176話:圧倒
南方戦線。
乾いた大地を埋め尽くすように、旧国家軍が並んでいた。
槍。
剣。
粗末な革鎧。
錆びた鉄。
兵数だけなら多い。
二万を超える。
対する循環国家側。
国境防衛軍。
帝国再編軍。
総数八千。
数字だけ見れば劣勢。
だが。
空気が違った。
旧国家軍は騒がしい。
怒号。
罵声。
怯え。
混乱。
命令伝達すらまともに届いていない。
一方。
循環国家軍は静かだった。
誰も叫ばない。
無駄に動かない。
隊列。
間隔。
視線。
呼吸。
全部が揃っている。
教育。
連携。
訓練。
その差だった。
南方奴隷国家連合・中央軍本陣。
老将ギュスタフが双眼鏡を下ろす。
眉をひそめた。
「……妙だな」
隣の将官が言う。
「何がです?」
「静かすぎる」
老将は戦場を知っていた。
人間は恐怖すると騒ぐ。
兵は怒鳴る。
将は見栄を張る。
だが。
向こうは違う。
静かだった。
静かに整っている。
それが不気味だった。
「本当に同じ人間か?」
老将は小さく呟いた。
その頃。
循環国家軍本陣。
マイクが腕を組んでいた。
隣にはセレス。
後方には通信班。
風属性魔法陣が浮かんでいる。
声が届く。
数十キロ先まで。
索敵情報。
部隊位置。
避難民状況。
全部が共有される。
セレスが地図を見る。
「第三避難路、民間人移動完了」
通信班。
「東側部隊配置完了」
治癒班。
「後方医療陣地準備終了」
物流班。
「補給馬車第二陣到着」
マイクが鼻を鳴らす。
「早ぇな」
セレスが肩を竦めた。
「教育したから」
それだけだった。
特別な奇跡ではない。
才能でもない。
環境。
教育。
共有。
積み重ね。
それだけで世界は変わる。
マイクは前を見る。
旧国家軍。
多い。
だが。
怖くなかった。
昔のマイクなら怯えていた。
数に。
怒号に。
威圧に。
だが今は違う。
知っている。
“整った集団”は強い。
逆に。
数だけの集団は脆い。
グロマールが教えた。
戦争とは感情ではない。
構造だ。
そこへ。
ピーターがやって来る。
白衣姿。
治癒師部隊総責任者。
「マイクさん」
「負傷者受け入れ準備できました」
マイクが笑う。
「おう」
ピーターは昔と違った。
泣き虫だった少年は。
今や数千人の命を預かる指揮官。
背筋が伸びている。
目が強い。
それでも優しい。
後方では治癒師たちが動いていた。
水属性。
光属性。
浄化。
癒。
衛生管理。
感染防止。
飲み水精製。
全部教育済み。
だから軍が病まない。
飢えない。
崩れない。
それは旧国家軍には存在しない概念だった。
旧国家軍前線。
兵士たちは困惑していた。
「……なんで動かねぇんだ?」
「なんで静かなんだ?」
「怖くねぇのか……?」
循環国家軍は整然と待機している。
焦りがない。
怒鳴り声がない。
それだけで恐怖になる。
将官が怒鳴る。
「突撃準備!」
兵たちが慌てて動く。
隊列が乱れる。
誰かが転ぶ。
押される。
怒鳴られる。
既に崩れている。
老将ギュスタフは顔をしかめた。
分かっていた。
この時点で負けている。
だが止められない。
後ろには王族。
貴族。
奴隷商。
全員がいる。
この戦争は。
“恐怖を維持するため”の戦争だった。
負ければ終わる。
だから突撃するしかない。
ギュスタフが剣を抜く。
「進め!」
旧国家軍が動いた。
地面が揺れる。
数だけなら圧倒的。
怒号。
砂煙。
突撃。
その瞬間。
循環国家軍。
風属性通信。
「第一列接近」
「距離三百」
「土壁班準備」
「水属性拘束班待機」
「狙撃班固定」
声が飛ぶ。
全員共有。
全員理解。
誰も混乱しない。
マイクが手を上げた。
「始めるぞ」
次の瞬間。
地面が隆起した。
土属性部隊。
巨大土壁。
旧国家軍前列が激突。
隊列崩壊。
後方が押し込む。
前列転倒。
混乱。
そこへ。
風属性部隊。
風刃。
狙うのは首ではない。
武器。
足元。
視界。
正確だった。
槍が折れる。
砂塵が舞う。
兵が転ぶ。
さらに。
水属性拘束班。
地面から水鎖。
足を絡める。
転倒。
そこへ後続が突っ込む。
旧国家軍が自滅していく。
老将ギュスタフが叫ぶ。
「横展開しろ!」
だが伝令が届かない。
通信がない。
声しかない。
怒号しかない。
戦場音に飲まれる。
その時。
循環国家軍後方。
風属性通信班。
「東側敵部隊展開確認」
セレス。
「第二部隊回して」
即座に動く。
速い。
迷わない。
教育されている。
そこへ。
旧国家軍魔法部隊が前へ出る。
火属性。
火球。
一斉発射。
だが。
循環国家軍前列。
水属性障壁。
蒸気。
視界遮断。
さらに風属性。
蒸気操作。
逆流。
旧国家軍側が視界を失う。
混乱。
咳。
恐怖。
そこへ。
光属性索敵班。
位置共有。
狙撃。
正確。
無駄がない。
マイクは前へ出る。
身体強化。
筋肉強化。
地面が砕ける。
一瞬で敵前列中央へ。
大剣一閃。
地面ごと吹き飛ぶ。
だが殺しすぎない。
道を割る。
突破口を作る。
その瞬間。
後方避難班が民衆を通す。
戦場なのに。
避難路が機能している。
旧国家軍兵士が呆然とする。
理解できない。
なんで戦いながら救助できる。
なんで軍が民を守る。
なんで。
なんで。
その疑問自体が。
既に文明差だった。
ピーターが負傷兵を治療していく。
敵味方関係ない。
奴隷国家兵ですら治す。
若い敵兵が震える。
「なんで……俺を……」
ピーターは静かに答える。
「死ななくていいからです」
兵士は泣いた。
今まで。
そんな言葉を言われたことがなかった。
旧国家軍本陣。
老将ギュスタフが崩れた戦場を見る。
絶望していた。
戦術差ではない。
もっと根本。
人材。
教育。
物流。
治療。
通信。
全部負けている。
兵が空腹。
水不足。
恐怖。
命令頼り。
対して向こうは。
自分で考えて動いている。
だから強い。
老将は悟る。
「……戦争の形が違う」
その時。
後方補給部隊が爆発した。
循環国家軍。
風属性索敵。
物流予測。
先読み。
補給線位置を完全把握していた。
ジミーの流通鑑定。
物資流れ。
消費速度。
移動予測。
全部読まれていた。
補給が止まる。
旧国家軍が青ざめる。
循環国家軍では。
既に次の補給が到着していた。
ゴーレム輸送。
整備された街道。
物流革命。
戦場そのものが違う。
マイクが旧国家軍を見渡す。
もう勝負は見えていた。
数だけ。
本当にそれだけだった。
兵士たちは勇敢だった。
弱くない。
だが。
育てられていない。
教えられていない。
だから力を使えない。
この世界の大半と同じ。
才能がないんじゃない。
環境がなかった。
マイクは大剣を構える。
そして理解する。
グロマールが作っていたものを。
これは軍じゃない。
循環だ。
教育。
物流。
治療。
通信。
全部が繋がっている。
だから強い。
だから崩れない。
その瞬間。
旧国家軍前線が完全崩壊した。
逃亡。
投降。
武器放棄。
指揮系統消滅。
戦場に響く。
風属性通信。
「敵軍崩壊確認」
静かな声だった。
循環国家軍には歓声がない。
ただ。
次の行動へ移るだけ。
避難民保護。
負傷者治療。
補給確認。
後処理。
それを見ながら。
老将ギュスタフは空を見上げた。
そして。
震える声で呟く。
「これが……教育か……」




