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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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204/322

202話:皇帝

帝都ヴァルディス。


人口三百万。


世界最大級の都市。


そして。


世界最大級の“歪み”。


朝。


南区。


薄暗い路地。


汚水が流れる。


腐臭。


湿気。


熱気。


人。


人。


人。


過密。


子供が咳をする。


老人が壁際でうずくまる。


痩せた母親が、赤子を抱えながら水を汲んでいた。


その水は濁っている。


だが。


他に飲める水がない。


ピーターは立ち止まった。


視線が動かない。


グランゼルも酷かった。


循環国家へ来る前の村も酷かった。


だが。


ここは規模が違う。


「……これが」


「帝都……」


隣の帝国教師が苦く笑う。


「ええ」


「これでもマシな地区です」


ピーターが絶句する。


汚水路。


崩れた石畳。


腐った食材。


ハエ。


病人。


孤児。


全部が混ざっていた。


帝国は強大だった。


軍も。


経済も。


人口も。


だが。


巨大すぎる。


だから。


腐敗も巨大だった。


そこへ。


重い足音が響く。


近衛騎士。


道が開く。


帝国紋。


黄金外套。


そして。


若皇帝アレクシス・ヴァルディス。


若い。


まだ三十にも届かない。


だが。


目だけは老いていた。


現実を見ている目。


逃げていない目。


アレクシスは周囲を見る。


臭気から逃げない。


汚水から目を逸らさない。


泣く子供を見た。


倒れた老人を見た。


それから。


静かに言った。


「……酷いな」


誰も否定できない。


帝国教師も。


役人も。


近衛騎士も。


皆知っていた。


知っていて。


止められなかった。


アレクシスはピーターを見る。


「お前たちは」


「帝国を変えられるか」


試す声ではない。


本気だった。


ピーターは即答する。


「変えられます」


帝国側がざわつく。


若すぎる教師。


だが。


迷いがない。


アレクシスは問う。


「どうやってだ」


そこで。


後ろから声。


「まず水です」


グロマールだった。


いつの間にか立っていた。


アレクシスが小さく笑う。


「やはり来るか」


グロマールは汚水路を見る。


「病は結果です」


「原因は環境」


「水」


「衛生」


「過密」


「食」


「循環不全」


帝国官僚たちが黙る。


グロマールは続けた。


「まず下水」


「飲料水」


「これを分離します」


帝国役人が顔を青くする。


「人口三百万ですよ……!?」


「可能なのですか!?」


グロマールは即答する。


「可能です」


「全部を一度にやらない」


「区域分割」


「優先順位」


「病発生率」


「人口密度」


「感染源」


「順番に潰す」


合理的だった。


感情論がない。


まず。


帝都全域調査。


索敵教師団出動。


循環国家教師。


帝国教師。


共同作業。


索敵魔法が走る。


地下水脈。


汚染源。


排水勾配。


井戸位置。


病人分布。


全部見える。


帝国教師たちが震える。


「索敵を……」


「こんな使い方が……」


ピーターが静かに答える。


「魔法は戦争だけじゃありません」


「生活にも使えます」


三日後。


工事開始。


土魔法。


水魔法。


風魔法。


同時運用。


汚水路を分離。


飲料水路を地下化。


簡易浄化槽建設。


沈殿池。


濾過設備。


全部を低コストで回す。


工兵教師団。


マリー率いる土木教師団。


地盤鑑定。


崩落防止。


排水勾配。


全部管理。


帝国側工兵たちは驚愕した。


「こんな速度で……」


「街を直していくのか……」


そして。


次。


公衆浴場。


百軒建設。


帝都各区。


市場近く。


宿場近く。


労働区近く。


治療院近く。


全部計算済み。


ミネルバが講義する。


「清潔は命を守ります」


「身体を洗う」


「服を洗う」


「寝具を洗う」


「それだけでも病は減ります」


帝国治療師たちが呆然とする。


「そんなことで……?」


「死者が減るのか……?」


ピーターが頷く。


「減ります」


「実際に減りました」


グランゼル。


かつて死臭の街。


今は違う。


死亡率。


疫病率。


乳児死亡率。


全部改善した。


数字が証明していた。


そして。


石鹸。


帝国中央講堂。


教師。


商人。


職人。


役人。


数百人。


前に立つのはジミー。


「えー、石鹸講座始めまーす」


軽い。


だが。


天才だった。


「油」


「灰汁」


「香草」


「混ぜる」


「寝かせる」


「終わり」


帝国側が固まる。


「簡単すぎるだろ……」


ジミーが肩をすくめる。


「簡単じゃなきゃ普及しねぇ」


「高級品にしたら意味ない」


「庶民が使えて初めて価値になる」


物流鑑定。


原価鑑定。


相場鑑定。


商売鑑定。


全部が噛み合っていた。


帝国教師たちが必死に記録する。


教導スキル保持者たち。


理解速度が異常だった。


「量産可能」


「地方展開可能」


「疾病率低下」


「労働効率改善」


行政教師が即座に計算する。


帝国は変わり始めていた。


その夜。


皇城。


アレクシス・ヴァルディスは窓から帝都を見る。


まだ汚い。


まだ病んでいる。


まだ苦しい。


だが。


変わっている。


確実に。


水路工事。


浴場建設。


道路整備。


人の流れ。


以前より速い。


以前より整っている。


後ろで声。


レオハルトだった。


帝国行政責任者。


理解者。


改革派。


「陛下」


「変わり始めています」


アレクシスが静かに言う。


「……敵ではなかったな」


レオハルトが頷く。


「はい」


「循環国家は侵略国家ではありません」


「教育国家です」


「環境国家です」


アレクシスは苦笑する。


「恐れていた」


「民に知識を与える国を」


「だが違った」


「知識は国を壊さない」


「腐敗を壊す」


沈黙。


その後。


アレクシスは小さく呟く。


「帝国を変えられるか」


その問いに。


今度はレオハルトが答えた。


「変えられます」


「既に始まっています」


その頃。


帝都南区。


新設浴場。


湯気。


笑い声。


子供たちがはしゃぐ。


「すげぇ!!」


「あったけぇ!!」


「身体が軽い!!」


母親たちが泣いていた。


老人が涙を流していた。


ミネルバが静かに笑う。


「少しずつですね」


ピーターも頷く。


「はい」


「でも確実です」


グロマールは遠くから帝都を見る。


巨大都市。


巨大国家。


巨大な腐敗。


だが。


人は変わる。


環境が変われば。


教育があれば。


循環があれば。


そして。


帝国もまた。


ゆっくりと。


循環へ近づき始めていた。







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