197話:輸送隊
雨だった。
山を叩く豪雨。
空が割れたような音。
濁流。
崩落。
泥。
雷。
視界は灰色だった。
普通なら、
輸送は止まる。
商隊は引き返す。
馬車は沈む。
橋は落ちる。
山岳輸送は死ぬ。
それがこの世界の常識だった。
だが。
循環国家の輸送隊は止まらない。
巨大な影が、
豪雨の山道を進んでいた。
大型輸送ゴーレム。
鋼鉄骨格。
規格統一車輪。
魔導補助駆動。
厚い装甲。
巨大荷台。
その後方を、
数百人規模の輸送隊が続いている。
工兵。
鍛冶師。
治癒師。
物流員。
防衛隊。
全員が雨に打たれながら前へ進む。
先頭を歩く男が叫んだ。
「右側崩れるぞ!!」
マイクだった。
泥だらけ。
雨まみれ。
巨大ハンマーを肩へ担ぐ。
彼が地面を睨む。
土が鳴っていた。
ピーターが即座に動く。
「土組!」
「補強!」
土魔法が走る。
壁が形成される。
崩落寸前の斜面を固定。
そこへ工兵団。
杭を打つ。
石板を埋める。
水路変更。
排水誘導。
豪雨の中、
全員が異常な速度で動いていた。
マリーが叫ぶ。
「水流右へ逃がして!」
「左側掘って!」
若い工兵たちが動く。
もう昔の農民ではない。
教育された。
教導された。
経験した。
だから動ける。
巨大輸送ゴーレムが唸る。
重い。
だが止まらない。
魔導駆動輪が泥を噛み、
強引に前へ進む。
後方の若い輸送員が叫んだ。
「本当に行くんですか!?」
「山崩れますよ!?」
マイクが振り返る。
「だから行くんだろうが!」
「止まったら北部都市の食料切れる!」
その言葉で、
全員が黙る。
今回の輸送。
目的地は、
北部防衛都市グランゼル。
人口四十万。
寒冷地。
雨季に物流が止まれば、
一気に食料事情が悪化する。
旧国家なら、
ここで輸送停止。
数万人飢える。
それが普通だった。
だが循環国家は違う。
止めない。
止まらない。
その思想そのものが、
この輸送隊だった。
さらに前方。
橋が崩れかけていた。
工兵が青ざめる。
「ダメだ!」
「中央梁が限界!」
巨大ゴーレムの重量に耐えられない。
普通なら終わりだった。
輸送停止。
後退。
しかしマイクが叫ぶ。
「止めんな!!」
「風組!」
「荷重散らせ!」
「土組!」
「橋脚固定!」
「鍛冶師!」
「鉄板持って来い!」
その瞬間だった。
全員が同時に動いた。
風魔法。
荷重分散。
土魔法。
橋脚固定。
鍛冶師。
即席鉄板補強。
工兵。
ロープ固定。
治癒師。
疲労回復。
全部が噛み合う。
異様だった。
豪雨の地獄。
その中で、
巨大集団が一つの生き物みたいに動いている。
ピーターが目を見開く。
「……これ」
セレスも息を呑む。
「統率が異常」
誰も止まらない。
迷わない。
恐慌が起きない。
本来あり得ない。
その中心にいるのは、
マイクだった。
理論じゃない。
空気。
信頼。
安心感。
「この人についていけば大丈夫」
それが現場全体へ伝染している。
マイクが橋へ飛び乗る。
「行けぇぇぇぇ!!」
巨大輸送ゴーレムが進む。
橋が軋む。
雨が叩く。
泥が流れる。
それでも進む。
そして。
突破した。
後方から歓声が上がる。
その瞬間だった。
マイクの身体が光る。
赤金色。
熱を帯びた魔力。
周囲の空気が変わる。
工兵が驚く。
鍛冶師が振り向く。
輸送員たちが息を呑む。
マイク自身も目を見開く。
「……なんだこれ」
グロマールが静かに言った。
「覚醒したな」
魔力が広がる。
周囲の人間へ。
疲労が軽くなる。
恐怖が消える。
判断速度が上がる。
連携が異様に噛み合う。
ピーターが呟く。
「統率系……」
セレスが静かに分析する。
「皇帝スキル系統」
「でも違う」
「国家支配じゃない」
「現場支配」
グロマールが頷く。
「親分スキル」
マイクが顔をしかめる。
「ダセェ!」
周囲が笑った。
だが次の瞬間。
輸送隊全体が変わる。
足並み。
呼吸。
判断。
全部一致する。
工兵が叫ぶ前に鍛冶師が動く。
輸送員が転ぶ前に治癒師が支える。
崩落前に土組が動く。
全員が、
“次に必要なこと”を感じ取っていた。
セレスが静かに言う。
「これ……戦争変わるわね」
グロマールも同意した。
「もう兵数の問題じゃない」
「指揮速度」
「連携速度」
「物流速度」
「維持速度」
「全部変わる」
山岳輸送は続く。
豪雨。
崩落。
濁流。
それでも止まらない。
途中。
魔物まで現れた。
巨大岩蜘蛛。
雨季で狂暴化している。
普通の商隊なら壊滅。
しかし。
マイクが叫ぶ。
「止まるな!!」
「輸送優先!」
「防衛隊左!」
「工兵は道路維持!」
「ゴーレム前進!」
その瞬間。
全員が迷わず動いた。
岩蜘蛛が飛びかかる。
防衛隊が受け止める。
風刃。
土槍。
火弾。
連携が異常。
まるで長年訓練した軍隊。
だが違う。
彼らは元農民。
元奴隷。
元孤児。
元難民。
教育された。
環境が変えた。
だから今ここにいる。
岩蜘蛛が倒れる。
輸送隊は止まらない。
ただ進む。
雨季山岳突破。
それは、
旧国家では“不可能”とされていた。
数日後。
北部防衛都市グランゼル。
巨大城壁。
吹雪混じりの雨。
門兵たちが空を見る。
そして。
固まった。
山の向こうから、
巨大な鋼鉄群が現れる。
大型輸送ゴーレム。
数十機。
荷車群。
輸送隊。
雨季を突破して来た。
あり得ない。
門兵が震える。
「……嘘だろ」
「雨季だぞ」
「山崩れ起きてたはずだ」
さらに。
積荷。
大量食料。
鉄材。
薬品。
布。
工具。
全部届いている。
都市全体が騒然となった。
役人。
兵士。
商人。
全員が理解できない。
「なんで来れる」
「どうやって」
「止まらないのか」
そこへ、
泥だらけのマイクが歩いてくる。
「届けに来たぞ」
グランゼル司令官が呆然とする。
「……本当に来たのか」
マイクは笑う。
「止める理由ねぇだろ」
その背後。
巨大輸送ゴーレム群。
豪雨突破。
山岳突破。
物流革命。
国家そのものが、
変わり始めていた。
そしてその報告は、
各国へ広がる。
雨季山岳輸送成功。
大型輸送ゴーレム実戦投入。
循環国家、
豪雨物流維持。
各国首脳部が凍りつく。
戦争の前提が崩れた。
冬を待てない。
雨季を待てない。
包囲できない。
兵站を止められない。
つまり。
循環国家は、
“止まらない国家”になり始めていた。




