117話:焼かれた倉庫
ベルセリア王国。
北方第二物流倉庫。
そこは、かつて空だった。
飢餓国家ベルセリアでは、“備蓄”という概念そのものが死んでいたからだ。
冬が来れば減る。
病が流行れば減る。
盗賊が来れば消える。
雪で街道が閉じれば終わる。
だから人々は未来を信じなかった。
今日食えるか。
それだけだった。
しかし今、その巨大倉庫には大量の物資が積み上がっていた。
干し肉。
保存芋。
乾燥野菜。
薬草。
毛布。
布。
塩。
さらには、魔力循環農法で育てられた新種の根菜まで並んでいる。
物流。
備蓄。
循環。
それはベルセリアにとって革命だった。
だからこそ、“敵”が現れた。
深夜。
北風が吹く。
見張り台の兵士が目を細めた。
「……?」
遠く。
倉庫の裏手。
小さな赤い光。
次の瞬間だった。
轟音。
炎が吹き上がる。
「火事だあああああ!!」
警鐘が鳴り響く。
兵士たちが飛び起きる。
巨大倉庫の壁面から火柱が噴き上がっていた。
油。
可燃薬。
さらに風魔法。
明らかな放火だった。
「水を運べ!!」
「急げ!!」
怒号。
混乱。
恐怖。
だが、その時。
倉庫前に転移光が走る。
現れたのはピーターだった。
後ろには索敵教師。
さらに数名の物流教師たち。
魔導通信機による即時連絡だった。
ピーターは炎を見る。
そして即座に理解する。
「火属性と風属性の複合放火……!」
普通なら手遅れだった。
北方倉庫は乾燥している。
一度燃えれば止まらない。
しかし今のベルセリアは違った。
「水属性教師、前へ!」
数名が飛び出す。
ピーターも魔力を練る。
魔力循環。
魔力操作。
周囲の魔力が流れ始める。
「ウォーターウォール!」
巨大な水壁が出現する。
轟音。
炎と水が激突した。
蒸気が爆発的に広がる。
さらに別方向から火が伸びる。
「風で酸素を断て!」
風属性教師たちが動く。
空気流が変わる。
炎の勢いが弱まる。
その瞬間。
ピーターが地面へ手をつく。
「土壁形成!」
轟音。
巨大な土壁が倉庫を囲む。
延焼遮断。
さらに氷属性。
「アイスバインド!」
氷壁が形成される。
熱が封じ込められる。
炎は激しく暴れていた。
しかし、止まっていた。
兵士たちが呆然とする。
「火が……止まった……?」
「馬鹿な……こんな短時間で……」
普通なら街区ごと焼けていた。
だが教師たちは冷静だった。
なぜなら彼らは、“災害対応”も教育されていたからだ。
ピーターが叫ぶ。
「物流班!」
「はい!」
「燃えてない物資を即時搬出!」
「マジックバッグ優先!」
「了解!」
次々と物資が運び出される。
時間停止収納。
非生物無限収納。
グロマール式アイテムボックス技術。
物流速度が常識ではなかった。
さらにピーターは別方向へ走る。
「土属性班!」
「倉庫補修!」
「了解!」
焼け落ちた壁面へ土魔法が叩き込まれる。
石。
土。
圧縮。
固定。
壁が再形成される。
兵士たちが絶句する。
「……もう直してるのか?」
「いや……早すぎる……」
倉庫が燃えた。
しかし止まった。
さらに補修まで始まっている。
それは彼らの知る災害ではなかった。
“対処可能な事故”だった。
そこへフィリア王女が到着する。
白い息を吐きながら周囲を見る。
「被害は?」
物流教師が即答する。
「第三区画一部焼損」
「食料被害二割未満」
「薬草区画無事」
「通信機無事」
フィリアが目を見開く。
普通なら壊滅だった。
それが、この程度で止まっている。
ピーターが息を整える。
「……大丈夫です」
「完全には止めきれました」
フィリアは静かに頷く。
その時だった。
索敵教師の一人が膝をつく。
「……いました」
空気が変わる。
索敵魔法。
風。
熱。
魔力残滓。
足跡。
全てを読む。
教師が地面を指さした。
「三人」
「火属性一人」
「風属性一人」
「身体強化一人」
「西側へ逃走」
兵士たちがざわめく。
「もう分かるのか!?」
索敵教師は冷静だった。
「雪は痕跡が残りやすい」
「さらに風魔法使用者は周囲の空気流が乱れる」
「完全には隠せません」
ピーターも地面を見る。
焦げた布切れ。
靴跡。
そして。
「……貴族制式油」
フィリアの顔が変わる。
高級燃焼油。
一般人では入手できない。
つまり。
「貴族派……」
誰かが呟く。
沈黙。
兵士たちの空気が変わる。
今までは半信半疑だった。
教育。
物流。
治癒。
改革。
それらに反発する貴族はいた。
だが実際に“焼いた”。
それが現実になった。
その時。
マイク率いる防衛隊が到着する。
「状況は!?」
ピーターが振り返る。
「放火です」
マイクの顔が険しくなる。
周囲を見回す。
泣く物流員。
震える兵士。
焦げた壁。
だが。
食料は守られている。
死者もいない。
マイクは理解した。
「……止めたのか」
ピーターが頷く。
「はい」
マイクが小さく笑う。
「すげぇな、教師連中」
そこへ一人の老人が近づいてくる。
物流倉庫の管理人だった。
痩せた男。
以前は飢餓で死にかけていた。
その老人が、震える声で言った。
「……昔なら」
「全部終わってました」
誰も言葉を返さない。
老人は倉庫を見上げる。
「冬の食料が燃えたら、人は死ぬんです」
「盗まれたら終わりなんです」
「昔は、そうだった」
涙が零れる。
「でも今は違う……」
「守れた……」
それが全てだった。
“守れた”。
それだけで、この国は変わり始めていた。
フィリアが静かに言う。
「教育は、魔法を強くするためだけではありません」
「国を壊さないために必要なんです」
ピーターも周囲を見る。
兵士。
物流員。
教師。
農民。
皆、動いていた。
命令待ちではない。
自分で考え、動いている。
それがグロマールの作った循環だった。
その時。
索敵教師が再び口を開く。
「逃走先、判明しました」
空気が変わる。
教師の目は鋭い。
「西側旧街道」
「貴族領方面です」
マイクが笑う。
獰猛な笑みだった。
「……なるほどな」
「なら次は、こっちの番だ」
北風が吹く。
雪が舞う。
だが倉庫は燃え尽きなかった。
教育。
通信。
物流。
索敵。
魔法。
それらが繋がった時、人は“守る”ことができる。
ベルセリア王国は、少しずつ変わっていた。
もう、“燃やされて終わる国”ではなかった。




