140話:寿命
グランゼル。
北方防壁都市。
かつて。
人は。
四十を越えれば長生きだった。
五十で老人。
六十で伝説。
病。
寒さ。
飢え。
疲労。
事故。
魔物。
人は簡単に死んだ。
冬を越せない子供。
肺を壊す鉱夫。
脚を失う兵士。
歯が腐り死ぬ老人。
それが普通。
誰も疑わなかった。
この世界はそういうものだと。
だが。
今。
グランゼルは。
別の都市になり始めていた。
朝。
中央行政塔。
報告書の山。
レオハルトが目を通す。
隣ではピーターが静かに紅茶を飲んでいた。
行政官が震えながら報告する。
「平均寿命……上昇しています」
「前年より八年以上」
室内が静まる。
別の文官。
「乳幼児死亡率激減」
「老人の死亡率も低下」
「感染症減少」
「労働事故減少」
「栄養失調も減少」
「兵士の後遺症まで減っています」
レオハルトが目を閉じる。
理解していた。
だが。
数字で突きつけられると重みが違う。
ピーターが静かに言う。
「食事です」
「衛生です」
「治癒です」
「教育です」
「そして魔力循環」
民達の体そのものが変わっていた。
魔力循環。
それは単なる戦闘技術ではない。
血流。
内臓。
筋肉。
骨。
神経。
全身。
魔力が巡ることで。
肉体の消耗が減る。
病への耐性が上がる。
回復速度も変わる。
さらに。
治癒魔法。
以前。
一部の聖職者だけの秘術。
今。
一般民へ広がり始めていた。
軽傷なら自分で治せる。
感染を抑えられる。
悪化する前に対応できる。
それだけで。
世界が変わる。
さらに。
食事。
農業革命。
グランゼル周辺。
新農法。
温室。
灌漑。
土壌改良。
魔力肥料。
食料充足率。
既に三百パーセント超。
飢えが消える。
栄養状態が改善。
子供の成長率まで変わる。
民達の顔色が違った。
以前。
青白かった。
今。
赤みがある。
筋肉がある。
目に力がある。
都市そのものが若返っていた。
外。
市場。
活気。
朝から人で溢れている。
荷運び達。
身体強化。
以前の倍以上を運ぶ。
しかも正確。
事故率低下。
物流速度向上。
商人達。
商人スキル。
需要予測。
在庫管理。
価格安定。
無駄が減る。
結果。
税収激増。
グランゼル。
人口十三万人。
税収。
過去最高。
さらに。
人口増加率上昇。
流入増加。
死亡減少。
完全に好循環へ入っていた。
学校。
黒板。
文字。
子供達。
そして。
大人達。
読み書き。
計算。
魔法。
全部学ぶ。
識字率。
八十パーセント超。
以前なら。
貴族都市でも異常値。
今。
防壁都市で起きていた。
教師達が走り回る。
「次!」
「循環維持!」
「魔力を散らさない!」
「呼吸!」
「焦らない!」
毎日。
覚醒者。
爆増。
一日。
二万人超。
普通なら国家転覆レベル。
だが。
今の帝国では。
それが日常になり始めていた。
教師達の顔には疲労。
それ以上に。
達成感。
一人の女性教師が笑う。
「もう訳分かんないですね……」
隣の教師も苦笑。
「昨日まで文字読めなかったおじさんが今日鍛冶スキル覚醒しましたよ」
「しかも魔道具まで作り始めた」
「意味分からない」
ピーターは少し笑う。
「環境です」
「人は」
「育つんですよ」
誰も反論できない。
それを。
毎日見ていた。
昼。
新施設建設区域。
巨大な建物。
湯気。
石造り。
民達がざわつく。
「完成したぞ!」
「公衆浴場だ!」
歓声。
子供達が走る。
兵士達まで並んでいる。
騎士達も目を輝かせていた。
以前。
風呂は贅沢。
貴族文化。
今。
民へ。
グランゼル初の大型公衆浴場。
水属性魔法。
火属性魔法。
土属性建築。
全部融合。
巨大浴槽。
蒸気室。
洗浄区域。
さらに。
浄化石。
湯は常に清潔。
民達。
恐る恐る入る。
そして。
数秒後。
「……あったけぇ……」
涙ぐむ老人。
子供達大騒ぎ。
兵士達。
爆笑。
騎士団長まで呆然。
「なんだこれ……」
「天国か?」
衛生。
疲労回復。
感染症予防。
全部改善。
レオハルトも視察へ来ていた。
湯気を見上げる。
静かに笑う。
「本当に」
「国が変わっていくな」
ピーターが隣に立つ。
「まだ途中です」
「一ヶ月」
「あと一ヶ月あれば」
「次の都市へ行けるかもしれません」
レオハルトが驚く。
「もうか?」
「はい」
「教師が育ってます」
「行政官も」
「自走できる」
以前と違う。
ピーター一人ではない。
教師達。
地方官。
現地教師。
民間指導者。
全部育ち始めていた。
環境が。
次の人材を生む。
循環。
それがグロマールの思想。
ピーターはそれを継いでいた。
夕方。
都市上空。
鐘が鳴る。
本日の覚醒者数。
二万三千。
広場。
歓声。
家族が抱き合う。
泣く者。
笑う者。
老人。
子供。
全部いる。
そして。
以前なら。
絶対にあり得なかった光景。
老夫婦が。
未来の話をしていた。
「孫が成人するまで生きられるかもしれない」
「ひ孫も見れるかな」
寿命。
それは。
ただ長く生きることではない。
未来を考えられること。
この世界の民は。
今まで。
未来を持てなかった。
冬を越える。
明日生きる。
それだけ。
今。
違う。
十年後。
二十年後。
子供の成長。
街の未来。
考え始めていた。
それ自体が。
革命だった。
夜。
教師宿舎。
疲れ切った教師達。
床で寝落ち。
資料だらけ。
だが。
笑っている。
女性教師が呟く。
「……楽しいですね」
別教師も笑う。
「うん」
「世界変わってる」
窓の外。
グランゼル。
灯り。
以前より遥かに多い。
病が減る。
死が減る。
人が笑う。
税収が伸びる。
産業が生まれる。
寿命が伸びる。
全部。
繋がっていた。
ピーターは夜空を見る。
静かに息を吐く。
「先生」
小さく。
グロマールを思い出す。
あの人は。
最初から見えていたのだろう。
教育。
衛生。
食事。
物流。
治癒。
魔力。
全部繋がれば。
国家すら変わると。
そして。
ピーターは決めていた。
全員。
覚醒させる。
例外なく。
貴族も。
民も。
兵士も。
娼婦も。
老人も。
子供も。
誰も切り捨てない。
なぜなら。
才能が無かったのではない。
環境が。
無かっただけだからだ。




