152.5話:送り出す者たち
帝都。
グロマール領帝都支部。
かつて小さな商会だった建物は、今や巨大な組織の中枢へ変わっていた。
物流。
通信。
教育。
治療。
行政。
人の流れ。
物資の流れ。
情報の流れ。
その全てが、この建物を経由している。
忙しい。
とにかく忙しい。
だが。
誰も疲弊していなかった。
動いているから。
未来があるから。
帝都支部最上階。
ミネルバは大量の書類を整理していた。
行政。
治療院。
孤児保護。
教師配置。
覚醒者管理。
通信記録。
やることは山ほどある。
それでも彼女は穏やかだった。
窓の外を見る。
帝都。
夜でも明るい。
魔導灯。
整備された道路。
夜警。
治療院。
公衆浴場。
数年前の帝都とは別物だった。
「……変わったなぁ」
ミネルバは小さく呟く。
そこへ。
バタバタと足音。
扉が勢いよく開いた。
「ミネルバ!」
マイクだった。
防衛隊長。
相変わらず声が大きい。
後ろにはジミーもいる。
「お前ノックしろよ……」
「緊急だ!」
「また問題か?」
「違う!」
マイクは笑った。
「ピーターの奴、また無茶してる!」
ミネルバが苦笑する。
「それはいつものことじゃない」
「いや今回はドラゴンだ!」
「……は?」
ジミーが肩をすくめる。
「通信で来た。森の深淵でドラゴン二十五体だと」
数秒。
沈黙。
ミネルバが静かに立ち上がる。
「……また?」
「まただ」
「しかもエンシェントドラゴン入り」
「はぁ……」
ミネルバは額を押さえた。
心配。
呆れ。
誇らしさ。
全部混ざっている。
そこへ。
通信担当教師が飛び込んできた。
「ミネルバ先生!」
「ピーター先生から通信です!」
ミネルバが即座に魔導通信へ向かう。
巨大な通信魔法陣。
映像が浮かぶ。
そこには。
疲れ切ったピーターがいた。
背後には。
ドラゴン。
大量のドラゴン。
教師たちが死んだ目をしている。
ミネルバは数秒固まった。
「……ピーター君」
「はい」
「また無茶したの?」
「しました……」
教師たちが頷く。
全員一致だった。
マイクが爆笑する。
「ははははは!」
「お前またやったのか!」
ピーターが遠い目をした。
「ドラゴン多すぎました……」
ジミーが呆れる。
「いやそこじゃねぇよ」
「なんで生きてんだよ」
ピーターは首を傾げた。
「え?」
完全に感覚が壊れている。
ミネルバが小さく笑った。
「怪我は?」
「ありません」
「生徒たちは?」
「全員無事です」
その言葉で。
ミネルバの表情が柔らかくなる。
「……なら良かった」
そこに映る教師たち。
マリー。
戦闘教師。
索敵教師。
全員疲弊している。
しかし。
目は死んでいない。
むしろ輝いていた。
教育された民が。
ドラゴンを倒した。
それが誇らしかった。
マリーが小さく頭を下げる。
「ミネルバ先生」
「ピーター先生は本当に凄いです」
ミネルバは苦笑した。
「知ってる」
その返答に教師たちが笑う。
ピーターは少し恥ずかしそうだった。
マイクが割り込む。
「ピーター!」
「帰ってきたら飲むぞ!」
「はい……」
「いや絶対寝る顔してるなそれ」
ジミーも笑う。
「まあ働きすぎだな」
「帝国中飛び回ってるし」
ピーターが苦笑する。
「人が足りないんです」
その言葉に。
ミネルバが静かに目を細めた。
だから彼は止まらない。
誰かを助けるために。
教育を広げるために。
環境を変えるために。
そこへ。
通信担当教師が新しい報告を持ってくる。
「報告!」
「帝都周辺農民民兵団、反乱貴族を拘束!」
マイクが笑う。
「お、やったな」
ジミーも頷く。
「完全に流れ変わったな」
教育を受けた民。
知識を持った民。
考える民。
だから煽動されない。
だから支配されない。
だから国家が変わる。
ミネルバは静かに窓の外を見る。
帝都の灯り。
人々の笑顔。
夜でも安全な街。
昔では考えられなかった。
その時。
ピーターが通信越しに言った。
「ミネルバ先生」
「はい?」
「そっちは大丈夫ですか?」
その問いに。
ミネルバは優しく笑う。
「大丈夫」
「みんな頑張ってる」
「マイクも」
「ジミーも」
「私も」
マイクが胸を張る。
「当然だ!」
ジミーは苦笑した。
「俺は働かされてるだけだけどな」
しかし。
その顔は満更でもない。
ピーターは安心したように息を吐く。
「良かった……」
ミネルバはそんな彼を見つめる。
昔。
泣き虫だった少年。
弱かった少年。
それが今。
帝国を支えている。
人を育て。
環境を変え。
国家を変えている。
ミネルバは小さく呟いた。
「……本当に遠くまで行っちゃったね」
しかし。
寂しくはなかった。
彼は変わっていない。
優しいまま。
誰かを助け続けている。
だから。
支えたいと思う。
マリーが通信越しにピーターへタオルを渡していた。
その姿を見て。
ミネルバは少しだけ苦笑した。
胸が痛まないと言えば嘘になる。
それでも。
嫌ではなかった。
ピーターが救った人が増えている証だから。
通信終了直前。
ピーターが言う。
「帝都、お願いします」
ミネルバは頷いた。
「任せて」
「そっちも気をつけて」
通信が切れる。
静寂。
その後。
マイクがニヤニヤしながら言った。
「なあミネルバ」
「顔赤くね?」
「……黙って」
即答だった。
ジミーが吹き出す。
「わかりやすすぎるだろ」
ミネルバは小さく息を吐く。
窓の外。
帝都は明るい。
教育。
覚醒。
循環。
その全てが広がっている。
そして。
その中心にいるのは。
いつも誰かを助けようとする少年だった。




