200話:循環経済
冬。
北部循環街道。
かつて。
雪が降れば飢えた。
物流が止まり。
村が消え。
老人が死に。
子供が売られた。
それが北部だった。
だが今。
巨大輸送ゴーレムが雪を踏み潰して進む。
街道は止まらない。
荷車が流れる。
食料が流れる。
薬が流れる。
布が流れる。
情報が流れる。
そして。
人が生きる。
第三宿場都市中央市場。
朝。
鐘が鳴る。
市場が開く。
「北部芋入荷ー!」
「乾燥肉だ!」
「南部果実酒到着!」
「新作味噌だぞ!」
人。
人。
人。
溢れていた。
市場中央では巨大な掲示板が立っている。
流通量。
保存量。
価格。
輸送予定。
全部書かれていた。
しかも更新される。
通信網経由。
旧国家ではあり得ない光景だった。
「……頭おかしいな」
旧国家商人が呟く。
「値崩れしてない……」
普通なら崩壊する。
食料自給率四五〇%超。
つまり。
食い切れない。
余る。
市場が壊れる。
農民が死ぬ。
それが旧国家の常識だった。
だが循環国家は違う。
余ったなら。
加工する。
保存する。
流通させる。
輸出する。
全部繋げる。
だから崩れない。
市場奥。
巨大加工工房。
中では大量の人間が動いていた。
乾燥。
燻製。
塩漬け。
発酵。
粉末化。
油抽出。
保存加工。
しかも。
規格化されている。
樽の大きさ。
塩分濃度。
乾燥時間。
全部統一。
だから品質が安定する。
ジミーが笑う。
「食料は余らせたら負けなんだよ」
隣にはグロマール。
市場を見ている。
「飢えないだけでは弱い」
グロマールが言う。
「重要なのは循環だ」
「保存」
「加工」
「流通」
「余剰を価値に変える」
それが循環経済。
単なる農業国家ではない。
産業国家だった。
工房では。
大量の女性たちが働いていた。
元難民。
元奴隷。
未亡人。
孤児出身。
みんな働いている。
理由は単純。
仕事があるから。
「次、乾燥野菜!」
「保存袋持って!」
「魔導冷蔵庫空ける!」
現場が止まらない。
教育されている。
教導スキル保持者が現場にいる。
だから新人が育つ。
循環する。
そこへ。
「おう!
飯まだか!」
マイクが現れた。
輸送隊帰還。
周囲の女たちが悲鳴を上げる。
「マイク隊長ー!!」
「今日も格好いいー!!」
「腕やばいー!!」
「抱いてー!!」
「うるせぇ!」
怒鳴る。
歓声が増える。
完全に人気者だった。
そこへ。
「騒がない」
カーラ登場。
静まる市場。
マイクが一瞬で大人しくなる。
周囲の女たち。
絶叫。
「まただぁぁ!!」
「カーラ先生だけ特別!!」
「なんであんな素直なの!?」
カーラは呆れながら鍋を置く。
「輸送終わったの?」
「ああ」
「怪我は?」
「ねぇ」
「嘘」
カーラが腕を掴む。
小さな裂傷。
マイクが目を逸らした。
「これくらい平気だ」
「平気じゃない」
カーラは治療布を巻く。
手際が良すぎる。
完全に慣れていた。
「動きすぎ」
「輸送隊長だからな」
「だから怪我していい理由にはならない」
「……はい」
周囲崩壊。
「はいって言ったぁぁ!!」
「親分が従った!!」
「無理!!
カーラ先生強すぎる!!」
ピーターが遠くで苦笑する。
ミーナが静かに笑っていた。
「いい関係ですね」
「ですねぇ……」
カーラは元々、現場人間だった。
働く。
回す。
支える。
だからマイクと噛み合う。
マイクも同じ。
言葉より先に動く。
だから早い。
そして。
互いに自然だった。
市場奥。
ミレナとセレスが視察している。
ミレナが呆れた。
「……完全に夫婦じゃない」
セレスが笑う。
「まだ付き合ってないのよね」
「嘘でしょ?」
「本人たち無自覚っぽいわ」
「怖いわね現場系」
二人の後ろでは。
大量の保存食が積まれていた。
乾燥野菜。
保存肉。
発酵食品。
果実酒。
調味料。
小麦粉。
薬草。
全部規格管理されている。
ジミーが説明する。
「重要なのは価格安定だ」
「飢えないだけじゃダメ」
「安くしすぎても農家が死ぬ」
「高すぎても民が死ぬ」
「だから循環させる」
セレスが頷く。
「余剰食料を加工して保存」
「不足地域へ輸送」
「さらに輸出」
「市場価格調整」
「……完全に国家経済ね」
ジミーは笑う。
「今さらだろ」
さらに。
循環国家は教育を始めていた。
加工教師。
保存教師。
物流教師。
会計教師。
ただの農民国家では終わらない。
工業。
物流。
経済。
全部繋がっていく。
グロマールは静かに市場を見る。
子供たちが走っていた。
腹を空かせていない。
痩せていない。
笑っている。
それだけで。
昔の世界とは違った。
「……飢えない」
グロマールが呟く。
「それは入口に過ぎない」
「次は豊かさだ」
ピーターが頷く。
「はい」
「食べるだけじゃ、人は育ちません」
「教育」
「医療」
「仕事」
「余裕」
「全部必要です」
グロマールは市場の先を見る。
新都市建設中。
工房。
学校。
治療院。
宿場。
道路。
全部繋がる。
循環国家。
それは。
「止まらない国家」
だった。
その頃。
旧国家。
会議室。
「なぜ食料価格が下がらん!?」
「循環国家が加工して保存しております!」
「輸送速度が速すぎます!」
「しかも市場価格を維持していると……」
「どういうことだ!?」
理解できなかった。
旧国家は。
“飢えない”ことしか知らない。
循環国家は違う。
“余剰を循環させる”ことを始めていた。
それが恐ろしかった。
飢餓国家は脆い。
豊かな国家も脆い。
だが。
循環国家は違う。
余ったら回す。
不足したら送る。
止まらない。
だから強い。
夕方。
市場。
カーラが鍋をかき混ぜる。
巨大スープ。
北部名物。
寒冷地芋煮。
そこへマイクが座る。
「腹減った」
「知ってる」
カーラが笑う。
「今日も大盛り?」
「当たり前だろ」
「ほんとよく食べる」
「動いてるからな」
カーラが盛り付ける。
周囲の女たち。
絶望。
「もう嫁じゃん……」
「終わった……」
「親分取られた……」
マイクがスープを食う。
一口。
止まる。
「……うめぇ」
カーラが少し照れた。
「そりゃよかった」
市場が笑う。
人が笑う。
腹が満たされる。
それだけで。
世界は変わり始めていた。




