156話:移民
メタルビレッジ。
かつて“鉄と煤の街”と呼ばれた山岳都市は、今や帝国内で最も異様な変化を遂げていた。
山肌には巨大な段々畑。
夜になれば魔導灯が光る。
水路が山を巡り。
ゴーレムが荷を運ぶ。
さらに。
子供たちが学校へ通っていた。
それは、この世界では異常だった。
教育。
それ自体が、貴族の特権だったからだ。
朝。
都市外縁。
長蛇の列ができていた。
移民希望者。
王国から。
帝国地方都市から。
崩壊した旧貴族領から。
人が押し寄せていた。
老人。
鍛冶師。
農民。
元兵士。
商人。
孤児。
母子。
全員が疲弊している。
それでも。
目だけは死んでいなかった。
「本当に……仕事があるんですか?」
受付の若い女性へ、痩せた男が尋ねる。
女性は頷いた。
「あります」
「教育もあります」
「住居も順番に用意しています」
男が絶句した。
教育。
その言葉に。
後ろの列がざわつく。
「子供も……?」
「はい」
「子供も学校へ通えます」
泣き出す母親がいた。
王国では。
貧民に教育はなかった。
文字も。
計算も。
魔力循環も。
何も教えられない。
だから一生貧民。
一生労働。
一生搾取。
それが普通だった。
しかし。
ここは違う。
受付では、教師たちが忙しく動いていた。
行政スキル。
書類作成。
分類。
人口整理。
配置計画。
全てが異常速度で処理されていく。
土木教師マリーが笑う。
「行政スキル便利すぎません?」
隣の教師も苦笑する。
「報告書が三分の一の時間で終わるんですけど……」
「前まで徹夜だったのに……」
ピーターは少し離れた場所で、その光景を見ていた。
人が増えている。
毎日。
異常な速度で。
それでも崩れない。
教育が回っているから。
役割分担があるから。
人材育成が成立しているから。
グロマールの思想。
“循環”。
それが都市単位で機能し始めていた。
そこへ。
ジミーが通信魔導具越しに話しかける。
『ピーター、そっちまた増えてるか?』
「今日は三千人超えました」
『ははっ……終わってんな旧貴族領』
笑っている。
しかし。
声は冷静だった。
ジミーは既に理解していた。
物流。
教育。
食料。
治安。
全部が繋がっている。
どれか一つ崩れれば国は壊れる。
今、王国旧貴族領で起きているのはそれだった。
物流停止。
食料不足。
高額転売。
兵糧不足。
さらに。
教育格差。
結果。
人材流出。
止まらない。
ジミーが続ける。
『面白いのはさ』
『逃げてくるのが“使える人材”ばっかなんだよ』
ピーターは頷いた。
実際そうだった。
鍛冶師。
職人。
兵士。
事務官。
教師志望。
つまり。
“努力した人間”ほど逃げてくる。
逆に。
既得権にしがみつく連中ほど残る。
環境が人を選び始めていた。
昼。
メタルビレッジ中央広場。
新規移民向け説明会。
壇上にはピーター。
周囲には教師陣。
そして大量の移民。
静まり返る。
ピーターはゆっくり口を開いた。
「この都市では」
「身分より能力を重視します」
ざわめく。
貴族社会ではあり得ない言葉だった。
「教育を受ければ、誰でも技術を得られます」
「農業も」
「鍛冶も」
「魔法も」
「行政も」
「全てです」
移民たちは信じられない顔をしていた。
そんな世界。
存在するはずがない。
しかし。
実際に見えている。
魔導灯。
水路。
ゴーレム。
畑。
学校。
全部。
存在している。
一人の少女が手を挙げた。
「……わたしでも、学べますか?」
痩せた少女だった。
服もボロボロ。
だが。
目は強い。
ピーターは優しく笑った。
「もちろんです」
「この街では、学ぶ意思がある人を拒否しません」
少女は泣き崩れた。
後ろで母親も泣いている。
その様子を見ていたミネルバが、小さく胸を押さえる。
彼女は今、グランゼルで孤児保護を続けていた。
しかし通信網は繋がっている。
メタルビレッジの状況も届いていた。
ミネルバは呟く。
「……増えてる」
「救われる人が」
その隣で。
セレスが静かに笑った。
「ピーター先生、完全に人たらしね」
「え?」
「本人無自覚なのが一番厄介」
ミネルバは少し困った顔で笑った。
否定できない。
ピーターは優しすぎる。
だから人が集まる。
だから都市が変わる。
だから環境が変わる。
夕方。
メタルビレッジ外周。
新たな住宅地建設が始まっていた。
ゴーレムが整地する。
土属性持ちが壁を作る。
水属性持ちが生活水路を引く。
火属性持ちが金属加工。
全員が動いていた。
しかも。
誰も命令されていない。
自分で考えている。
それが一番大きかった。
以前の帝国兵なら。
「命令待ち」だった。
しかし今は違う。
教育を受けた。
考える力を得た。
結果。
自分で動く。
若い兵士が笑いながら言う。
「俺、元々ただの槍兵だったんですよ」
「今、灌漑設計やってるとか意味わかんないっす」
周囲が笑う。
別の男も言った。
「俺なんか元盗賊だぞ」
「今、治安維持隊」
さらに笑いが広がる。
環境が変わると。
人は変わる。
それを全員が実感していた。
夜。
山岳都市を見下ろす高台。
ピーター。
ジミー。
マイク。
三人が通信魔導具で会話していた。
マイクが笑う。
『そっち人増えすぎだろ!』
『もう都市じゃねぇか!』
ジミーが鼻を鳴らす。
『物流屋としては頭痛ぇけどな』
『食料も資材も全部足りねぇ』
ピーターが苦笑した。
「それでも皆働いてくれてます」
『そりゃ働くだろ』
『未来あるからな』
マイクの言葉に。
少しだけ沈黙が落ちる。
未来。
それが今まで無かった。
貧民には。
農民には。
孤児には。
存在しなかった。
しかし。
今はある。
教育。
技術。
仕事。
仲間。
守る場所。
それが人を変えていた。
その時。
索敵持ちの若者が走ってきた。
「ピーター先生!!」
「どうしました?」
「また移民です!」
「今度は王国騎士団崩れが二百人!!」
ジミーが吹き出した。
『ははははっ!!』
『もう終わりだろ王国!!』
ピーターは頭を抱えた。
だが。
少し笑っていた。
人が集まる。
才能が集まる。
教育が回る。
さらに人が育つ。
循環が加速していた。
遠く。
山岳都市の魔導灯が輝く。
その光は。
まるで新しい時代の始まりのようだった。




