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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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19話:水路建設

朝靄が、畑の上を静かに流れていた。


まだ完成していない耕作地。


掘り返された土。


積み上げられた石。


乾ききった土地は、以前より確かに柔らかくなっている。


だが、それだけでは足りない。


水。


安定した水源。


それが無ければ、農業革命など夢物語だった。


グロマールは丘の上から村全体を見下ろしていた。


視線は川へ向いている。


村から少し離れた位置を流れる、小さな水流。


以前なら、誰も利用できなかった。


理由は単純。


遠い。


重労働。


技術不足。


そして人手不足。


余裕が無かった。


生きるだけで限界だった。


ミレナが隣へ来る。


もうそれが自然になっていた。


以前なら距離を取っていた。


今は違う。


本人は気づいていない。


ただ、気づけば近くにいる。


セレスは後ろから見て、小さく笑った。


「また近い」


ミレナが睨む。


「うるさい」


「否定しないのね」


「……関係ない」


セレスは笑う。


完全に面白がっていた。


グロマールは会話に割り込まない。


視線は川のまま。


そして静かに言った。


「水路を作る」


周囲が止まる。


マイクが真っ先に反応した。


「水路?」


「川を引く」


ジミーが眉をひそめた。


「そんな大工事、村だけでできるのか?」


「できる」


即答。


迷いがない。


グロマールは地面へ線を描いた。


「高低差は足りている。流れる」


エバが地図を覗き込む。


理解が早い。


「……なるほど。自然落下」


「そうだ」


グロマールは土を指差した。


「土属性魔法を使う」


村人たちがざわつく。


まだ彼らの魔法は未熟だ。


小さな火。


少量の水。


簡単な土壁。


その程度。


だがグロマールは否定しない。


「十分だ」


ピーターが不安そうに聞く。


「ぼ、僕たちでも……?」


「一人では無理だ」


グロマールは村全体を見た。


「全員ならできる」


その言葉は重かった。


以前の村には無かった考え方。


強い誰かが救うのではない。


全員で回す。


全員で作る。


循環。


それがこの村の形になり始めていた。


マイクが拳を鳴らす。


「面白ぇ!」


セレスが肩をすくめる。


「単純」


「難しいこと分かんねぇからな!」


「知ってる」


笑いが起きた。


以前なら無かった空気だった。


グロマールは指示を始める。


「マイク。掘削班をまとめろ」


「おう!」


「ジミー。道具と食料管理」


「任せろ」


「エバ。作業配分」


「了解」


「ピーター、ミネルバ。負傷者対応」


二人が頷く。


村人たちが動き始める。


誰かが指示される前に動く。


少しずつ。


本当に少しずつ。


“村”になっている。


工事はすぐ始まった。


土属性魔法。


鍬。


スコップ。


人力。


全部を使う。


マイクが叫ぶ。


「もっと深く掘れ!」


若者たちが泥だらけになりながら土を運ぶ。


ピーターも必死だった。


身体強化。


筋肉強化。


まだ未熟。


でも以前の彼とは違う。


逃げない。


転びながらも立ち上がる。


ミネルバが水を配る。


「無理しすぎないで」


優しい声。


だが芯がある。


疲れている人を見逃さない。


以前より遥かに頼もしくなっていた。


グロマールは工事全体を見ている。


土の流れ。


水圧。


崩落の危険。


全部。


鑑定で把握していた。


セレスが近づく。


「本当にできるの?」


「できる」


「相変わらず即答」


グロマールは静かだった。


「環境は人を変える」


セレスは少し目を細める。


「……だから作るのね」


「そうだ」


干からびた畑。


貧困。


飢え。


それは人を壊す。


逆に。


水。


食料。


教育。


安全。


それは人を育てる。


グロマールは最初からそこを見ていた。


力だけではない。


仕組み。


循環。


それを作っている。


セレスは小さく笑った。


「やっぱり変な人」


昼になる頃。


工事はかなり進んでいた。


汗。


泥。


疲労。


それでも誰も止まらない。


理由は単純だった。


未来が見えている。


以前は違った。


働いても無駄だった。


税で奪われる。


干ばつで終わる。


盗賊に壊される。


努力が積み上がらなかった。


今は違う。


積み上がる。


変わる。


進む。


それを全員が感じ始めていた。


ミレナは土を運んでいた。


村長の娘。


以前なら止められていた。


でも今は誰も止めない。


ミレナ自身が働くからだ。


その時。


足が滑る。


崩れた土。


身体が傾く。


落ちる。


その瞬間。


腕を掴まれた。


グロマールだった。


ミレナの身体が止まる。


近い。


距離が近すぎる。


ミレナが固まる。


グロマールは普通に言った。


「気をつけろ」


それだけ。


だがミレナの心臓はうるさかった。


セレスが後ろで吹き出しそうになっている。


エバが呟く。


「分かりやすい」


ミレナは慌てて離れる。


「……だ、大丈夫だから」


「そうか」


グロマールは深追いしない。


それが逆に駄目だった。


ミレナは顔を逸らしたまま作業へ戻る。


耳が赤い。


セレスは笑いを堪えている。


「可愛い」


「うるさい!」


周囲の村人たちは工事に夢中で気づいていない。


セレスとエバだけが完全に理解していた。


これはもう時間の問題だと。


夕方。


最後の接続作業。


川と水路が繋がる。


グロマールが静かに言った。


「離れろ」


村人たちが下がる。


土属性魔法。


水属性魔法。


魔力が流れる。


川の水が動いた。


ゆっくり。


細く。


しかし確実に。


水路へ流れ込む。


村人たちが息を飲む。


水が進む。


乾いた土地を通る。


畑へ向かう。


そして。


干からびていた畑へ、水が届いた。


静寂。


次の瞬間。


歓声が爆発した。


「流れた!」


「水だ!」


「本当に!」


子供たちが走る。


マイクが大笑いする。


ジミーが信じられない顔をしていた。


ミネルバは泣いていた。


ピーターも涙ぐんでいる。


ミレナは、水の流れる畑を見つめていた。


長年の絶望。


諦め。


全部が少し崩れる。


水が流れている。


未来が流れている。


彼女は静かに呟いた。


「……本当に変わるんだ」


グロマールは隣に立っている。


何も誇らない。


何も言わない。


ただ結果だけを作る。


ミレナはその横顔を見る。


そして気づく。


最近、自分はずっとこの人を見ている。


理由はまだ分からない。


言葉にもできない。


でも。


この人の隣にいると、不思議と安心する。


セレスが後ろから小さく笑った。


「完全に手遅れね」


夕陽が、水路を照らしていた。


流れ始めた水は止まらない。


それはまるで、この村そのものだった。


循環は、さらに大きくなり始めていた。







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