13話:初めての共闘
夜だった。
月は薄い雲に隠れ、リードル村の外れは暗い。
風が静かに草を揺らしている。
見張り台の上では、マイクが腕を組んでいた。
以前なら、こんな役目は無かった。
そもそも守る価値が無かったからだ。
奪われるほどの食料も。
狙われるほどの薬も。
この村には存在しなかった。
だが今は違う。
変わり始めた村には、“価値”が生まれている。
だから敵が来る。
グロマールは最初からそう言っていた。
マイクは森を見る。
暗い。
静かだ。
しかし。
「……いる」
小さく呟く。
以前なら分からなかった。
今は違う。
魔力循環を続けた結果、感覚が鋭くなっている。
気配。
音。
空気。
僅かな違和感が分かる。
その瞬間。
木陰が揺れた。
マイクの目が細くなる。
「来たな」
すぐ横の鐘を鳴らす。
乾いた音が村へ響いた。
次の瞬間。
家々から人が飛び出す。
若者たち。
ミレナ。
セレス。
ジミー。
ピーター。
全員、既に動ける準備をしていた。
以前の村ではあり得ない速度だった。
グロマールは広場へ出る。
落ち着いている。
焦りがない。
「数は」
「四!」
マイクが叫ぶ。
グロマールは頷く。
「小規模確認隊だ」
本隊ではない。
様子見。
だが油断はしない。
「位置につけ」
短い指示。
村人たちが動く。
以前なら混乱していた。
恐怖で固まっていた。
しかし今は違う。
準備していた。
役割がある。
それだけで人は動ける。
ミレナは村の入口へ立つ。
風属性。
呼吸。
循環。
まだ未熟。
それでも以前とは比べ物にならない。
セレスは後方を見る。
「子供たちは?」
ミネルバが頷く。
「避難済みです」
「いい」
セレスは静かに周囲を確認する。
冷静だった。
感情で動かない。
だから全体が見える。
ジミーは荷車の影へ隠れている。
武器より索敵。
それが彼の役割だった。
「右から二人回ってる」
グロマールが頷く。
「読んでるな」
盗賊たちは真正面から来ない。
弱い村を荒らしてきた経験がある。
だから回り込む。
隙を探す。
そこが“素人の魔物”との違いだった。
マイクが槍を握る。
緊張。
怖い。
本当は逃げたい。
けれど。
後ろには村がある。
子供たちがいる。
腹いっぱい食べた夜がある。
それを壊されたくなかった。
その時。
暗闇から男たちが現れる。
粗末な革鎧。
短剣。
曲刀。
目つきが悪い。
そして。
笑っていた。
「へぇ」
盗賊の一人が村を見る。
「随分マシになってるじゃねぇか」
別の男が鼻を鳴らす。
「薬もある。肉もある。女もそこそこ」
ミレナの目が冷える。
怒り。
嫌悪。
以前なら怖かった。
今も怖い。
だが。
逃げない。
「ここから先へ入るな」
盗賊たちが笑う。
「村娘が偉そうだな」
その瞬間。
風が走った。
ミレナだった。
風弾。
未熟。
だが一直線。
盗賊の頬を切り裂く。
男の笑みが消えた。
「……は?」
村人たちが息を呑む。
ミレナ自身も驚いていた。
当たった。
本当に。
その瞬間。
マイクが叫ぶ。
「行くぞ!」
飛び出す。
身体強化。
循環。
槍を突き出す。
盗賊が避ける。
しかし。
「今!」
ピーターの声。
地面が盛り上がる。
土属性。
小さな障害。
盗賊の足が止まる。
そこへマイクの槍が叩き込まれた。
男が吹き飛ぶ。
「ぐあっ!」
初めてだった。
村人が。
盗賊へ。
正面から戦えている。
盗賊たちの顔色が変わる。
「魔法だと!?」
「なんだこの村!?」
混乱。
そこへセレスが冷静に言う。
「右」
ジミーが反応した。
回り込んでいた盗賊を見つける。
「後ろ行かせるな!」
若者たちが動く。
以前ならバラバラだった。
今は違う。
声を聞く。
役割を守る。
それだけで動きが変わる。
盗賊が剣を振るう。
若者が怯む。
その瞬間。
「水!」
ピーターだった。
水鞭。
未完成。
細い。
だが盗賊の腕へ絡みつく。
動きが止まる。
「マイク!」
「おう!」
槍が叩き込まれる。
盗賊が地面へ倒れる。
ミレナは息を呑んだ。
共闘。
誰かが止めて。
誰かが動き。
誰かが決める。
それが繋がっている。
今までの村には無かった。
グロマールは少し後ろで全体を見ていた。
必要最低限しか動かない。
村人たち自身にやらせている。
その姿を見て、盗賊の頭らしき男が舌打ちする。
「チッ……!」
異常だ。
普通の貧困村ではない。
連携している。
しかも魔法まで使う。
情報と違う。
男は撤退を考える。
その瞬間だった。
空気が変わる。
グロマール。
一歩前へ出る。
それだけで盗賊たちの顔色が変わった。
本能だった。
危険。
圧倒的な格上。
それを理解してしまった。
グロマールは静かに言う。
「帰れ」
低い声。
しかし重い。
盗賊の頭が睨む。
「……なんだテメェ」
次の瞬間。
闇が走った。
影鞭。
地面から伸びた黒い影が、男の首へ巻きつく。
一瞬。
呼吸が止まる。
盗賊の顔が青ざめる。
「っ……!?」
グロマールは淡々と言う。
「次は折る」
静寂。
盗賊たちが後ずさる。
理解した。
勝てない。
この男は危険だ。
しかも。
村人まで戦える。
頭の男が舌打ちする。
「引くぞ!」
盗賊たちが森へ逃げる。
追わない。
グロマールが止めたからだ。
「深追いするな」
マイクが悔しそうに言う。
「逃がすのかよ!」
「今日は十分だ」
グロマールは村人たちを見る。
震えている。
怖かったのだ。
当然だった。
それでも逃げなかった。
戦った。
その意味は大きい。
ミレナが周囲を見る。
誰も死んでいない。
大怪我もない。
そして。
村人たちの顔が違った。
恐怖だけではない。
興奮。
達成感。
自分たちで守れた。
その実感。
マイクが笑う。
「追い返したぞ!」
若者たちが歓声を上げる。
ピーターは座り込んでいた。
足が震えている。
怖かった。
本当に怖かった。
それでも。
役に立てた。
グロマールが彼を見る。
「よく止めた」
ピーターの目が見開く。
それだけで、胸が熱くなった。
ミネルバは怪我人を確認している。
軽傷だけ。
彼女は少し安堵の息を吐く。
セレスが小さく笑う。
「初めてにしては上出来ね」
ミレナは村を見る。
火。
人。
声。
守られた場所。
そして。
その中心にいるグロマールを見る。
強い。
圧倒的に。
でも。
一人で全部片付けない。
村人たちにやらせた。
育てるために。
ミレナは小さく息を吐く。
「……本当に支配しないのね」
セレスが隣で笑う。
「だから困ってる?」
ミレナは睨む。
「違う」
「そう」
セレスはそれ以上言わない。
ただ少しだけ笑っていた。
その夜。
リードル村では初めて、“自分たちで村を守った”という実感が広がっていた。
それは小さな勝利だった。
しかし確実に。
村人たちの心を変え始めていた。




