表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

194/322

192話:工兵団

雨が降っていた。


循環国家北部――旧山岳街道建設区域。


山肌を削ったばかりの斜面から、

濁流のような泥水が流れ落ちる。


轟音。


崩落。


積み上げた土壁が、一瞬で崩れた。


「退避!」


若い工員が叫ぶ。


ゴーレムが腕を伸ばし、

倒れかけた作業員を掴み上げた。


泥が跳ねる。


全員が息を呑む。


あと数歩遅れていれば、

生き埋めだった。


雨は止まない。


山は、人間の都合など聞かない。


「……だから言ったんだよ」


泥まみれの女が、

崩れた斜面を睨みながら呟いた。


マリー。


土木教師。


ピーターの弟子。


まだ若い。


けれど、

循環国家で最も現場を知る教師の一人だった。


彼女は崩れた斜面へ歩く。


膝まで泥に沈む。


それでも止まらない。


後ろでは、

若い工員たちが怯えた顔をしていた。


元農民。


元奴隷。


元難民。


そして、

教育で土木を学び始めた者たち。


昔なら、

こんな連中は“使い潰される側”だった。


今は違う。


マリーは崩落面を触る。


土を握る。


水分。


粘度。


地盤。


流路。


全部を見る。


「……地下水か」


横にいたピーターが頷いた。


「うん。表面じゃない」


ピーターは静かだった。


怒鳴らない。


責めない。


まず観察する。


それが循環国家の教師だった。


「地中の水脈が動いてる」


「昨日の雨量が限界超えたね」


若い工員が震えた声を出す。


「す、すみません……俺たち、締め固め不足で……」


「違うよ」


ピーターは即答した。


「原因を間違えない」


その声に、

工員たちが顔を上げる。


「失敗は悪じゃない」


「分析しない失敗が危険なんだ」


マリーも頷いた。


「今回の問題は施工だけじゃない」


「地盤調査不足」


「排水計画不足」


「地下水路未確認」


「つまり、設計段階の問題」


若い工員たちが驚く。


責められると思っていた。


怒鳴られると思っていた。


旧国家ではそうだった。


失敗したら殴られる。


原因なんてどうでもいい。


根性が足りない。


気合が足りない。


そう言われて終わり。


でもここは違う。


ピーターは崩れた斜面を見つめる。


「山は悪意で崩れない」


「だから、人間側が学ぶしかない」


その言葉を、

工員たちは黙って聞いていた。


雨の中。


泥の中。


マリーは振り返る。


「授業やるよ」


誰も動かなかった。


「今ここで?」


「今だからだよ」


マリーは地面に棒を突き立てた。


「道路はただの土じゃない」


「水との戦い」


「重さとの戦い」


「時間との戦い」


彼女は地面に線を描く。


斜面。


排水路。


地下水脈。


崩落点。


「ここ見て」


「水が逃げてない」


「逃げ場のない水は、土を壊す」


「だから排水を作る」


「だから傾斜を調整する」


「だから地盤を読む」


工員たちの目が変わっていく。


怒鳴られて覚えるのではない。


理解して覚える。


循環国家の教育はそこが違った。


ピーターが土を持ち上げる。


「水属性魔法」


小さな水流が地中を走る。


土の中が透けて見えた。


地下水路。


流れ。


溜まり。


崩壊点。


工員たちが息を呑む。


「見える……」


「水が溜まってる……」


ピーターは頷いた。


「索敵は敵を探すだけじゃない」


「地形も読む」


「災害も読む」


「人を守るために使う」


それを聞いていた若い少女が、

恐る恐る手を挙げた。


元奴隷の少女だった。


「せ、先生……」


「うん?」


「じゃあ……土魔法って……」


「壁を作るだけじゃないんですか……?」


マリーが笑った。


「もちろん壁も作れる」


「でも本当に強い土魔法は、“崩れない構造”を作る方」


彼女は崩れた斜面を見上げる。


「派手な魔法なんていらない」


「崩れない道」


「流れる水」


「沈まない橋」


「それが人を救う」


その言葉は、

静かに工員たちへ落ちていった。


雨はまだ降っている。


けれど、

誰も絶望した顔をしていなかった。


グロマールが遠くから現場を見る。


隣にはセレス。


ミレナ。


エバもいた。


セレスが呟く。


「育ってるわね」


「うん」


ミレナも頷く。


彼女は昔、

“強い人だけが世界を守る”

と思っていた。


今は違う。


世界を支えるのは、

教え続ける人間だ。


エバが静かに笑った。


「工兵団、もう軍隊より重要かもしれませんね」


「実際そうだよ」


セレスは即答した。


「戦争は壊す」


「土木は繋ぐ」


「国家は繋がってる方が強い」


グロマールは黙っていた。


視線は工事現場へ向いている。


若い工員たち。


泥だらけ。


失敗して。


学んで。


また立ち上がる。


その姿を見ていた。


「……いいな」


小さく呟く。


セレスが横を見る。


「何が?」


グロマールは少しだけ笑った。


「失敗を隠さなくなった」


それが、

循環国家最大の変化だった。


旧国家では、

失敗は処罰だった。


だから隠す。


誤魔化す。


責任転嫁する。


結果、

もっと大きな事故になる。


循環国家は違う。


失敗したら共有する。


分析する。


改善する。


だから進歩する。


ピーターが工員たちへ声をかける。


「よし、次やろう」


「今度は排水路を先に作る」


「地下水路確認班」


「地盤測定班」


「土魔法固定班」


「分けて動こう」


返事が飛ぶ。


「はい!」


「了解!」


「やります!」


もう怯えていない。


学ぶ側の目だった。


マリーが笑う。


「いい顔になってきたね」


若い工員が苦笑する。


「先生たちが怒鳴らないからです」


「前の国なら殴られてました」


マリーは首を振った。


「殴って覚えるなら苦労しない」


「理解した方が早い」


「人間、考えた方が強いから」


その瞬間。


遠くで巨大な地鳴りが響いた。


ゴーレム輸送隊だった。


大型輸送ゴーレム。


資材。


木材。


石材。


食料。


全部が流れてくる。


止まらない。


循環している。


若い工員が呆然と呟いた。


「……すげぇ」


ピーターは静かに言う。


「道路は国家の血管なんだ」


「止まれば死ぬ」


「だから作る」


「だから守る」


「だから教える」


工員たちは頷いた。


理解していた。


ここで学んでいるのは、

土木だけじゃない。


“人を生かす方法”

そのものだった。


雨の中。


泥の中。


工兵団は動き続ける。


失敗し。


学び。


改善し。


また前へ進む。


誰か一人の天才ではない。


教育された集団。


それが、

循環国家最大の力だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ