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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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195/322

193話:鉄

北部山岳地帯。


循環国家北西部未開発区域。


空気が冷たい。


切り立った岩肌。


濃い霧。


湿った風。


魔物も多い。


人が住むには向かない土地。


だからこそ、

旧国家は捨てていた。


価値を知らなかったからだ。


巨大な岩山を前に、

数十人の教師団と作業員が立っていた。


中心にいるのは、

索敵教師リシェル。


そしてピーター。


土木教師マリー。


工兵団。


さらに、

土属性魔法を学ぶ若い作業員たち。


元農民。


元奴隷。


元難民。


昔なら、

山に入る資格すら無かった人間たちだ。


リシェルは静かに目を閉じた。


風が止まる。


空気が変わる。


索敵魔法。


地表ではない。


地下を読む。


鉱脈。


空洞。


水脈。


密度差。


魔力反応。


全部を見る。


彼女の周囲に、

淡い光の線が浮かび上がった。


若い教師たちが息を呑む。


「……広い」


「ここまで反応が続くのか」


ピーターも驚いていた。


リシェルは汗を流しながら、

山を見上げる。


「地下三十から五十」


「深い」


「でもある」


「かなり大規模」


マリーが目を細めた。


「鉄か?」


リシェルが頷く。


「高純度」


「しかも広い」


その瞬間。


現場の空気が変わった。


若い作業員たちは、

まだ鉄鉱石の意味を完全には理解していない。


けれど教師たちは違う。


文明が変わる。


その意味を知っていた。


グロマールが後方から歩いてくる。


ミレナ。


セレス。


エバ。


ジミーも一緒だった。


全員、

山を見上げる。


グロマールは静かに言った。


「……当たりだな」


誰も軽口を叩かなかった。


それほど重要だった。


セレスが低く呟く。


「道路」


「橋」


「工具」


「大型溶鉱炉」


「建築」


「ゴーレム外装」


「全部変わる」


ジミーが真顔になる。


「物流規模そのものが変わるな……」


「木材文明が終わる」


その言葉に、

若い作業員たちが驚く。


木材文明。


それが今までの世界だった。


家。


荷車。


橋。


農具。


全部木。


鉄は高級品。


貴族の武器。


王族の鎧。


そんな扱いだった。


グロマールは山を見つめたまま言う。


「文明は鉄で決まる」


静かな声だった。


でも重い。


「食料を増やすにも鉄がいる」


「道路を作るにも鉄がいる」


「農具も」


「武器も」


「建築も」


「輸送も」


「全部だ」


誰も否定できなかった。


鉄は国家の骨格。


それを理解していた。


マリーが地面へしゃがみ込む。


土を触る。


「露天掘りは厳しいね」


「崩落する」


「坑道掘削になる」


ピーターが頷いた。


「地下水も多い」


「排水設備必要」


「換気もいる」


「支柱も」


若い作業員が青ざめる。


「そ、そんな大工事を……?」


「できるよ」


答えたのは、

グロマールではなかった。


一人の中年作業員だった。


元奴隷。


元鉱山労働者。


顔中に古傷がある。


「昔やってた」


皆が見る。


男は苦笑した。


「潰れた鉱山でな」


「死人ばっか出てた」


「支柱も無し」


「換気も無し」


「崩れたら終わり」


「病気になっても放置」


「水飲めば腹壊す」


「地獄だったよ」


静かになる。


旧国家の鉱山。


命を削るだけの場所。


教育も無い。


安全も無い。


ただ掘らせるだけ。


グロマールが男を見る。


「名前は?」


男は少し驚いた。


「……バルク」


「バルクか」


グロマールは頷く。


「経験者は教師側へ回れ」


「技術を残せ」


バルクが固まった。


「……俺が?」


「知識がある」


「なら教えろ」


それだけだった。


身分も関係ない。


元奴隷かどうかも関係ない。


必要なのは、

経験と知識。


循環国家はそこが違った。


バルクの目が揺れる。


長い間、

“使い潰される側”だった男。


初めて、

知識を求められた。


マリーが笑う。


「よろしく、先生」


その瞬間。


バルクは言葉を失った。


先生。


その呼び方が、

胸に刺さる。


元奴隷鉱夫。


読み書きもできなかった男。


殴られ。


使い潰され。


捨てられた男。


そんな人間を、

教師と呼ぶ。


循環国家は、

本当に狂っている。


でも。


だから人が集まる。


バルクは顔を覆った。


「……参ったな」


「泣く歳じゃねぇのに」


ピーターが静かに言う。


「知識は財産だから」


「経験者は大事なんだ」


その言葉に、

周囲の若い作業員たちも頷いた。


彼らも分かっている。


ここでは、

“学んだ人間”が価値を持つ。


身分じゃない。


血筋じゃない。


教育と経験。


それが力になる。


グロマールが山を見上げる。


「まずは試掘」


「坑道支柱」


「換気路」


「地下排水」


「全部教育込みでやる」


マリーが即座に反応する。


「工兵団回す」


「土木教師増員」


「崩落対策班編成」


ピーターも続く。


「索敵班を常駐」


「地下水監視」


「地盤変化監視」


リシェルが頷く。


「索敵教師団、回せます」


ジミーは既に計算を始めていた。


「鉄輸送路もいるな……」


「道路先に拡張か」


「大型ゴーレム必要だぞ」


セレスは冷静だった。


「鉄そのものより重要なのは」


「安定供給」


「止まったら全部止まる」


エバも頷く。


「教育施設も必要ですね」


「鉱山街になる」


「家族ごと移住も増えるはずです」


グロマールは静かに言った。


「なら作る」


「学校も」


「診療所も」


「食堂も」


「最初から全部だ」


旧国家の鉱山とは違う。


死ぬための場所ではない。


人を育てる場所にする。


それが循環国家だった。


その時。


若い作業員の一人が、

突然声を上げた。


「先生!」


皆が振り向く。


青年の手が、

岩肌へ触れていた。


土属性魔法。


淡い光。


岩が静かに割れる。


周囲が息を呑む。


普通の土魔法ではない。


もっと深い。


内部構造を読む感覚。


岩の“割れ目”が見えている。


ピーターが目を見開く。


「……今の」


青年自身も驚いていた。


「え……?」


「なんか……見えた」


「岩の中の弱い場所が……」


マリーが即座に駆け寄る。


「もう一回やって」


青年が恐る恐る岩へ触れる。


光。


振動。


岩が綺麗に裂けた。


皆が静まる。


リシェルが呟く。


「……掘削系統」


ピーターが頷く。


「スキル覚醒」


「掘削スキル」


青年が固まる。


「お、俺が……?」


グロマールは静かに笑った。


「現場で育ったな」


それが循環国家だった。


才能は最初から存在するわけじゃない。


環境。


教育。


経験。


必要性。


全部が重なって、

人間は変わる。


青年は震えていた。


「俺……農民ですよ……?」


「だから何だ」


グロマールは即答した。


「文明は貴族が作ったわけじゃない」


「現場が作る」


山風が吹く。


巨大な鉄鉱山。


工兵団。


教師団。


元奴隷。


元農民。


若い作業員たち。


その全員が、

未来を掘り始めていた。


鉄。


それは武器だけじゃない。


国家そのものを変える鉱石だった。







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