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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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138/322

138話:女工

グランゼル。


雪の都市。


魔物災害都市。


かつて。


女達は。


売られるしか生きる道がなかった。


冬を越えるため。


借金を返すため。


弟妹を食わせるため。


身体を売る。


それが現実だった。


だが。


今。


変化が始まっていた。


紡織工房。


朝。


巨大な建物の中。


織機の音が響く。


カタン。


カタン。


規則的。


柔らかい音。


以前なら。


この都市に存在しなかった音。


生産の音。


未来の音。


ミーナは。


その中心にいた。


元娼婦。


数日前まで。


殴られ。


搾取され。


死んだ目で客を待っていた女。


今。


白い布を触っている。


指先。


優しい。


織り。


速い。


正確。


紡織スキル。


完全適応。


周囲の職人達も驚いていた。


「覚えるのが早すぎる……」


「もう古株より上手いぞ……」


ミーナは苦笑する。


「前の仕事も」


「手先だけは必要だったから……」


空気が止まる。


職人達は何も言えなかった。


代わりに。


老女工が。


静かに言った。


「……なら」


「今度は自分のために使いな」


ミーナの目が潤む。


その日の夜。


旧娼館街。


吹雪。


赤い灯り。


湿った空気。


ミーナは。


扉を開けた。


中。


女達。


疲れた顔。


痩せた身体。


化粧で隠した痣。


皆。


ミーナを見て固まる。


「……生きてたの?」


「逃げたって聞いた」


「客に殺されたかと……」


ミーナは首を振る。


そして。


言った。


「違う」


「仕事を見つけた」


女達が苦笑する。


「どこの金持ちに囲われたの?」


「今さらそんな夢……」


ミーナは遮る。


「違う」


「工房」


「紡織」


静寂。


誰も信じない。


当然だった。


娼婦が。


職人?


そんな世界。


存在しなかった。


ミーナは。


バッグから布を出す。


白い。


柔らかい布。


タオル。


女達が触る。


目が変わる。


「……なにこれ」


「柔らかい……」


「こんな布……」


ミーナは言う。


「私が作った」


全員。


固まる。


一人の女が笑う。


乾いた笑い。


「嘘」


ミーナは首を振る。


「本当」


「教えてもらった」


「魔力循環」


「魔力操作」


「魔力吸収」


女達は意味が分からない。


でも。


ミーナの目。


変わっていた。


死んだ目じゃない。


生きている目。


それだけで。


十分だった。


翌朝。


娼婦達。


百五十人。


工房前。


集結。


教師達が絶句する。


「……多すぎる」


「まさか全員……?」


ミーナが頭を下げる。


「お願いします」


「皆」


「辞めたいんです」


後ろの女達。


誰も笑っていない。


本気だった。


ピーターは。


少し驚いて。


それから頷く。


「分かりました」


即答。


教師達が苦笑する。


本当に。


迷わない。


その日。


巨大講習会。


工房裏広場。


百五十人。


整列。


皆。


緊張していた。


自分達が。


教育を受ける側になる。


そんな経験。


一度もない。


ピーターが前に立つ。


「大丈夫です」


「怖くありません」


「皆できます」


その言葉だけで。


泣く女がいた。


教師達が。


魔力循環。


魔力操作。


魔力吸収。


順番に教える。


呼吸。


循環。


感覚。


ゆっくり。


丁寧。


誰一人怒鳴らない。


失敗しても。


笑わない。


それだけで。


女達は混乱していた。


優しく教えられる。


そんな経験。


無かった。


数時間後。


空気が変わる。


一人。


調理スキル覚醒。


鍋の温度感覚理解。


次。


農業スキル。


土壌理解。


さらに。


木工。


鍛冶。


紡織。


仕立。


次々。


スキル発現。


教師達が騒然とする。


「なんでこんなに……!」


「適性率がおかしい!」


だが。


ピーターは静かだった。


「生活です」


「彼女達は」


「生きるために」


「全部観察してた」


「火も」


「布も」


「身体も」


「空気も」


「人の顔色も」


「ずっと」


教師達が黙る。


そう。


彼女達は。


無能だったわけじゃない。


極限環境で。


生き残っていただけ。


だから。


適応能力が高い。


環境が変われば。


爆発する。


その後。


レオハルトへ報告。


行政館。


レオハルトは資料を見て絶句する。


「……百五十人全員覚醒?」


官僚が頷く。


「はい」


「しかも高適性です」


「女性労働力として極めて優秀かと」


レオハルトは額を押さえる。


国家規模。


変わり始めていた。


すぐに。


就職斡旋開始。


紡織工房。


仕立工房。


調理場。


農業区画。


木工房。


鍛冶学校。


全部。


人手不足。


そして。


雇用主達が。


大喜びした。


紡織工房長。


叫ぶ。


「来てくれ!」


「今すぐ雇う!」


「宿舎付き!」


料理店主人。


「調理スキル持ち!?」


「給料倍出す!」


農場主。


「農業適性持ちは貴重だ!」


鍛冶師。


「女でも関係ねぇ!」


「火を扱えるなら十分だ!」


世界が変わる。


以前なら。


娼婦。


それで終わり。


今。


違う。


技能。


生産。


教育。


価値が変わった。


女性雇用。


急増。


特に。


紡織産業。


爆発。


女性達の指先。


繊細。


観察能力。


集中力。


圧倒的適性。


結果。


北部紡織業。


急成長。


さらに。


タオル。


下着。


防寒布。


衛生布。


全部。


需要爆発。


生活水準。


急上昇。


街も変わる。


以前。


娼館街しかなかった区域。


今。


女工街。


朝。


大量の女性達が笑いながら出勤する。


パン。


スープ。


温かい服。


以前存在しなかった日常。


ある日。


工房。


ミーナが新入りへ教えていた。


「糸は引っ張りすぎない」


「優しく」


「でも逃がさない」


新入りが頷く。


以前なら。


女同士。


奪い合いだった。


今。


教え合う。


教師の一人が呟く。


「……変わったな」


別教師。


「ええ」


「街の空気が違う」


その時。


窓の外。


子供達が走る。


笑っている。


母親達も笑う。


以前。


無かった光景。


ミーナは。


その景色を見る。


少し泣きそうになる。


隣。


ピーター。


ミーナが小さく言う。


「……なんで」


「助けたんですか?」


ピーターは困った顔をする。


「助ける理由って必要ですか?」


ミーナは固まる。


それから。


笑った。


泣きながら。


笑った。


かつて。


この都市は。


女を消耗品として扱った。


だが。


今。


違う。


技能を持つ人材。


教育される存在。


未来を作る存在。


そう変わった。


環境が。


人を育てる。


その言葉は。


もう。


理論じゃない。


街そのものになっていた。


そして。


グランゼル名産。


北方高級布。


北方タオル。


その名は。


帝国全域へ。


広がり始めていた。







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