137話:布
北部防衛都市グランゼル。
雪。
白。
冷気。
かつてここは。
“死を待つ都市”だった。
魔物災害。
物流崩壊。
食料不足。
娼館街の女達は冬を越えられず。
孤児は凍死し。
兵士は擦り切れ。
民は諦めていた。
だが。
今。
違う。
都市の空気が変わっていた。
城壁の上。
見張り兵が叫ぶ。
「第三狩り班帰還!」
巨大門。
開く。
吹雪の向こう。
帰還してくる。
狩り部隊。
十人一班。
三十班。
合計三百人。
だが。
以前の兵士とは別物だった。
全員。
覚醒者。
剣士。
槍兵。
拳士。
魔法使い。
それぞれ。
魔力循環。
魔力操作。
魔力吸収。
完全習得。
身体能力そのものが違う。
さらに。
戦闘経験。
毎日。
数千。
魔物を狩る。
環境が。
彼らを育てた。
門前。
巨大魔狼。
魔熊。
氷蜥蜴。
山のような素材。
兵士達が歓声を上げる。
「今日も大量だ!」
「肉だ!」
「魔石だぞ!」
「防具素材まである!」
解体場。
既にフル稼働。
火属性持ちが炉を管理。
水属性持ちが洗浄。
土属性持ちが解体台を形成。
風属性持ちが血臭を飛ばす。
全部。
連携。
無駄がない。
さらに。
覚醒が止まらなかった。
狩り部隊隊長。
元傭兵。
剣を振った瞬間。
魔力が爆発する。
教師が目を見開く。
「剣豪……!」
別班。
槍兵。
一撃で巨大魔猪を貫通。
槍聖。
さらに。
拳士。
素手。
氷狼の頭蓋を砕く。
拳聖。
数日後。
さらに上。
剣神。
槍神。
拳神。
極豪。
極聖。
極神。
戦闘系上位スキル。
次々誕生。
理由。
単純。
生きるため。
必要だったから。
教師の一人が呟く。
「ここまでとは……」
別教師が答える。
「環境が極端すぎる」
「死ぬか」
「強くなるか」
「だから覚醒する」
さらに異常なのは。
魔法使い達だった。
索敵班。
全員。
全属性適性。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
複合運用。
既に当然。
属性相互補完。
連携速度。
桁違い。
索敵能力。
旧帝国軍の数十倍。
教師達ですら戦慄していた。
城壁上。
ピーターが雪景色を見る。
隣。
レオハルト。
「……皇帝の影響か」
ピーターは頷く。
「たぶん」
皇帝スキル。
国家規模補正。
帝国そのものの流れが変わっている。
指導者が変わる。
国家が変わる。
民が変わる。
環境が変わる。
循環。
それが。
広がっていた。
その夜。
グランゼル下層街。
娼館区域。
荒れ果てた石畳。
酒臭。
怒号。
雪。
悲鳴。
「やめて!」
女の声。
ピーター達が振り向く。
悪漢。
三人。
娼婦を殴っていた。
理由。
借金。
よくある話。
以前の都市なら。
誰も助けない。
だが。
今。
違う。
教師が前へ出る。
風。
拘束。
一瞬。
悪漢三人。
空中固定。
続いて。
土。
牢形成。
完全拘束。
さらに。
光。
治癒。
殴られた女。
傷が塞がる。
周囲の娼婦達が呆然とする。
「……え?」
「助けた?」
「なんで……」
ピーターは淡々としていた。
当然のように。
悪漢を見る。
鑑定。
借金斡旋。
暴行常習。
恐喝。
全部見える。
教師へ指示。
「行政班へ」
「労働刑」
「更生教育」
悪漢達が震える。
以前なら。
賄賂で終わった。
今は違う。
逃げられない。
その時。
助けられた女。
二十代前半。
痩せている。
傷だらけ。
茶髪。
名前。
ミーナ。
彼女は。
震えながら。
ピーターを見た。
その目。
完全な崇拝。
救われた人間の目。
「……ありがとう……ございます……」
涙。
止まらない。
ピーターは少し困った顔をする。
そして。
いつものように言う。
「魔力循環できますか?」
周囲が固まる。
ミーナも止まる。
「……え?」
「えっと……」
「できません……」
ピーターは頷く。
「じゃあ教えます」
周囲の教師達が苦笑する。
本当に。
この少年は変わらない。
ミーナは完全に混乱していた。
助けられた。
優しくされた。
なのに。
口説かない。
見返りを求めない。
代わりに。
教育。
それだけ。
ピーターは地面に座る。
「まず呼吸です」
「魔力は怖くない」
「流れを感じてください」
ミーナは震えながら真似する。
すると。
周囲の娼婦達も集まる。
五人。
皆。
疲れ切っていた。
殴られ。
搾取され。
冬を越えられない女達。
彼女達も真似する。
魔力循環。
魔力操作。
魔力吸収。
ゆっくり。
丁寧に。
教える。
数十分後。
空気が変わった。
一人。
魔力が跳ねる。
教師が驚愕する。
「早い……!」
次の瞬間。
スキル覚醒。
紡織。
さらに。
仕立。
別の女。
また覚醒。
さらに。
また。
五人全員。
紡織スキル。
仕立スキル。
一斉覚醒。
娼婦達が呆然とする。
手を見る。
糸が見える。
布構造が理解できる。
織り方が分かる。
教師の一人が顔を引き攣らせる。
「……これは」
「やりすぎでは……?」
別教師も苦笑。
「ここまで簡単に……」
だが。
ピーターは静かだった。
「違います」
「元々才能があった」
「環境が無かっただけです」
その言葉。
ミーナが泣いた。
声を殺して。
泣いた。
才能。
そんな言葉。
人生で一度も言われたことがなかった。
その後。
五人は。
土下座する勢いで言った。
「娼婦を辞めたいです」
「働きたい」
「普通に生きたい」
「布を作りたい」
ピーターは即答した。
「分かりました」
そのまま。
翌朝。
紡織工房へ連れて行く。
レオハルト紹介。
北部紡織拠点。
以前は倉庫だった建物。
今。
巨大工房。
寒冷地綿花。
羊毛。
魔糸。
全部集まる。
中では。
大量の女性達が働いていた。
元難民。
元孤児。
元奴隷。
皆。
職人。
誇りを持って働いている。
ミーナ達は呆然とする。
「……こんな場所……」
教師が笑う。
「あるんですよ」
「変わった世界には」
そして。
すぐ実技。
紡織機。
普通なら。
初心者は何日も失敗する。
だが。
違った。
スキル覚醒者。
理解速度が異常。
糸を見る。
流れを見る。
織る。
一時間後。
布完成。
周囲が静まる。
柔らかい。
厚い。
吸水性。
さらに。
独特の編み。
教師が目を見開く。
「……これ」
「新構造だ」
ミーナが震えながら言う。
「身体を拭く布です」
「柔らかい方がいいと思って……」
周囲が固まる。
この世界。
タオル文化。
存在しない。
布は。
服。
包帯。
雑巾。
その程度。
だが。
これは違う。
“生活を快適にする布”。
教師が呟く。
「……革命だ」
別教師。
「風呂文化と組み合わさる……」
「爆発するぞこれ……」
ミーナ達は顔を見合わせる。
不安。
恐怖。
でも。
笑っていた。
生まれて初めて。
未来を見た顔だった。
その日の夜。
工房外。
雪が降る。
ミーナは空を見る。
隣。
ピーター。
ミーナが小さく言う。
「……私」
「初めて」
「明日が来るの楽しみです」
ピーターは少し照れたように笑う。
「それなら良かった」
それだけ。
甘い言葉も。
特別な態度もない。
でも。
ミーナには分かった。
この人は。
誰かを支配しない。
ただ。
“循環”を始める。
人が育つ環境を。
作るだけ。
遠く。
工房の灯り。
雪の街。
そして。
新しく生まれた布。
タオル。
それは。
ただの布ではなかった。
人が。
人らしく生きるための。
文明だった。




