表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/322

18話:干からびた畑

朝の風は冷たかった。


リードル村の外れ。


かつて畑だった場所に、乾いた土が広がっている。


ひび割れ。


痩せた地面。


草すらまともに生えない。


数年前までは違った。


少なくとも、最低限の作物は育っていた。


しかし干ばつ。


重税。


人手不足。


連続した飢饉。


土地は疲弊し、村人も疲弊した。


畑は“死にかけていた”。


ミレナは腕を組みながら、その土地を見ていた。


「ここはもう駄目よ」


諦めではない。


現実だった。


村長の娘として、何度も挑戦してきた。


水を運んだ。


土を耕した。


種を変えた。


それでも育たなかった。


グロマールは黙って土へ触れる。


乾いている。


浅い。


魔力が流れていない。


彼は目を閉じた。


鑑定。


土壌状態。


水分残留。


栄養。


腐植。


地下水脈。


全部が頭へ流れ込む。


周囲の村人たちは静かに見ていた。


マイクが不安そうに聞く。


「どうなんだよ」


グロマールは立ち上がる。


「死んではいない」


ミレナが眉を動かした。


「……本気で言ってるの?」


「土は循環だ」


グロマールは乾いた地面を見た。


「循環が止まれば死ぬ。戻せば蘇る」


セレスが少し笑う。


「また始まったわね」


グロマールは構わず続けた。


「水だけでは駄目だ。土壌そのものを変える」


エバが興味深そうに目を細める。


「できるの?」


「できる」


短い。


迷いがない。


それだけで周囲が静かになる。


グロマールは村人たちを見る。


「まず、灰を集めろ」


「灰?」


ピーターが首を傾げる。


「火を使った後の残りだ」


「そんなので変わるのか?」


マイクが言う。


「変わる」


グロマールは地面へ触れる。


土属性魔法。


乾いた土がゆっくり動く。


表面が割れ、硬化した層が崩れていく。


村人たちが息を飲む。


土が“耕されている”。


鍬も無しに。


力任せでもない。


まるで土そのものが呼吸を始めるようだった。


ミネルバが小さく呟く。


「生きてるみたい……」


グロマールは止まらない。


地下へ魔力を流す。


浅い水脈。


残り僅かな湿気。


それを引き上げる。


水属性魔法。


乾いた地面へ細い水流が走る。


じわり。


じわりと土が湿る。


村人たちの表情が変わった。


ミレナは無言だった。


信じられない。


何度も諦めた土地だった。


それが今、少しだけ変わっている。


セレスが隣で小さく笑う。


「顔、すごいわよ」


「……何が」


「驚いてる」


ミレナは黙る。


否定しなかった。


グロマールは作業を続ける。


「マイク」


「おう!」


「森の落ち葉を集めろ」


「落ち葉?」


「腐らせる」


マイクは意味が分からない顔をする。


「腐らせてどうすんだ」


「土に戻す」


エバが目を見開く。


理解した。


「循環……」


グロマールは頷いた。


「畑は食うだけでは死ぬ」


村人たちは静かに聞いていた。


「奪うだけなら土地は終わる。返さなければならない」


セレスはその言葉を覚えておこうと思った。


この男は、いつも同じことを言う。


循環。


奪うだけでは駄目。


回さなければ終わる。


水も。


魔力も。


人も。


全部。


ピーターが恐る恐る聞く。


「ぼ、僕もやっていい?」


「やれ」


グロマールは即答した。


ピーターは少し嬉しそうに頷く。


彼は最近、変わり始めていた。


まだ弱い。


まだ失敗する。


でも前より逃げなくなった。


ミネルバが優しく言う。


「一緒にやろう」


「う、うん!」


二人は灰を運び始める。


エバは既に計算していた。


「落ち葉、灰、水分……肥料を作るのね」


「理解が早いな」


「食料管理してるから」


エバは少し得意げだった。


彼女は賢い。


計算高い。


損得で動く。


でも最近少しだけ変わっていた。


この村では、“賢さ”が誰かを食い潰すためじゃなく、支える方向へ使われ始めている。


それがグロマールの作った空気だった。


マイクが大量の落ち葉を運んでくる。


「これでいいか!」


「混ぜろ」


「おう!」


土属性魔法。


水属性魔法。


風属性魔法。


村人たちが少しずつ使い始める。


未熟。


不安定。


それでも確実に動いていた。


以前の村では考えられなかった。


人が学んでいる。


人が試している。


人が前へ進んでいる。


それを見ながら、ミレナは静かに立っていた。


グロマールが近くへ来る。


「どうした」


「……別に」


ミレナは視線を逸らす。


だが離れない。


グロマールの隣にいる。


それがもう自然だった。


セレスは少し離れた場所から、その様子を見ている。


面白いくらい分かりやすい。


ミレナは完全に距離感がおかしい。


本人だけ無自覚。


セレスは笑いを堪えた。


エバが隣へ来る。


「また近い」


「でしょう?」


「本人分かってない」


「重症ね」


二人は小さく笑う。


その時だった。


マイクの叫び声。


「おい! 湿ってきたぞ!」


村人たちが一斉に見る。


乾いていた地面。


そこへ小さな水分が残っている。


土が変わっていた。


完全ではない。


まだ始まりだ。


それでも。


確かに“死んだ畑”ではなくなっている。


ピーターが目を輝かせる。


「すごい……」


グロマールは静かに言った。


「土は裏切らない」


村人たちが聞く。


「手をかければ返す」


その言葉には重みがあった。


この男は、多分ずっとそうやって生きてきた。


人も。


土地も。


環境も。


全部。


壊れる理由を知っている。


だから戻し方も知っている。


ミネルバがそっと土へ触れる。


少し湿った地面。


彼女は微笑んだ。


「暖かい」


以前の村には無かった感覚だった。


未来。


希望。


そういうものが、少しだけ形になり始めている。


ミレナはグロマールを見る。


横顔。


相変わらず感情が薄い。


静か。


合理的。


無駄がない。


それなのに。


なぜか、この人の近くにいると安心する。


その理由を、まだ言葉にはできない。


だからミレナは黙ったまま、隣へ立ち続ける。


セレスはそれを見て、小さく呟いた。


「ほんと、不器用」


風が吹く。


乾いていた畑の上を。


だがもう、その風は絶望の匂いではなかった。


土が変わり始めている。


人が変わり始めている。


循環は、もう始まっていた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ