12話:盗まれた薬
朝の空気は冷えていた。
だが、以前のリードル村とは違う。
広場には人がいる。
井戸には列がある。
子供たちは走り回り、若者たちは畑へ向かう準備をしていた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
村は動き始めている。
ミネルバは治療小屋で薬草を整理していた。
乾燥させた薬葉。
刻んだ根。
保存用の壺。
以前より量が増えている。
グロマールが森で採取方法を教えた結果だった。
「湿気を避けろ」
「保存場所を分けろ」
「腐敗を混ぜるな」
単純なこと。
しかし今まで誰も体系的に教えなかった。
だから薬草は腐り。
混ざり。
効果を失っていた。
今は違う。
整理されている。
管理されている。
循環が生まれ始めていた。
ミネルバは棚を確認する。
その時。
「あれ……?」
手が止まった。
壺が一つ無い。
いや。
正確には、中身が減っている。
「……そんな」
慌てて別の棚を見る。
乾燥薬草。
傷薬。
熱冷まし。
どれも微妙に減っていた。
不自然だった。
使った記録がない。
ミネルバの顔色が変わる。
「セレス!」
外へ飛び出す。
セレスは水路の確認をしていた。
「どうしたの」
「薬が減ってる……!」
セレスの目が細くなる。
二人はすぐ治療小屋へ戻った。
棚を確認する。
確かに減っている。
少量。
しかし確実だった。
セレスは周囲を見回す。
荒らされてはいない。
壊れてもいない。
だから逆に分かる。
「……慣れてる」
ミネルバが不安そうに言う。
「村の人じゃないよね……?」
「たぶん」
セレスは床を見る。
小さな泥。
外から入った痕跡。
しかも足音を消している。
普通の村人ではない。
その時。
入口から声がした。
「何かあったのか?」
グロマールだった。
ミレナとマイクも一緒にいる。
ミネルバが事情を説明する。
グロマールは棚を見る。
そして一言。
「盗まれたな」
マイクが顔をしかめる。
「誰がそんなこと……」
「盗賊かもね」
セレスが静かに言う。
空気が変わる。
盗賊。
その言葉だけで、村人たちの顔色が変わる。
この辺りには流れの盗賊が出る。
食料。
薬。
女。
金。
奪えるものは何でも奪う。
貧しい村ほど狙われる。
ミレナが低く言う。
「……気づかれてる」
グロマールは否定しない。
「可能性は高い」
最近のリードル村は変化が大きすぎた。
煙。
狩り。
人の動き。
井戸。
食料。
外から見れば異常だ。
貧困村が急に活気づいている。
目立たないわけがない。
マイクが拳を握る。
「来るなら返り討ちだ」
グロマールは静かに見る。
「焦るな」
「でもよ!」
「感情で動くな」
その声は低い。
マイクが口を閉じる。
グロマールは床を見る。
足跡。
泥。
減った薬。
全部確認する。
「少量だけ盗んでいる」
ジミーがいつの間にか入口にいた。
「様子見だな」
全員が彼を見る。
ジミーは棚を見ながら言う。
「本気の盗賊なら全部持ってく」
さらに続ける。
「でもこれは違う」
「……どういうこと?」
ミネルバが聞く。
ジミーは肩をすくめた。
「価値を測ってる」
セレスが目を細める。
「試してるのね」
「たぶんな」
ジミーは棚へ指を向ける。
「薬草だけ選んでる」
食料ではない。
武器でもない。
薬だ。
つまり。
“この村に価値がある”と気づいている。
グロマールは静かに頷く。
「見る目がある」
マイクが苛立つ。
「褒めてる場合かよ」
「敵を理解しろ」
グロマールは淡々と言う。
「馬鹿な相手ほど危険だ」
その言葉に、マイクは少し黙った。
グロマールは続ける。
「薬を盗むのは売れるからだ」
病人はどこにでもいる。
薬は高い。
つまり盗賊は、需要を理解している。
ただの暴力集団ではない。
ジミーがニヤリと笑う。
「つまり、頭回るタイプだな」
その顔は少し楽しそうだった。
セレスが呆れる。
「嬉しそうね」
「嫌いじゃないんだよ。そういう読み合い」
ジミーは元々、“弱い側のズルさ”を知っている。
だから分かる。
盗賊は生き残るために考える。
効率を読む。
利益を見る。
そこに妙な親近感があった。
ミレナは腕を組む。
「どうするの」
グロマールは即答する。
「泳がせる」
マイクが驚く。
「は?」
「まだ小規模だ」
グロマールは棚を見る。
「今なら追える」
セレスが理解する。
「逆探知」
グロマールは頷いた。
「盗んだ薬には魔力を混ぜてある」
ミネルバが目を見開く。
「いつの間に……」
「保存用だ」
実際には違う。
追跡用だった。
グロマールは最初から、“盗まれる可能性”を考えていた。
ミレナが息を吐く。
「……本当に抜け目ない」
グロマールは答えない。
当然だからだ。
変化が起これば、奪う者が現れる。
それは自然な流れだった。
だから対策する。
感情ではなく構造で考える。
その時。
広場の方から子供の声が聞こえた。
笑い声。
走る音。
ミネルバは少し不安そうにそちらを見る。
「もし盗賊が来たら……」
グロマールが静かに言う。
「来る」
空気が重くなる。
しかしグロマールは続けた。
「だから備える」
恐怖で終わらせない。
準備へ変える。
それが彼のやり方だった。
マイクが前へ出る。
「俺たちが守る」
その声に迷いはない。
以前なら言えなかった。
怖かったから。
無力だったから。
しかし今は違う。
狩りを覚えた。
魔法を覚えた。
少しずつ戦えるようになっている。
グロマールはマイクを見る。
「防衛線を組む」
「おう」
「見張りも増やす」
「任せろ」
マイクは本気だった。
その姿を見て、ミレナは少しだけ目を細める。
変わった。
本当に。
以前のマイクは勢いだけだった。
しかし今は違う。
守ろうとしている。
責任を持とうとしている。
それもまた、環境の変化だった。
セレスがぽつりと言う。
「環境って、本当に人を育てるのね」
グロマールは短く答える。
「人は変わる」
ミネルバは棚を整理し直す。
失った薬は少ない。
けれど意味は大きい。
村は外へ見つかり始めている。
豊かさは、人を呼ぶ。
善人も。
悪人も。
それが現実だった。
外では風が吹いている。
リードル村は、もう“見捨てられた灰色の村”ではなくなり始めていた。
だからこそ。
奪おうとする者も現れる。
循環は広がる。
良い方向にも。
悪い方向にも。
グロマールは静かに空を見る。
その目は、既に次を見据えていた。




