187話:止まる兵站
包囲網。
それは、本来。
圧倒的国力を持つ側が行うものだった。
食料。
物流。
兵力。
情報。
その全てを維持しながら、相手を干上がらせる。
長期戦。
国家総力戦。
だからこそ。
“国家能力”が必要になる。
そして今。
それを仕掛けた旧国家群の方が、先に崩れ始めていた。
南部街道。
ガルディア王国第三補給路。
昼。
荷馬車の列が止まっていた。
原因は単純。
食料不足。
「まだ来ねぇのか!」
兵士が怒鳴る。
補給官が青ざめた顔で答えた。
「前線優先で……こちらは後回しだ」
「ふざけるな!」
「三日前から乾パンしかねぇぞ!」
怒号。
空気が荒れる。
馬も痩せていた。
本来なら。
補給路には常に物資が流れる。
食料。
水。
医薬。
武器。
交換用車輪。
魔石。
しかし今。
全部足りない。
理由は単純だった。
物流速度差。
循環国家は。
既に魔導物流を実用化していた。
魔力循環訓練を受けた輸送隊。
風魔法による移動補助。
土魔法による道路整備。
氷魔法による食料保存。
さらに。
街道情報が魔導通信で即時共有される。
つまり。
「止まらない」。
一方。
旧国家群は違った。
補給は紙。
連絡は伝令。
道路は劣悪。
雨が降れば止まる。
橋が壊れれば終わる。
馬が死ねば遅れる。
しかも。
人材不足。
読み書きできる補給官が少ない。
在庫管理が雑。
横流しも多い。
さらに。
地方貴族が補給物資を止め始めていた。
理由は簡単。
「自分達が先に飢えるから」。
国家より領地。
中央より家。
旧世界は、そうやって成立していた。
だから崩れる時も早い。
前線野営地。
兵士達が鍋を囲んでいた。
だが。
中身は薄い粥だった。
肉がない。
野菜もない。
栄養不足。
病が増える。
「……本当に包囲できてんのか?」
若い兵が呟く。
誰も答えない。
答えられない。
なぜなら。
向こうは普通に回っているからだ。
循環国家側前線。
そこでは別世界が広がっていた。
荷車が止まらない。
風属性補助。
土属性舗装。
氷保存庫。
魔導通信。
さらに。
治癒師が巡回する。
負傷兵が即座に処置される。
感染症が広がらない。
食料配給も計算済み。
子供達まで補助作業を理解していた。
なぜなら。
教育されているから。
「……異常だ」
ガルディア補給官が呟く。
実際に見た。
循環国家の補給基地を。
整列された物資。
識字可能な作業員。
計算できる農民。
魔力循環を理解する輸送兵。
そして。
誰も怒鳴っていなかった。
命令だけで動いていない。
理解して動いている。
それが一番恐ろしかった。
「補給は?」
「間に合ってません!」
「北側街道が渋滞!」
「西部農園領が徴発拒否!」
「馬が足りません!」
「車輪交換も不足!」
「治癒師が前線に届いてません!」
報告が飛ぶ。
軍務卿が頭を押さえた。
もう隠せない。
包囲する側の方が疲弊していた。
理由は単純。
循環国家は、
「国家全体で物流を支えている」。
旧国家群は、
「一部の有能と搾取」で回している。
だから限界が来る。
前線。
夜。
雨。
兵士達が咳をしていた。
湿った毛布。
汚れた水。
不足する薪。
病が広がる。
治癒師も足りない。
なぜなら。
教育されていないから。
大量育成できない。
一人前になるまで長い。
だから数が増えない。
一方。
循環国家。
ピーターが前線治療所を巡回していた。
元泣き虫少年。
今では教師であり、治癒師。
周囲には弟子達がいる。
十代。
元孤児。
元奴隷。
難民。
亜人。
だが全員。
治療ができる。
「熱は?」
「下がりました!」
「次の患者運びます!」
「浄化終わりました!」
流れるように動く。
ピーターは静かに頷いた。
「無理するな」
「交代しながら回して」
「倒れたら意味がない」
誰も怒鳴らない。
理解しているから。
教育とは。
命令を減らす。
それが循環国家だった。
ガルディア王国。
王都。
軍務会議。
空気は最悪だった。
「兵站維持不能です」
「南部街道機能低下」
「地方反発増加」
「徴発拒否発生」
「食料価格高騰」
「都市暴動予兆」
報告が続く。
王が顔を覆った。
「……なぜだ」
誰も笑わない。
宰相バルディスが静かに言った。
「国家能力の差です」
沈黙。
彼は続ける。
「循環国家は、教育で人材を増やした」
「我々は、人材を消耗品として扱った」
「その差です」
軍務卿が歯を食いしばる。
「兵数はこちらが上だぞ!」
「維持できません」
即答だった。
「兵とは数ではない」
「食わせる者」
「運ぶ者」
「治す者」
「記録する者」
「管理する者」
「それら全てで軍です」
「今まで我々は、それを軽視してきた」
静かだった。
だが。
誰も否定できない。
地方では既に崩壊が始まっている。
若者流出。
農民不足。
物流停止。
職人不足。
税収低下。
そして。
前線維持不能。
国家が。
回らない。
それは軍敗北より恐ろしい。
王都外周。
商人達が列を作っていた。
「通行税が増えすぎだ!」
「利益が出ねぇ!」
「もう循環国家へ行く!」
「向こうの方が安全だ!」
兵士が押さえ込む。
だが止まらない。
理由は簡単。
人は。
より生きられる場所へ行く。
それだけ。
夜。
循環国家。
巨大な物流拠点。
ジミーが帳簿を見ていた。
元々は要領のいい少年。
今は物流責任者。
彼は地図を見る。
「……向こう、完全に詰まったな」
隣のセレスが頷く。
「街道が死んでる」
「情報共有速度が遅い」
「判断も遅い」
「補給優先順位も崩壊してる」
セレスは静かに地図を閉じた。
「国家が古い」
それだけだった。
誰も嘲笑しない。
もう。
勝負が終わっているから。
遠く。
旧国家軍野営地。
兵士達が眠れずにいた。
腹が減る。
病が広がる。
情報も来ない。
命令だけが増える。
そして。
誰も未来を信じていない。
それが一番危険だった。
循環国家では。
子供達が明日の授業を話している。
新しい農法。
新しい魔法。
新しい道具。
未来の話をしている。
旧世界は、
今日を延命していた。
循環国家は、
明日を作っていた。
その差が。
もう取り返せなかった。




