15話:取引
朝。
リードル村の倉庫では、怒鳴り声が響いていた。
「減ってる!」
マイクだった。
両手で袋を抱えながら、顔をしかめている。
「昨日あった干し肉が足りねぇ!」
ジミーが棚を確認する。
「そりゃ食ったからだろ」
「減り方がおかしいんだよ!」
以前なら。
そもそも“管理”という概念が無かった。
食える時に食う。
余れば腐る。
盗まれれば終わり。
それが貧困村だった。
今は違う。
狩りが成功し始めている。
薬も増えた。
畑も育っている。
だから逆に問題が生まれた。
“どこに何があるか分からない”。
エバは倉庫の入口で腕を組んでいた。
そして呆れた顔をしている。
「……終わってる」
マイクが振り返る。
「あぁ?」
エバは棚を見る。
袋。
肉。
乾燥野菜。
薬草。
全部雑多。
配置が悪い。
記録がない。
誰でも持っていける。
盗まれて当然だった。
エバは鼻を鳴らす。
「これで今まで生きてたの逆に凄い」
マイクが怒る。
「文句あるなら手伝え!」
「だから言ってるの」
エバは倉庫へ入る。
そして袋を持ち上げる。
軽い。
中身が偏っている。
「まず、管理してる人間がいない」
ジミーが少し笑う。
「お、分かる側か」
エバは彼を見る。
「アンタも気づいてたでしょ」
「まあな」
二人は似ていた。
数字を見る。
流れを見る。
人のズルさを前提で考える。
だから会話が早い。
マイクは頭を掻く。
「だからどうすんだよ」
エバは即答する。
「分ける」
「は?」
「全部」
エバは指を折る。
「保存用」
「配給用」
「緊急用」
「交換用」
「種用」
「薬用」
次々出てくる。
村人たちは少し呆然とした。
今まで、そんな考え方は無かった。
エバは続ける。
「あと、誰が何を持っていったか書く」
「面倒くせぇ」
マイクが即答する。
エバは冷たく見る。
「だから盗まれるの」
マイクが詰まる。
ジミーが笑った。
「正論」
エバは倉庫を歩き回る。
「あと配置が悪い」
「食料と薬を近くに置くな」
「湿気管理も甘い」
「腐敗が混ざる」
ミネルバが驚く。
「分かるんですか?」
「当然」
エバは棚を軽く叩く。
「腐ったら全部終わる」
その言葉には妙な重みがあった。
セレスが少し目を細める。
「経験あるのね」
エバは一瞬だけ黙る。
そして。
「飢えると、人は何でも食べるから」
空気が少し静かになる。
軽い口調だった。
しかし内容は軽くない。
エバもまた、“貧困側”を知っていた。
グロマールは倉庫の奥から見ている。
エバは気づいていた。
試されている。
使えるかどうか。
だから彼女はわざと全部言葉にした。
知識は価値になる。
価値を見せなければ、生き残れない。
それが彼女の人生だった。
グロマールが聞く。
「できるのか」
エバは笑う。
「できるじゃない」
「やるの」
その返答に、少しだけミレナが眉を寄せる。
偉そう。
だが。
間違っていない。
エバは倉庫中央へ立つ。
「まず全部出す」
マイクが叫ぶ。
「量エグいぞ!?」
「だから?」
「今日終わんねぇ!」
エバは冷静だった。
「終わらせるの」
その時。
グロマールが短く言う。
「やれ」
空気が動く。
村人たちが動き始める。
袋を運ぶ。
棚を空ける。
乾燥肉を並べる。
以前なら絶対に起きなかった光景だった。
村人たちが“管理”を始めている。
エバは指示を飛ばす。
「薬草は日陰!」
「干し肉は高い位置!」
「湿った袋は分ける!」
動きに無駄がない。
ジミーが少し笑う。
「慣れてんな」
エバは答える。
「生き残るために覚えた」
倉庫整理は昼まで続いた。
途中でマイクが倒れ込む。
「疲れたぁ……」
エバは冷たい。
「体力無さすぎ」
「アンタ元気すぎだろ!」
エバは袋を持ち上げる。
軽々と。
マイクが目を丸くした。
「力あるのかよ」
「無いわけないでしょ」
魔力循環。
彼女も既に学び始めていた。
しかも理解が早い。
要領がいいからだ。
エバは周囲を見る。
「流れが見える」
それが彼女の感想だった。
魔力循環は、力だけではない。
人の動きも変える。
疲労が減る。
集中が上がる。
判断が早くなる。
だから作業効率が異常に高い。
グロマールはそれを静かに見ていた。
環境。
教育。
循環。
人は変わる。
エバも例外ではない。
夕方。
倉庫は見違えていた。
袋は分類され。
薬は棚ごとに分けられ。
数量まで記録されている。
マイクが呆然とする。
「……すげぇ」
以前とは別物だった。
どこに何があるか分かる。
何が不足してるか分かる。
それだけで村は強くなる。
エバは紙を見ながら言う。
「干し肉の減り方おかしい」
ジミーが覗き込む。
「どれ」
「配給量と合ってない」
エバは数字を見る。
「つまり途中で抜かれてる」
マイクが顔をしかめる。
「また盗賊か?」
「違う」
エバは即答する。
「村人」
空気が止まる。
ミレナが眉を寄せる。
「そんなわけ」
「ある」
エバは冷静だった。
「飢えた経験ある人間は、溜め込む」
その言葉に、誰も反論できない。
貧困は人を歪める。
それは現実だった。
エバは続ける。
「悪じゃない」
「怖いだけ」
「また飢えるのが」
静かな声だった。
そこへグロマールが来る。
「誰だ」
エバは少し驚く。
「……聞かないの?」
「必要なら言う」
感情で裁かない。
まず構造を見る。
それがグロマールだった。
エバは数秒黙る。
そして少しだけ笑う。
「変な人」
だが。
嫌ではなかった。
ミレナは少し離れた場所から二人を見る。
エバは距離が近い。
躊躇がない。
損得で動く。
だからグロマールにも普通に話す。
それが少し気になった。
セレスが隣へ来る。
「近いな」
ミレナが即答する。
「別に」
「そう」
セレスは笑う。
ミレナは視線を逸らす。
エバはグロマールへ紙を渡していた。
「あと、交換用の在庫増やした方がいい」
「外と繋がる時に必要」
グロマールは頷く。
「妥当だ」
エバは少し目を細めた。
否定しない。
怒鳴らない。
ちゃんと価値を見る。
それが妙に新鮮だった。
今までの大人は違った。
利用するか。
奪うか。
捨てるか。
その三択だった。
しかしこの村は違う。
役割がある。
働けば循環へ入れる。
それが、エバには少し眩しく見えていた。
夜。
倉庫には整然と物資が並んでいる。
以前の“その日暮らしの村”ではない。
少しずつ。
確実に。
リードル村は“生き残る共同体”へ変わり始めていた。




