162話:救援
北方連合。
飢餓は、もう隠せなかった。
街路には座り込む人間が増えている。
市場は空。
食料商人は姿を消した。
残ったのは、痩せた民だけだった。
母親が子供を抱えている。
だが、もう声を掛ける力も無い。
兵士たちも同じだった。
鎧は痩せた身体へぶら下がり、剣を持つ手に力が無い。
空腹は。
人から気力を奪う。
中央会議室。
北方連合の代表たちは沈黙していた。
机の上には報告書。
死亡率増加。
村消滅。
暴動。
略奪。
病。
そして。
食料残量。
残り二十日。
それが現実だった。
老将軍が低く言う。
「……帝国へ頭を下げるしかない」
誰も反論しない。
誇りでは腹は膨れない。
その頃。
帝国。
防壁都市グランゼル。
巨大倉庫群では、大規模輸送準備が始まっていた。
小麦袋。
乾燥豆。
保存肉。
薬草。
水精製器。
毛布。
大量の物資が整然と並んでいる。
ゴーレムたちが高速で運搬を続けていた。
物流管理区域。
ジミーが地図を睨んでいる。
北方連合までの輸送路。
補給地点。
危険区域。
輸送速度。
消費量。
全てが頭の中で組み上がっていた。
セレスが後ろから言う。
「本当にやるの?」
ジミーは頷く。
「ここで助けなきゃ、数十万死ぬ」
「でも無償支援じゃない」
「物流契約」
「教育受け入れ」
「農地共同開発」
「全部繋げる」
セレスが小さく笑う。
「相変わらず現実的」
ジミーは肩をすくめる。
「善意だけで国家は回らない」
その言葉に軽さは無い。
もう彼は。
帝国物流そのものだった。
外では巨大な振動が響く。
大型輸送ゴーレム群。
全高五メートル超。
積載特化型。
数百体。
背中には巨大コンテナ。
食料が積まれている。
避難民たちが呆然と見上げていた。
以前なら考えられない光景。
人が飢えている時に。
食料が“余っている”。
それ自体が奇跡だった。
その時。
空から飛行班が戻って来る。
マイクだった。
飛行魔法はかなり安定している。
後続の若者たちも同じ。
完全に航空輸送部隊化し始めていた。
着地。
今度は綺麗に決まる。
マイクが胸を張った。
「見たか!」
「成功だ!」
民兵たちから歓声が上がる。
セレスが呆れる。
「最近ちょっと調子乗ってるわね」
ジミーは笑った。
「でも、あいつのおかげで現場が暗くならねぇ」
実際そうだった。
空腹。
難民。
病。
重い話ばかり。
だからこそ。
前を向いて騒げる人間は必要だった。
その頃。
治療院。
ピーターは避難民診察を続けていた。
栄養失調。
脱水。
感染症。
疲労。
子供の状態が特に酷い。
ピーターが治癒魔法を流す。
淡い光。
子供の呼吸が少し安定する。
母親が涙を流した。
「ありがとうございます……」
ピーターは首を横に振る。
「まだ大丈夫です」
「食べれば助かります」
その言葉に。
母親は崩れるように泣いた。
食べれば助かる。
その当たり前が。
北方ではもう無かった。
ミネルバが横で毛布を配っている。
彼女は避難民の顔を一人ずつ見ていた。
空気を読む。
感情を察する。
それが出来る。
だから子供が怯えない。
老人も落ち着く。
避難民の女性が小さく呟く。
「……なんで」
「どうして帝国は助けるんですか」
ミネルバは少し考えた。
それから静かに答える。
「昔、私たちも苦しかったからです」
優しい声だった。
綺麗事ではない。
実感だった。
その時。
転移光。
グロマールだった。
周囲の空気が変わる。
避難民たちが息を呑む。
威圧ではない。
安心感だった。
グロマールは周囲を見る。
避難民。
病人。
子供。
一瞬で全体状況を把握する。
「水不足区域は?」
ピーターが即答する。
「東側です」
「井戸が足りません」
グロマールは頷く。
地面へ手を置いた。
土属性魔法。
水属性魔法。
魔力循環。
大地が震える。
ゴゴゴゴゴ……。
避難民たちが目を見開く。
地面が割れ。
巨大水路が形成されていく。
さらに。
大型貯水槽。
石造建築。
給水設備。
数分で完成した。
避難民たちは言葉を失う。
それは魔法だった。
だが。
奇跡ではない。
技術だった。
教育された力だった。
グロマールは静かに言う。
「教育班を追加」
「子供を優先」
「孤児は保護」
「労働可能者は農地開拓へ回す」
即断。
迷いが無い。
避難民の男が震えながら聞く。
「……俺たちを」
「受け入れるんですか」
グロマールは答える。
「働けるならな」
冷たい言葉に見える。
だが。
その場の誰も傷付かなかった。
なぜなら。
“生きる場所を与えられている”
と理解できたからだ。
施しだけではない。
役割を与えられている。
必要とされている。
それは尊厳だった。
その時。
遠くから重低音が響く。
大型輸送ゴーレム群。
到着。
大量の食料。
大量の資材。
大量の薬。
避難民たちが立ち上がる。
痩せた子供が。
初めて目を輝かせた。
その光景を、ピーターは静かに見ていた。
かつて。
助けられた側だった。
弱かった。
泣き虫だった。
何も出来なかった。
だが今は違う。
今度は。
自分たちが救う側だった。
ミネルバが小さく言う。
「……増えましたね」
ピーターが頷く。
避難民。
移民。
子供。
働く人。
学ぶ人。
全部増えた。
グロマールは窓の外を見る。
大型輸送ゴーレム。
灌漑水路。
新農地。
飛行班。
物流。
教育。
全部が繋がっている。
英雄ではない。
循環だった。
人を育て。
食料を作り。
物流で繋ぎ。
教育で広げる。
その循環が。
今。
国境を越え始めていた。




