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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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185話:旧世界の恐怖

南方最大奴隷国家。


ガルディア王国。


その王都は、かつて“富の都”と呼ばれていた。


巨大な奴隷市場。

鉱山。

綿花農園。

紡織工房。

鉄加工。

港湾物流。


全てが奴隷労働で成立している。


街は豊かだった。


少なくとも、

支配する側だけは。


王城最上階。


重厚な黒檀の扉が閉ざされる。


円卓に座るのは、

この国の支配層。


ガルディア国王。

奴隷管理局長。

南部大農園領主。

鉱山貴族。

軍務卿。

徴税官。

大商会連合。


空気は重い。


誰一人として余裕がない。


机の上には、

大量の報告書が積まれていた。


逃亡奴隷数。


徴兵拒否。


港湾停止。


農園暴動。


物流崩壊。


市場価格暴騰。


そして。


循環国家への人口流出。


王が低い声を出す。


「……南部第三農園地帯」


文官が震えながら答えた。


「収穫率、四割以下……」


「理由は」


「奴隷逃亡です」


別の報告。


「鉱山都市ベルガド」


「作業停止」


「坑夫逃亡多数」


「徴兵拒否拡大」


また別。


「南部繊維都市リマナ」


「紡績工房閉鎖」


「職工暴動」


王の額に青筋が浮かぶ。


「たかが平民だぞ」


誰も答えられない。


今までなら、

鞭で終わった。


処刑で終わった。


見せしめで終わった。


それが終わらない。


止まらない。


何故か。


軍務卿が低く言う。


「……風魔法放送です」


空気が凍る。


あの放送。


循環国家の魔導通信。


各地へ流れ込む声。


教育。

配給。

治療。

学校。

孤児保護。


そして。


“平民でも魔法は使える”


その言葉。


奴隷管理局長が吐き捨てる。


「狂っている」


「平民に魔法を教えるなど」


「国家転覆だ」


農園領主が机を叩いた。


「実際に崩れている!」


「昨日も奴隷が命令を拒否した!」


「何と言ったと思う!?」


領主は怒鳴る。


「“文字を覚えれば契約を読める”だ!」


静寂。


その一言が重かった。


文字。


それだけで、

今まで成立していた支配が崩れる。


徴税官が青い顔で呟く。


「計算を始めています……」


「何?」


「平民共が……税率を……」


「収穫量と納税量を比較し始めています……」


誰も喋らない。


理解してしまったからだ。


今まで知らなかっただけ。


計算できなかっただけ。


読めなかっただけ。


ある商会長が苦々しく言う。


「市場価格もです」


「原価を知られ始めています」


「流通量も」


「輸送費も」


「利益率も」


「もう以前の値段では騙せません」


軍務卿が舌打ちした。


「だから教師を殺している!」


「学校を焼いている!」


「本も処分している!」


だが。


止まらない。


むしろ広がっている。


王が低く問う。


「何故だ」


奴隷管理局長が答える。


「……外を知ったからです」


「何?」


「今まで奴隷共は、他の生き方を知らなかった」


「飢えるのが普通」


「殴られるのが普通」


「病で死ぬのが普通」


「文字が読めないのが普通」


「それしか知らなかった」


「だから従った」


部屋が静まり返る。


局長は続けた。


「しかし今は違います」


「食える国を知った」


「治療される国を知った」


「子供が学ぶ国を知った」


「平民が魔法を学ぶ国を知った」


「……戻れなくなっています」


王が拳を握る。


「たかが教育で国家が崩れるか」


その瞬間。


年老いた大商会長が口を開いた。


「崩れます」


全員がそちらを見る。


商会長は静かだった。


「教育は危険です」


「何故だ」


「比較できるようになるからです」


誰も喋らない。


「今までは」


「昨日より少しマシなら耐えられた」


「隣村より少しマシなら満足した」


「知らないからです」


「ですが今は違う」


「風魔法放送で、毎日“別の世界”が流れてくる」


「食料充足率三百%超」


「無料治療」


「孤児教育」


「魔法教育」


「平民教師」


「元奴隷の治癒師」


「……比較された瞬間、終わりです」


空気が死んだ。


誰も反論できない。


王が低く問う。


「つまり何だ」


商会長は答える。


「希望です」


「……」


「希望を知った人間は、昔の檻に戻れません」


重い沈黙。


そこへ、

扉が開いた。


伝令兵。


顔が真っ青だった。


「ほ、報告!!」


「何だ!」


「南部第五奴隷兵団!」


「集団脱走!」


「理由は!?」


「……子供を学校へ行かせるため、と……」


部屋が凍り付く。


軍務卿が立ち上がる。


「馬鹿な!」


「奴隷兵だぞ!?」


「命令は絶対のはずだ!」


伝令は震えながら続けた。


「抵抗時……兵士達が叫んでいました……」


「何をだ!」


「“俺達の子供は奴隷にしない”と……」


誰も言葉を出せなかった。


王がゆっくり座り直す。


その顔には、

初めて疲労が浮かんでいた。


「……教育」


誰も返事しない。


王は窓の外を見る。


巨大な王都。


豪華な街。


だが。


遠くのスラムでは、

もう火が消え始めている。


人がいない。


逃げている。


南へ。


循環国家へ。


「グロマール……」


王はその名を初めて口にした。


英雄としてではない。


侵略者としてでもない。


もっと厄介な存在として。


「何故、戦わずに崩せる……」


答える者はいない。


だが。


全員わかっていた。


軍が強いからではない。


魔法が強いからでもない。


教育。


それが原因だ。


平民が考える。


奴隷が比較する。


子供が学ぶ。


それだけで、

旧世界は崩壊を始めていた。


そして支配者達は、

まだ理解できていない。


グロマールが作っているのは、

国家ではない。


“人が自分で動く環境”だということを。







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