198話:速度
北部防衛都市グランゼル。
かつて“帝国最北の捨て砦”と呼ばれた都市は、今では別の名で呼ばれていた。
循環北部拠点。
雪と飢えと貧困に苦しんでいた土地は、数年で姿を変えた。
理由は単純。
止まらなくなったからだ。
物が。
人が。
情報が。
そして教育が。
冬の冷気が吹き荒れる街道を、大型輸送ゴーレムが進む。
鈍重な見た目とは裏腹に、その速度は異常だった。
泥濘を踏み潰し、雪を割り、崩れた地盤すら踏破する。
後方には荷車。
さらに護衛ゴーレム。
その後ろを人員輸送車両が続く。
「……ほんと、別世界になったな」
マイクは腕を組みながら呟いた。
隣ではピーターが苦笑する。
「最初の頃は、冬になるだけで物流止まってましたからね……」
「飯も届かねぇ。
薬も届かねぇ。
命令も来ねぇ。
終わってたよな」
「はい……」
北部とはそういう土地だった。
冬。
それだけで国家機能が止まる。
雪。
吹雪。
凍結。
崩落。
山岳魔物。
通信遮断。
結果。
地方都市は見捨てられる。
だから北部は貧しかった。
だから帝国北部は反乱が絶えなかった。
だが今は違う。
通信網。
ゴーレム道路。
大型輸送。
工兵団。
防寒装備。
全部が噛み合い始めていた。
「マイク隊長!
見えてきました!」
輸送隊員が叫ぶ。
巨大城壁。
グランゼル。
その外壁には、新設された魔導通信塔が立っていた。
青白い光が脈打っている。
マイクが笑う。
「やっぱデケぇ街はいいな!」
「……村育ちが言います?」
「うるせぇ」
輸送隊が城門を通る。
すると。
街の空気が変わった。
熱。
匂い。
活気。
工房の槌音。
蒸気。
布。
鉄。
人。
かつて死にかけていた都市とは思えない。
「輸送隊帰還!」
「東ルート全到達確認!」
「第五橋梁問題なし!」
「北側防壁補修完了!」
通信兵が次々叫ぶ。
その速度に、古い帝国兵たちは未だ慣れていなかった。
「……早すぎる」
老兵が呟く。
「昔なら半月後に届く報告だぞ……」
「今は数分です」
通信教師が答える。
「意味が分からん……」
意味が分からない。
それが旧国家側の本音だった。
命令が先に届く。
現場状況が即座に共有される。
補給が止まらない。
道路が崩れても工兵団が数時間で復旧する。
しかも教育済み。
つまり。
現場判断できる。
これが恐ろしかった。
旧国家軍は、
「命令を待つ軍」
循環国家軍は、
「共有された目的で動く軍」
根本が違う。
マイクたちは中央通りを進む。
すると。
巨大な建物が見えてきた。
白と青を基調にした石造建築。
外壁には巨大な布が干されている。
紋章は、糸車。
マイクが目を丸くした。
「なんだこりゃ」
ピーターが笑う。
「ミーナさんの工房ですよ」
「は?」
「今、北部衣料産業の中心です」
マイクが固まる。
建物がデカすぎた。
工房という規模ではない。
半分工場。
半分学校。
半分研究施設。
中からは大量の織機音が響く。
ガコン。
ガコン。
ガコン。
人が布を運ぶ。
綿を加工する。
糸を編む。
防寒布。
防水布。
軍用布。
輸送袋。
制服。
寝具。
ありとあらゆる布製品が生産されていた。
「……これ全部、あの優しそうな姉ちゃんが?」
「はい」
「怖ぇな循環国家……」
中へ入る。
すると。
「ピーター先生!」
子供たちが駆け寄った。
元難民。
元奴隷。
亜人。
獣人。
全部混ざっている。
ピーターが笑顔で頭を撫でた。
「頑張ってますか?」
「はい!」
「今日は輸送隊来た!」
「マイク隊長だ!」
「筋肉すげぇ!」
マイクが豪快に笑う。
「おう!
ちゃんと飯食ってるか!」
「食ってるー!」
「服もあったかい!」
「ミーナ先生が作った!」
その時。
奥から女性が現れた。
銀色の髪。
落ち着いた雰囲気。
柔らかな目。
ミーナだった。
「お帰りなさい、ピーター」
「ただいま戻りました」
ミーナはマイクを見る。
「あら」
マイクは固まった。
その瞬間。
別方向から怒鳴り声が飛ぶ。
「そこの布運ぶ奴!
止まるな!
雨季前だよ!」
現れたのは、赤髪の女。
腕まくり。
汗。
鍛えられた身体。
大鍋を片手で持っている。
「飯冷めるよ!
働き手ぶっ倒れたら全部止まるんだからね!」
カーラだった。
マイクの脳が止まった。
「……」
「……」
カーラも止まった。
互いに見る。
数秒。
ピーターが察した。
(あ、終わった)
マイクが口を開く。
「……お、おう」
史上最弱の第一声だった。
カーラが吹き出す。
「何その顔」
「いや……
なんつーか……」
「変な人」
笑う。
豪快に。
明るく。
現場の空気を変える笑いだった。
マイクは完全に持っていかれていた。
ピーターは頭を抱える。
(どうしよう……
カーラさんたち元娼婦だったって言えない……)
言える空気ではない。
絶対無理。
しかもカーラ側も明らかに反応している。
「輸送隊なんだって?」
「ああ」
「山越えて来たの?」
「まぁな」
「すごいね」
素直だった。
媚びがない。
現場を知ってる目だった。
マイクが困惑する。
こんな女は初めてだった。
強い。
けど威張らない。
働く。
笑う。
現場を回している。
「……いい女だな」
マイクが呟く。
ピーターが咳き込んだ。
「ぶっ」
カーラが赤くなる。
「な、何言ってんのよ急に!」
「思ったから言った」
「馬鹿じゃないの!?」
「おう!」
即答。
周囲が笑う。
ミーナが優しく目を細めた。
「……いいですね」
その頃。
旧国家側では。
「まだ届かんのか!?」
「伝令はどうした!」
「雪で山道が塞がれております!」
「補給隊は!?」
「橋崩落!」
「修復は!?」
「工兵不足です!」
「魔物だと!?」
「通信塔が破壊されました!」
会議室が怒号に包まれる。
命令が届かない。
補給が止まる。
情報が古い。
現場が独断で崩壊する。
旧国家軍はまだ、
“伝令前提”
で動いていた。
だから勝てない。
循環国家はもう、
「通信速度」で戦争していた。
さらに。
道路。
工兵。
輸送。
規格。
教育。
全部繋がっている。
そして何より恐ろしいのは。
それを現場が理解していることだった。
グランゼル。
その中央。
巨大通信塔が青白く光る。
そこへ報告が届く。
「西ルート問題なし」
「南部輸送到達」
「食料輸送完了」
「防寒布配備完了」
「孤児院物資配送完了」
命令より先に結果が届く。
グロマールは静かに通信記録を見る。
隣ではセレスが笑っていた。
「……旧国家、もう無理ね」
「まだ気づいてない」
グロマールが言う。
「戦争は兵数じゃない」
「速度だ」
通信。
物流。
教育。
意思決定。
補給。
全部の速度。
そして。
循環国家は。
もう止まらなかった。




