138話:女工
グランゼル。
雪の都市。
魔物災害都市。
かつて。
女達は。
売られるしか生きる道がなかった。
冬を越えるため。
借金を返すため。
弟妹を食わせるため。
身体を売る。
それが現実だった。
だが。
今。
変化が始まっていた。
紡織工房。
朝。
巨大な建物の中。
織機の音が響く。
カタン。
カタン。
規則的。
柔らかい音。
以前なら。
この都市に存在しなかった音。
生産の音。
未来の音。
ミーナは。
その中心にいた。
元娼婦。
数日前まで。
殴られ。
搾取され。
死んだ目で客を待っていた女。
今。
白い布を触っている。
指先。
優しい。
織り。
速い。
正確。
紡織スキル。
完全適応。
周囲の職人達も驚いていた。
「覚えるのが早すぎる……」
「もう古株より上手いぞ……」
ミーナは苦笑する。
「前の仕事も」
「手先だけは必要だったから……」
空気が止まる。
職人達は何も言えなかった。
代わりに。
老女工が。
静かに言った。
「……なら」
「今度は自分のために使いな」
ミーナの目が潤む。
その日の夜。
旧娼館街。
吹雪。
赤い灯り。
湿った空気。
ミーナは。
扉を開けた。
中。
女達。
疲れた顔。
痩せた身体。
化粧で隠した痣。
皆。
ミーナを見て固まる。
「……生きてたの?」
「逃げたって聞いた」
「客に殺されたかと……」
ミーナは首を振る。
そして。
言った。
「違う」
「仕事を見つけた」
女達が苦笑する。
「どこの金持ちに囲われたの?」
「今さらそんな夢……」
ミーナは遮る。
「違う」
「工房」
「紡織」
静寂。
誰も信じない。
当然だった。
娼婦が。
職人?
そんな世界。
存在しなかった。
ミーナは。
バッグから布を出す。
白い。
柔らかい布。
タオル。
女達が触る。
目が変わる。
「……なにこれ」
「柔らかい……」
「こんな布……」
ミーナは言う。
「私が作った」
全員。
固まる。
一人の女が笑う。
乾いた笑い。
「嘘」
ミーナは首を振る。
「本当」
「教えてもらった」
「魔力循環」
「魔力操作」
「魔力吸収」
女達は意味が分からない。
でも。
ミーナの目。
変わっていた。
死んだ目じゃない。
生きている目。
それだけで。
十分だった。
翌朝。
娼婦達。
百五十人。
工房前。
集結。
教師達が絶句する。
「……多すぎる」
「まさか全員……?」
ミーナが頭を下げる。
「お願いします」
「皆」
「辞めたいんです」
後ろの女達。
誰も笑っていない。
本気だった。
ピーターは。
少し驚いて。
それから頷く。
「分かりました」
即答。
教師達が苦笑する。
本当に。
迷わない。
その日。
巨大講習会。
工房裏広場。
百五十人。
整列。
皆。
緊張していた。
自分達が。
教育を受ける側になる。
そんな経験。
一度もない。
ピーターが前に立つ。
「大丈夫です」
「怖くありません」
「皆できます」
その言葉だけで。
泣く女がいた。
教師達が。
魔力循環。
魔力操作。
魔力吸収。
順番に教える。
呼吸。
循環。
感覚。
ゆっくり。
丁寧。
誰一人怒鳴らない。
失敗しても。
笑わない。
それだけで。
女達は混乱していた。
優しく教えられる。
そんな経験。
無かった。
数時間後。
空気が変わる。
一人。
調理スキル覚醒。
鍋の温度感覚理解。
次。
農業スキル。
土壌理解。
さらに。
木工。
鍛冶。
紡織。
仕立。
次々。
スキル発現。
教師達が騒然とする。
「なんでこんなに……!」
「適性率がおかしい!」
だが。
ピーターは静かだった。
「生活です」
「彼女達は」
「生きるために」
「全部観察してた」
「火も」
「布も」
「身体も」
「空気も」
「人の顔色も」
「ずっと」
教師達が黙る。
そう。
彼女達は。
無能だったわけじゃない。
極限環境で。
生き残っていただけ。
だから。
適応能力が高い。
環境が変われば。
爆発する。
その後。
レオハルトへ報告。
行政館。
レオハルトは資料を見て絶句する。
「……百五十人全員覚醒?」
官僚が頷く。
「はい」
「しかも高適性です」
「女性労働力として極めて優秀かと」
レオハルトは額を押さえる。
国家規模。
変わり始めていた。
すぐに。
就職斡旋開始。
紡織工房。
仕立工房。
調理場。
農業区画。
木工房。
鍛冶学校。
全部。
人手不足。
そして。
雇用主達が。
大喜びした。
紡織工房長。
叫ぶ。
「来てくれ!」
「今すぐ雇う!」
「宿舎付き!」
料理店主人。
「調理スキル持ち!?」
「給料倍出す!」
農場主。
「農業適性持ちは貴重だ!」
鍛冶師。
「女でも関係ねぇ!」
「火を扱えるなら十分だ!」
世界が変わる。
以前なら。
娼婦。
それで終わり。
今。
違う。
技能。
生産。
教育。
価値が変わった。
女性雇用。
急増。
特に。
紡織産業。
爆発。
女性達の指先。
繊細。
観察能力。
集中力。
圧倒的適性。
結果。
北部紡織業。
急成長。
さらに。
タオル。
下着。
防寒布。
衛生布。
全部。
需要爆発。
生活水準。
急上昇。
街も変わる。
以前。
娼館街しかなかった区域。
今。
女工街。
朝。
大量の女性達が笑いながら出勤する。
パン。
スープ。
温かい服。
以前存在しなかった日常。
ある日。
工房。
ミーナが新入りへ教えていた。
「糸は引っ張りすぎない」
「優しく」
「でも逃がさない」
新入りが頷く。
以前なら。
女同士。
奪い合いだった。
今。
教え合う。
教師の一人が呟く。
「……変わったな」
別教師。
「ええ」
「街の空気が違う」
その時。
窓の外。
子供達が走る。
笑っている。
母親達も笑う。
以前。
無かった光景。
ミーナは。
その景色を見る。
少し泣きそうになる。
隣。
ピーター。
ミーナが小さく言う。
「……なんで」
「助けたんですか?」
ピーターは困った顔をする。
「助ける理由って必要ですか?」
ミーナは固まる。
それから。
笑った。
泣きながら。
笑った。
かつて。
この都市は。
女を消耗品として扱った。
だが。
今。
違う。
技能を持つ人材。
教育される存在。
未来を作る存在。
そう変わった。
環境が。
人を育てる。
その言葉は。
もう。
理論じゃない。
街そのものになっていた。
そして。
グランゼル名産。
北方高級布。
北方タオル。
その名は。
帝国全域へ。
広がり始めていた。




