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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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17話:言葉にできない

朝だった。


リードル村に、柔らかな光が差し込んでいる。


以前の朝は重かった。


空腹。


咳。


疲労。


目覚めた瞬間に始まる労働。


人々は生きるためだけに動いていた。


しかし今は違う。


井戸には澄んだ水がある。


倉庫には食料がある。


子供たちは少しだけ笑うようになった。


人の声が増えた。


それは小さな変化だった。


けれど確かに、“村”になり始めていた。


広場ではマイクが朝から騒いでいた。


「おいピーター! また転んだのか!」


「ち、違うよ! これは訓練!」


「地面に顔面から突っ込む訓練か!」


周囲で笑いが起きる。


ピーターは顔を真っ赤にしながら立ち上がった。


魔力循環訓練。


最近の村では、それが日常になり始めていた。


少しずつ。


本当に少しずつ。


人々は魔力を扱えるようになっている。


グロマールは広場の端で、その様子を見ていた。


相変わらず静かだった。


必要以上に喋らない。


褒めすぎない。


怒鳴らない。


だが確実に見ている。


誰が無理をしているか。


誰が伸びるか。


誰が限界か。


全部。


セレスは、その視線を知っていた。


だから分かる。


グロマールは“管理”していない。


“循環”させている。


人を、自分で立てる方向へ動かしている。


そこが他の支配者と違う。


セレスは静かに笑った。


その時だった。


広場の反対側。


ミレナが歩いてくる。


いつもの朝。


いつもの服。


いつもの顔。


……のはずだった。


セレスは少しだけ目を細める。


ミレナの視線。


歩幅。


立ち位置。


全部が微妙に変わっていた。


本人だけ気づいていない。


ミレナは広場へ来ると、真っ先にグロマールを探した。


探してから、自分で少し固まる。


その後、何事も無かったように歩き出す。


セレスはそれを見て、吹き出しそうになる。


「……分かりやすすぎ」


ミレナが振り返る。


「何が」


「別に」


セレスは笑う。


ミレナは怪訝そうな顔をした。


そのままグロマールの近くへ行く。


自然に。


本当に自然に。


以前なら絶対にしなかった距離感だった。


グロマールは訓練用の水球を浮かせていた。


ピーターへ見せるための魔力操作。


水が空中で滑らかに回転している。


ミレナはその隣へ立つ。


距離が近い。


近いのに本人が無自覚。


セレスは完全に理解した。


「ああ、これ重症ね」


エバが横へ来る。


「何が?」


「ミレナ」


エバは少し観察する。


数秒後、納得したように頷いた。


「なるほど」


「でしょ?」


エバは少し笑う。


「本人だけ分かってないタイプ」


「しかもかなり深い」


セレスは肩をすくめた。


「言葉にできてない」


それがミレナだった。


好き。


安心。


信頼。


頼りたい。


隣にいたい。


でも全部整理できない。


だから本人の中では、“ただ気になるだけ”になっている。


セレスはその不器用さを知っていた。


昔からそうだ。


ミレナは強い。


強くあろうとする。


だから弱さを認めるのが下手だった。


今も同じ。


グロマールの隣へ自然に行く。


視線を探す。


声を探す。


安心を求める。


それなのに、絶対に認めない。


セレスは小さく笑った。


「可愛いじゃない」


エバが少し驚く。


「珍しい」


「何が?」


「セレスがそんな顔するの」


セレスは一瞬だけ黙る。


そして静かに答えた。


「……あの子、ずっと無理してたから」


それは本音だった。


村を守ろうとしていた。


父を支えようとしていた。


自分が立たなければいけないと思っていた。


泣く余裕もなかった。


弱音を吐く場所もなかった。


だから今。


誰かの隣で少しだけ肩を抜ける。


それがセレスには嬉しかった。


その時。


広場でマイクが叫ぶ。


「おおっ! 出た!」


小さな火。


ピーターの掌に、弱々しい火属性魔法が生まれていた。


本人が一番驚いている。


「え……あ……」


グロマールが短く言う。


「循環を止めるな」


「は、はい!」


ピーターが集中する。


火が少し安定する。


周囲から歓声が上がった。


マイクが頭を掴む。


「すげぇじゃねぇか!」


ピーターは泣きそうな顔だった。


「で、でも小さい……」


「最初はそんなもんだ」


グロマールが言う。


「重要なのは出したことだ」


ピーターは固まる。


その言葉が嬉しかった。


認めてもらえた。


それだけで、胸が熱くなる。


ミレナはその様子を見ていた。


そして少し笑う。


優しい顔だった。


セレスは気づく。


最近のミレナは、よく笑う。


前より柔らかい。


前より安心している。


原因は分かっていた。


グロマールだ。


本人だけが認めていない。


ミレナはそのままグロマールを見る。


ほんの少し。


視線が柔らかい。


それを見たセレスは、もう確信した。


「完全に落ちてる」


エバが吹き出す。


「言い方」


「事実」


ミレナは何も知らない。


今も普通の顔をしている。


だが身体は正直だった。


立ち位置。


視線。


空気。


全部がグロマールを基準に動いている。


セレスは面白そうに笑う。


「これ、本人いつ気づくのかしら」


エバは少し考える。


「かなり遅そう」


「同感」


二人は笑った。


広場では火が揺れている。


ピーターが必死に維持している火。


小さい。


不安定。


それでも確かに存在していた。


環境が人を育てる。


それは魔法だけじゃない。


感情も同じだった。


安心できる場所。


頼れる人。


見守られる空気。


それが少しずつ、人を変えていく。


ミレナはまだ気づいていない。


自分が変わっていることを。


誰かの隣が、こんなにも自然になっていることを。


言葉にはできない。


整理もできない。


けれど。


確実に。


その距離は縮まっていた。







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