190話:固定軌道輸送構想
秋雨が三日続いた。
循環国家中央区。
行政会議塔最上階。
巨大な円卓の外では、
濡れた石畳を大型輸送ゴーレムが静かに進んでいる。
泥濘は少ない。
道路脇には排水溝。
水流制御用の土魔法加工。
橋脚補強。
舗装石。
すでに循環国家の街道は、
旧国家群とは別物になっていた。
そして。
会議室中央。
巨大な地図。
新街道。
補給拠点。
魔導通信塔。
輸送都市。
そして。
大陸横断の赤線。
固定軌道輸送構想。
提案者。
セレス。
「……ここ」
細い指が地図をなぞる。
「中央都市から南部穀倉地帯」
「さらに西部工業区画」
「固定軌道を敷設する」
会議室が静まる。
セレスは続けた。
「大型輸送ゴーレムを専用軌道上で運用」
「輸送量を十倍以上へ引き上げる」
「食料」
「鉄」
「薬品」
「繊維」
「全部を高速大量輸送できる」
「国家規模が変わる」
その声に、
熱が混じっていた。
普段冷静な彼女には珍しい。
ミレナが腕を組む。
「……つまり」
「専用道路の完全上位版ってこと?」
「そう」
「道路は摩耗が大きい」
「積載限界もある」
「固定軌道なら安定する」
「輸送速度も一定」
「大量輸送が可能」
セレスは地図を叩く。
「循環国家は広がりすぎた」
「今後は“速度”が重要になる」
「人と物を止めたら終わる」
その言葉に。
エバが静かに頷いた。
彼女は最近、
行政補佐として中央運営へ関わっている。
元々は地方出身。
物流の遅れ。
飢え。
孤立。
それを知っている。
だからこそ理解できた。
「……理想としては正しいと思う」
エバは静かに言う。
「地方の孤立が減る」
「食料不足も減る」
「救援速度も上がる」
「冬季物流も安定する」
ミネルバも頷く。
「孤児院も助かる」
「薬が届く」
「治療院も安定する」
「悪い構想じゃない」
空気が未来へ傾く。
だが。
グロマールはまだ喋らない。
ただ地図を見ていた。
その沈黙を見て。
ジミーがため息を吐いた。
「……で」
「現実の話するぞ」
大量の資料が机へ置かれる。
ドサリ。
物流試算書。
工業分析。
資源報告。
維持費試算。
ジミーは笑っていなかった。
完全に商人の顔だった。
「まず鉄」
「全然足りねぇ」
即答。
夢を壊す言葉。
だが必要な言葉。
セレスは反論しない。
「必要量は?」
「国家横断なら数万トン以上」
「橋込みならもっと」
「しかも高品質鉄材」
「曲がった鉄じゃ終わる」
マイクが目を剥く。
「そんなに使うのかよ……」
「使う」
ジミーは紙を叩く。
「しかも線路ってのはただ置くだけじゃねぇ」
「精度が必要」
「歪み管理」
「摩耗管理」
「交換部材」
「保守人材」
「全部必要」
「道路とは次元が違う」
エバが静かに聞く。
「維持費は?」
ジミーが顔をしかめた。
「地獄」
即答だった。
「雨季で補修」
「湿気で腐食」
「橋脚補強」
「土砂崩れ」
「魔物被害」
「全部来る」
セレスは黙って聞いている。
逃げない。
それが彼女だった。
ジミーは続ける。
「あと致命的なのが」
「人材」
会議室の空気が変わる。
「今の循環国家は」
「教師不足」
「技術者不足」
「工業人材不足」
「鍛冶師不足」
「全部不足」
「そこへ鉄道保守部隊なんか作ったら国家回らねぇ」
ミレナが眉を寄せる。
「……確かに」
「今でも学校足りないもんね」
「そういうこと」
ジミーは頷く。
「夢は分かる」
「でも国家は夢だけじゃ回らねぇ」
そして。
ピーターが静かに立ち上がる。
彼も資料を持っていた。
「現場調査です」
地図が広がる。
赤印。
青印。
無数。
「降雨量」
「洪水頻度」
「地盤強度」
「湿度」
「地滑り」
「魔物移動」
「全部調べました」
セレスが目を細める。
ピーターは続けた。
「まず」
「この世界は雨が多い」
「特に南部」
「軌道基盤が崩れます」
地図を指差す。
「ここは湿地」
「ここは洪水地帯」
「ここは地盤沈下」
「ここは冬季凍結」
「ここは魔物移動帯」
マイクが呟く。
「問題しかねぇな……」
「はい」
ピーターは正直に言った。
「だから保守が必要です」
「しかも教育済みの」
そこだった。
問題の本質。
循環国家最大の資源。
教育人材。
それを大量保守へ投入する。
ピーターは静かに言う。
「現段階では費用対効果が悪い」
「国家成長速度を落とします」
静寂。
誰も反論しない。
エバがぽつりと言う。
「……つまり」
「今やると、未来のために現在を壊す?」
「そうです」
ピーターは頷いた。
「学校増設が止まる」
「教師育成が止まる」
「工業教育が止まる」
「治療院も遅れる」
「農地開発も鈍る」
「結果として国家成長が止まる可能性があります」
ミレナが地図を見る。
赤線。
夢。
未来。
そして現実。
「……なるほど」
「だからグロマールは黙ってたんだ」
全員の視線が中央へ向く。
グロマールは静かに口を開いた。
「構想自体は正しい」
セレスが息を止める。
否定ではなかった。
「人と物を止めない」
「それは循環国家の本質だ」
「だから固定軌道輸送はいずれ必要になる」
セレスの瞳が揺れる。
夢を笑われなかった。
その意味は大きい。
グロマールは続ける。
「だが」
「国家は段階を飛ばせない」
静かな声。
重い現実。
「鉄が足りない」
「工業力が足りない」
「保守人材が足りない」
「教育が足りない」
「全部積み上げだ」
マイクが頷く。
「そりゃそうだ」
「いきなり鉄道は無理だ」
ミレナもため息を吐いた。
「小娘の思いつきで国家規模工業は動かないってことね」
セレスがじろりと睨む。
だが否定はしなかった。
エバが苦笑する。
「でもセレスらしい」
「未来を見てる」
その言葉に。
少しだけ空気が和らいだ。
そして。
グロマールが地図の別部分を指した。
太い街道。
橋。
補給都市。
「優先順位を変える」
全員が集中する。
「第一段階」
「大型ゴーレム専用道路網」
ジミーが即座に反応した。
「それなら回る」
「利益も出る」
グロマールは続ける。
「排水構造強化」
「橋梁大型化」
「舗装規格統一」
「補給拠点整備」
「通信塔増設」
「まずはこれだ」
ピーターも頷く。
「土木教育にも繋がります」
「建築」
「測量」
「工業」
「全部育つ」
エバが資料を見る。
「……こっちなら現実的」
「しかも地方も助かる」
ミネルバも微笑んだ。
「孤児院にも物資が届く」
「冬でも」
グロマールは最後に言った。
「固定軌道輸送は」
「国家が成熟してからだ」
「十年」
「二十年」
「あるいはもっと先」
セレスは静かに地図を見る。
赤い線。
夢。
未来。
否定されなかった。
ただ。
順番を教えられただけ。
だから彼女は小さく笑った。
「……了解」
「じゃあ今は」
「道路から始める」
グロマールが頷く。
「そうだ」
「人と物を止めない」
「まずは現実の上で成立させる」
雨音が続く。
外では大型輸送ゴーレムが、
濡れた街道を静かに進んでいた。
まだ鉄道はない。
だが。
循環は止まらない。




