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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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157話:境界線

境界線ができ始めていた。


剣でもない。


城壁でもない。


ましてや貴族の定めた国境線でもない。


“教育を受けた者たちの世界”と。


“教育を拒み続けた世界”。


その差だった。


朝。


メタルビレッジ。


山岳地帯を切り開いた新農地では、既に大量の人々が働いていた。


土属性持ちが地盤を整える。


水属性持ちが灌漑水路を巡らせる。


風属性持ちが空気を循環させる。


ゴーレムが岩石を運搬。


さらに。


行政スキル持ちが現場全体を管理していた。


以前なら考えられない光景だった。


農民。


兵士。


鍛冶師。


全員が魔法を使っている。


しかも。


複数属性。


複数スキル。


それが当たり前になり始めていた。


「水路第三ライン完成しました!」


「第四農地区画も使用可能です!」


「魔導ポンプ稼働開始!」


現場が異常な速度で回る。


ピーターは高台からその様子を見ていた。


隣には土木教師マリー。


彼女は感嘆したように呟く。


「……本当に変わりましたね」


ピーターは静かに頷いた。


「はい」


「みんな、自分で考えて動いてます」


それが一番大きかった。


命令ではない。


教育。


理解。


経験。


だから人が育つ。


環境が人を変える。


グロマールが最初から言い続けていたことだった。


遠くでは。


新しく到着した移民たちが呆然としていた。


魔導灯。


水路。


畑。


学校。


診療所。


公衆浴場。


さらに。


子供たちが笑っている。


腹を空かせていない。


病人が放置されていない。


それが彼らには衝撃だった。


老人が震える声で言う。


「ここは……本当に同じ帝国なのか……?」


隣の若者も絶句していた。


「俺の故郷じゃ……冬に半分死んだぞ……」


「病で」


「飢えで」


「寒さで」


しかし。


ここでは違う。


治癒師がいる。


食料がある。


教育がある。


そして。


仕事がある。


その時。


近くを子供たちが走り抜けた。


「おーい!」


「今日、魔力循環の授業だぞー!」


「遅れるー!」


移民たちは絶句した。


子供が。


普通に。


魔力循環を学ぶ。


それがどれほど異常か。


この世界の人間ほど理解していた。


以前なら。


魔法は貴族の特権。


才能ある者だけ。


そう思われていた。


しかし。


違った。


“教えていなかっただけ”。


それが証明され始めていた。


昼。


帝都。


一方その頃。


旧貴族街。


そこには別世界が広がっていた。


食料不足。


物流停滞。


市場混乱。


人材流出。


商会崩壊。


以前まで豪華だった街並みは、静かに腐敗していた。


貴族たちは苛立っている。


「なぜだ!」


「なぜ民が戻らん!」


怒鳴る老貴族。


しかし。


使用人はもういない。


料理人も逃げた。


事務官も逃げた。


物流担当も消えた。


つまり。


“実務をやっていた人間”が全員いなくなった。


残ったのは。


命令するだけの人間。


だから回らない。


若い貴族が青ざめる。


「港の荷が来ません……!」


「輸送隊も停止を……」


「兵糧も……」


老貴族が机を叩く。


「脅せ!」


「帝国貴族の権威を見せろ!」


しかし。


誰も動かなかった。


兵士ですら。


命令を嫌がる。


なぜなら。


教育済み都市と戦いたくないから。


勝てない。


しかも。


向こうは民衆に支持されている。


以前のように。


「貴族の命令だから従う」


そんな時代は終わり始めていた。


帝都外縁。


そこには長い列。


移民希望者。


彼らは帝都から出ていく。


メタルビレッジへ。


グランゼルへ。


グロマール領へ。


教育圏へ。


それが今の流れだった。


若い母親が言う。


「子供を学校へ行かせたいんです」


その言葉に。


門番の兵士が沈黙した。


彼にも子供がいる。


理解できた。


なぜ人が流れるのか。


結局。


人は。


“生きられる場所”へ行く。


夕方。


グランゼル。


ミネルバは治療院を回っていた。


以前は病人だらけだった。


今は違う。


衛生環境改善。


食事改善。


治癒魔法普及。


結果。


病気そのものが減った。


子供たちの顔色もいい。


老人たちも長生きし始めている。


ミネルバは小さく笑う。


「……増えましたね」


隣の女性治癒師も頷いた。


「はい」


「赤ちゃんも」


「老人も」


「みんな元気です」


以前なら。


貧困で死んでいた。


病で死んでいた。


しかし今は違う。


“普通に生きられる”。


それがどれほど尊いか。


ミネルバは知っていた。


その時。


通信魔導具が光る。


相手はピーター。


『ミネルバさん』


「はい」


『移民、また増えました』


少し困ったような声。


ミネルバは苦笑する。


「大変ですね」


『はい……』


『でも、みんな真面目なんです』


『学ぼうとしてる』


ミネルバは優しく微笑む。


「ピーター先生がいるからですよ」


『え?』


「安心できるんです」


「きっと」


ピーターは少し黙った。


褒められるのに慣れていない。


その沈黙を聞きながら。


ミネルバは少し笑う。


遠距離通信。


以前なら考えられない。


でも今は。


普通になり始めている。


文明は確実に進んでいた。


夜。


帝都近郊。


ある旧貴族領。


暗い。


寒い。


魔導灯もない。


道も荒れている。


子供たちは痩せていた。


そこへ。


旅人が立ち寄る。


メタルビレッジから来た商人だった。


村人たちは驚愕する。


荷馬車がゴーレムだった。


魔導灯が積まれていた。


さらに。


保存食。


大量の豆。


乾燥芋。


薬草。


全部。


旧貴族領では高級品。


村人が震える。


「どこから来た……?」


商人は答える。


「メタルビレッジだ」


その瞬間。


空気が変わった。


今。


その名は希望になっている。


商人は続ける。


「働く意思があるなら受け入れてくれる」


「教育もある」


「飯もある」


「仕事もある」


沈黙。


そして。


一人の若者が立ち上がった。


「……行きます」


その一言を皮切りに。


次々と声が上がる。


「俺も」


「私も」


「子供を連れていきたい」


文明圏。


旧圏。


その境界線は。


もはや国境ではなかった。


“教育があるか”。


それだけだった。


遠く。


夜空の下。


メタルビレッジの魔導灯が輝いている。


まるで。


闇の時代を押し返す光のように。







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