151話:反乱の芽
山岳都市メタルビレッジの空を、巨大な咆哮が震わせていた。
地鳴り。
空気の圧迫。
竜種特有の威圧感。
それは、並の兵士なら立っていることすら難しいほどの恐怖だった。
森の深淵から現れたのは、アースドラゴン九体。
そして。
その後方。
黒い霧のような魔力を纏った、四体のエンシェントドラゴン。
教師たちの表情が硬くなる。
戦闘教師の一人が、乾いた声を漏らした。
「……冗談でしょう」
別の教師も額に汗を浮かべる。
「ドラゴンだけでも災害級なのに……エンシェントが四体って……」
普通なら。
国家戦争級。
いや。
帝国全軍を動員しても被害は避けられない。
そんな脅威だった。
しかし。
その中心に立つピーターだけは違った。
静かだった。
落ち着いていた。
生徒たちが見ている。
教師たちが見ている。
だからこそ、動揺は見せない。
ピーターは深く息を吐いた。
「みなさん、慌てないでください」
声は穏やかだった。
「いつも通りです」
その言葉だけで、不思議と周囲の呼吸が整っていく。
これが教導スキル。
いや。
それ以上。
ピーター自身が、環境になっていた。
周囲を落ち着かせる存在。
安心を与える存在。
グロマールが始めた循環は、確実に次へ受け継がれていた。
アースドラゴンが咆哮を放つ。
轟音。
同時に突進。
山を削るほどの質量。
その瞬間。
ピーターの姿が消えた。
転移魔法。
次の瞬間には。
アースドラゴンの顔面前。
巨大な黄金色の瞳がピーターを捉える。
普通なら恐怖で身体が止まる距離。
しかしピーターは冷静だった。
右手を前へ。
「ウォーターマスク」
水属性魔法。
大量の水が瞬時に生成される。
それは球体となり、アースドラゴンの顔面を覆った。
ドラゴンが暴れる。
咆哮。
爪。
翼。
大地が割れる。
しかし。
取れない。
水球はぴたりと顔面へ張り付いていた。
ピーターの魔力操作。
魔力循環。
そして魔力吸収。
事実上無限に近い魔力供給。
精密制御。
普通の魔法使いとは次元が違う。
アースドラゴンが苦しみ暴れる。
肺活量。
生命力。
凄まじい。
しかし呼吸はできない。
数分後。
巨体が崩れ落ちた。
轟音。
地面が揺れる。
絶命。
教師たちが息を呑む。
「……窒息死」
「ドラゴンを……」
「水魔法で……?」
しかし戦闘は終わらない。
残り八体。
ピーターは即座に動く。
転移。
転移。
転移。
次々とドラゴンの顔面へ。
ウォーターマスク。
さらに狩り部隊も動いていた。
剣神。
槍神。
拳神。
極神。
全員が身体強化を発動。
身体能力が異常な速度で跳ね上がる。
山肌を蹴る。
空中へ跳ぶ。
ドラゴンへ接近。
「ウォーターマスク!」
「ウォーターマスク!」
「ウォーターマスク!」
次々と巨大水球がドラゴンの顔面を覆う。
教師たちが驚愕する。
「戦闘職が……」
「水魔法を完全制御してる……」
「しかも詠唱なし……!」
これが教育だった。
属性。
職業。
才能。
それらは固定ではない。
環境と教育で、人は変わる。
グロマールが証明した真実。
アースドラゴンたちは暴れ狂った。
尾が森を吹き飛ばす。
岩山が崩壊する。
しかし狩り部隊は止まらない。
数分後。
一体。
また一体。
巨体が崩れ落ちていく。
ついに。
七体が絶命した。
残るは。
アースドラゴン二体。
エンシェントドラゴン四体。
そこで。
空気が変わった。
黒い魔力。
重圧。
エンシェントドラゴンが口を開く。
闇色のブレス。
山そのものを消し飛ばすほどの高密度魔力。
教師たちが叫ぶ。
「防御!」
土属性教師が巨大な岩壁を展開。
光属性教師が障壁を重ねる。
しかし。
ピーターは前へ出た。
「下がってください」
転移。
次の瞬間。
エンシェントドラゴンの顔面。
巨大な口。
牙。
黒い魔力。
その目前。
ピーターは静かに右手を掲げる。
「ウォーターマスク」
水球。
しかし今回は違った。
ピーターの左手から氷属性魔力が流れ込む。
「アイスマスク」
瞬間。
水球が凍結。
超高密度氷結拘束。
エンシェントドラゴンの顔面へ完全固定。
凍結。
拘束。
窒息。
エンシェントドラゴンが暴れる。
普通の氷ではない。
魔力操作で構造固定された氷。
壊れない。
砕けない。
外れない。
教師たちが絶句する。
「水と氷を……同時制御……?」
「いや……完全融合だ……」
ピーターはもう一体へ転移。
再び。
アイスマスク。
さらにもう一体。
三体同時拘束。
エンシェントドラゴンの咆哮が森を揺らす。
空が震える。
しかし。
数分後。
巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
轟音。
森が沈む。
エンシェントドラゴン三体絶命。
教師たちは完全に言葉を失っていた。
戦闘教師の一人が呟く。
「……化け物」
しかし。
その言葉を聞いたピーターは困った顔をした。
「そんなことないですよ」
本気でそう思っていた。
彼はグロマールを知っている。
本物を知っている。
だから自分を特別と思っていない。
むしろ。
自分はまだ未熟。
そう考えていた。
残る敵。
アースドラゴン二体。
エンシェントドラゴン一体。
最後のエンシェントドラゴンが怒り狂う。
黒い魔力が膨れ上がる。
地面が腐る。
木々が枯れる。
教師たちが顔をしかめた。
「瘴気……!」
「高濃度闇魔力……!」
ピーターは静かに観察していた。
鑑定。
魔力構造。
流れ。
循環。
弱点。
全てが見える。
ピーターは小さく呟いた。
「……なるほど」
その瞬間。
エンシェントドラゴンが咆哮。
闇のブレスが放たれる。
黒い奔流。
山を呑み込む破壊。
しかし。
ピーターの前に光の壁が展開された。
ピュリフィケーション。
浄化。
光属性教師たち。
さらに。
戦闘職たちも全員発動。
巨大光壁。
闇と光が激突する。
轟音。
爆風。
森が揺れる。
それでも。
押し返した。
教師たちが驚く。
「防いだ……!」
「エンシェントのブレスを……!」
狩り部隊はもう普通の兵ではなかった。
教育。
実戦。
覚醒。
再覚醒。
その積み重ね。
環境が人を育てていた。
その頃。
帝国では別の火種が生まれていた。
地方貴族。
既得権層。
旧支配階級。
彼らは焦っていた。
教育省設立。
覚醒者増加。
平民の識字率向上。
戦闘職の大量誕生。
行政能力の普及。
全てが、自分たちの価値を壊していく。
ある貴族が机を叩く。
「平民が力を持ちすぎだ!」
別の貴族も叫ぶ。
「このままでは我々の立場がなくなる!」
さらに。
「皇帝陛下も変わられた!」
「レオハルトも教育側だ!」
「もう止まらん!」
恐怖だった。
理解できない。
これまでの常識が崩れていく。
だから。
武装。
反乱準備。
密談。
地下資金。
旧騎士団。
傭兵。
全てが静かに動き始めていた。
しかし。
彼らは理解していない。
今の帝国が、どれほど変わったかを。
教育とは。
知識だけではない。
繋がり。
共有。
情報。
信頼。
そして。
索敵。
既に教師たちは気づき始めていた。
違和感に。
不穏な流れに。
変化に。
戦闘だけではない。
行政スキル。
索敵。
分析。
報告。
全てが強化されている。
グロマールが始めた循環は。
もう国家規模になっていた。




