164話:なぜ助ける
ルードヴェル王国西部。
旧国境砦。
かつて帝国軍と幾度も戦った場所だった。
崩れた石壁。
風化した防壁。
そして今。
そこには戦場ではなく、巨大な輸送拠点が出来上がっていた。
大型輸送ゴーレム群。
数百。
積載物資は膨大。
小麦。
乾燥豆。
保存肉。
薬草。
水精製器。
建築資材。
さらに治療用品。
兵士たちは呆然としていた。
ルードヴェル側兵士。
帝国側兵士。
両方だ。
誰も理解できない。
敵国へ食料を運ぶ。
そんな光景は歴史上存在しなかった。
帝国側若手兵士が呟く。
「……本当に渡すんですか」
隣の兵士も困惑している。
「敵国だぞ」
「昔、親父ここで戦ったって言ってた」
「兄貴も死んでる」
重い空気だった。
憎しみがある。
当然だった。
戦争してきた。
殺し合ってきた。
家族を失った者もいる。
それでも。
輸送は止まらない。
その時。
大型輸送ゴーレムの横で指示を出していたマイクが振り向く。
「止める気か?」
兵士たちが慌てて首を振る。
「い、いや……」
マイクは腕を組んだ。
「俺だって好きで助けてる訳じゃねぇぞ」
「でも食わなきゃ死ぬ」
単純だった。
だから強かった。
若い兵士が言う。
「でも……敵ですよ」
マイクは少し黙る。
それから低く言った。
「飢えた奴は敵じゃなくなる」
兵士たちが黙る。
マイクは遠くを見る。
国境の向こう。
痩せた避難民たち。
子供。
老人。
立っているだけで精一杯の人間。
「あれ放置したらどうなると思う」
「盗賊になる」
「暴発する」
「最後は戦争だ」
「だから食わせる」
現実だった。
綺麗事ではない。
セレスが後ろから歩いて来る。
「あと、食料渡した国は物流依存になる」
兵士たちが振り向く。
セレスは冷静だった。
「水路整備」
「物流共同管理」
「農地改革」
「教育受け入れ」
「全部セット」
「つまり今後は帝国側物流無しじゃ生きられない」
兵士たちが目を見開く。
それは支援。
同時に。
文明圏への組み込みでもあった。
セレスは肩をすくめる。
「優しいだけじゃないのよ」
「グロマールは」
その時。
遠くで歓声が上がる。
避難民の子供たちだった。
食料袋を受け取っている。
小さな少女が泣きながらパンを抱えていた。
兵士たちが黙る。
帝国兵の一人が小さく言う。
「……敵、なんだよな」
誰も答えなかった。
その頃。
輸送本部。
ジミーが帳簿を確認していた。
周囲には大量の物流資料。
輸送量。
消費量。
避難民増加率。
国家別備蓄。
未来予測。
全部繋がっている。
若い物流補佐官が不安そうに言う。
「本当に大丈夫なんですか」
「食料、減りません?」
ジミーは即答した。
「減る」
補佐官が固まる。
ジミーは続ける。
「だから増産する」
「農地増やす」
「水路伸ばす」
「人育てる」
「物流強化する」
「止まらなきゃ問題ない」
その言葉に迷いは無い。
以前のジミーなら。
ここまで考えられなかった。
今は違う。
物流。
農業。
人口。
教育。
全部が繋がって見えている。
それは。
教育された人間の視点だった。
外では大型輸送ゴーレムが動き続けている。
重低音。
大地が震える。
補佐官が呟く。
「昔じゃ考えられませんね」
ジミーは笑った。
「昔は余裕無かったからな」
それが全てだった。
余裕が無い国は。
他人を助けられない。
余裕が無い人間は。
他人を許せない。
だから。
まず豊かにする必要があった。
その頃。
国境向こう側。
ルードヴェル王国兵士たちは、帝国輸送隊を見ていた。
警戒している。
当然だった。
その中の若い兵士が呟く。
「罠じゃないのか……」
隣の老兵が静かに首を振る。
「罠なら食料なんか運ばん」
「兵を送れば済む」
若い兵士は黙る。
その通りだった。
帝国は今。
強い。
食料。
物流。
農業。
飛行部隊。
ゴーレム。
全部が違う。
真正面から戦えば勝てない。
だから余計に理解できない。
何故助ける。
その時。
帝国輸送隊の中央。
グロマールが歩いて来る。
ルードヴェル兵たちが緊張する。
威圧感。
存在感。
空気そのものが変わる。
若い兵士が震えながら聞いた。
「……なぜ助ける」
静寂。
周囲の視線が集まる。
グロマールは国境の向こうを見る。
痩せた民。
崩れた村。
空腹。
病。
かつて帝国にもあった光景。
「壊れるからだ」
短い。
兵士が困惑する。
グロマールは続ける。
「飢えた国は壊れる」
「壊れた国は周囲を巻き込む」
「盗賊」
「流民」
「戦争」
「全部増える」
「だから止める」
現実的だった。
感情論ではない。
若い兵士が言う。
「……それだけですか」
グロマールは少しだけ視線を向けた。
「あと」
「腹が減るのは苦しい」
それだけだった。
だが。
ルードヴェル兵たちは言葉を失った。
難しい理想論じゃない。
単純だった。
空腹は苦しい。
だから食わせる。
その単純さが。
逆に重かった。
その時。
子供の笑い声が響く。
避難民の子供がパンを抱えて笑っていた。
帝国兵。
ルードヴェル兵。
両方が、その光景を見る。
敵国。
味方。
そんな言葉より先に。
人が食べている。
ただそれだけで。
空気が少し変わっていた。
ピーターは遠くからその光景を見ていた。
ミネルバもいる。
ミネルバが小さく言う。
「……変わりますかね」
ピーターは少し考えた。
そして答える。
「すぐには無理だと思う」
「でも」
「食べた事は残る」
静かな声だった。
教育も。
文明も。
まずは生きる事から始まる。
グロマールは輸送隊を見る。
大型輸送ゴーレム。
飛行班。
護衛隊。
物流。
教育。
農業。
全部が繋がっている。
剣ではない。
循環だった。
その循環は今。
敵国の人間の命すら、支え始めていた。




