静かだった。


だが。


確実に“見えている声”だった。


以前のフィリアは違った。


善良だった。


優しかった。


だが。


“国家”が見えていなかった。


民一人一人を見ていた。


しかし今は違う。


個人と国家。


両方を見ている。


それが。


女王スキルだった。


コンコン。


扉が鳴る。


入ってきたのはピーターだった。


後ろには数名の教師。


ベルセリア派遣組。


索敵教師リシェル。


行政教師ラウル。


治療教師ミネルバ。


そして。


護衛として立つ大男。


剣聖エルグレイ。


帝国最強剣士の一人。


北方戦線の英雄。


巨大な剣を背負った男だった。


「失礼します、女王陛下」


ピーターが頭を下げる。


フィリアは柔らかく微笑んだ。


「ピーター先生。

いつもありがとうございます」


昔。


ベルセリアは滅びかけていた。


飢饉。


疫病。


寒波。


内乱。


全部が重なっていた。


そこへ来たのが。


循環領だった。


食料。


教師。


技術。


道路。


衛生。


そして。


教育。


ベルセリアは救われた。


いや。


正確には違う。


“自分で立ち上がれる環境”を与えられた。


それを。


フィリアは理解していた。


だからこそ。


ピーターへの敬意は本物だった。


「本日の報告を」


フィリアが言う。


ラウルが前に出た。


「識字率上昇です」


「北部で四割。

王都周辺で六割を超えました」


「若年層に限定すれば八割近い」


フィリアが目を閉じる。


凄まじい数字だった。


昔のベルセリアでは考えられない。


「農業は?」


「順調です。

寒冷地用麦。

芋類。

温室野菜。


全部増産成功」


「寒冷地綿花も軌道に乗っています」


リシェルが資料を開く。


「寒さに強い品種です。

繊維は太い。

その代わり加工難度が高い」


「ですが。

紡織教師団が対応中です」


フィリアが頷く。


王として。


“分かる”。


何が重要なのか。


どこがボトルネックなのか。


どこへ投資すべきか。


それが見える。


以前は違った。


善意だけだった。


今は。


現実が見える。


それが成長だった。


エルグレイが静かにフィリアを見る。


その横顔。


資料を見る視線。


民を語る時の表情。


全部が変わっていた。


昔の彼女は。


守られる側だった。


今は違う。


国を支える側だ。


エルグレイは思う。


強い。


この女王は強い。


剣ではない。


心が強い。


そして。


民を見ている。


そこらの貴族とは違う。


フィリアが視線を上げた。


「エルグレイ?」


「……いえ」


剣聖は咳払いした。


珍しく動揺していた。


それを見たリシェルがニヤつく。


「剣聖殿。

顔赤いですよ」


「黙れ」


「分かりやすいですねぇ」


フィリアが少し困ったように笑った。


その笑顔を見て。


エルグレイは完全に視線を逸らした。


ピーターが苦笑する。


空気が柔らかい。


昔のベルセリアでは考えられない空気だった。


重苦しく。


冷たく。


余裕がなかった。


今は違う。


人が笑える。


余裕がある。


それが国家の豊かさだった。


「女王陛下」


ピーターが言う。


「はい」


「最近。

民を見る目が変わりましたね」


フィリアは少し驚いた。


「……分かりますか?」


「分かります」


ピーターは優しく笑う。


「昔は。

“助けたい”だった」


「今は。

“どうすれば国全体が回るか”を見ている」


フィリアは静かに息を吐いた。


難しかった。


最初は。


助けたい人を全員助けたかった。


だが。


それでは国が潰れる。


感情だけでは国家は守れない。


だから学んだ。


数字を。


物流を。


教育を。


衛生を。


統計を。


国家とは。


循環だ。


「……グロマール様が言っていました」


フィリアが小さく呟く。


「優しさだけでは国は守れない」


「でも。

優しさを捨てた国も滅ぶ」


部屋が静まる。


誰も否定しなかった。


それが真実だからだ。


フィリアは立ち上がる。


窓の外を見る。


雪。


北方国家。


厳しい土地。


だが。


もう絶望の国ではない。


学校がある。


治療院がある。


浴場がある。


食料がある。


教師がいる。


未来がある。


フィリアの視界に。


人が見えた。


市場で働く女たち。


道路工事をする男たち。


子供たち。


教師。


農民。


兵士。


全部が繋がっている。


その瞬間。


彼女の身体から淡い光が溢れた。


空気が震える。


文官たちが息を呑む。


ピーターが静かに目を細めた。


「……覚醒しましたね」


フィリアの瞳が変わる。


世界の見え方が変わる。


国家全体が流れとして見える。


人。


物流。


感情。


危険。


未来。


全部。


繋がって見える。


女王スキル。


完全覚醒。


フィリアはゆっくり振り返った。


その姿に。


誰もが息を止める。


王冠ではない。


権力でもない。


この瞬間。


彼女は本当に。


“女王”になった。


「ベルセリアを変えます」


静かな声。


だが。


誰も疑わなかった。


できる。


この女王なら。


エルグレイが片膝をつく。


帝国最強剣士の一人。


剣聖。


その男が。


心から頭を下げた。


「お供します。

フィリア女王陛下」


フィリアは少しだけ困ったように笑う。


「……ありがとうございます」


リシェルがまたニヤつく。


「剣聖殿。

完全に落ちましたね」


「黙れ」


「否定しないんですねぇ」


部屋に笑いが起きる。


昔ならあり得ない。


王城に笑い声。


それだけで。


この国は変わった。


フィリアは窓の外を見る。


雪の向こう。


道路が続いている。


循環領。


帝国。


ベルセリア。


世界が繋がり始めていた。


そして。


その中心には。


教育がある。


人を育てる環境がある。


グロマールが始めた循環は。


もう。


誰にも止められなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ