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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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116/322

116話:反発

ベルセリア王国の冬は深い。


空から落ちる雪は静かだったが、人々の生活は静かではなかった。


街道脇には、かつて凍死した者を埋めた小さな石塚が並ぶ。飢え、病み、働けなくなった者から順番に消えていった国。


それが北方国家ベルセリアだった。


だが今、その空気が少しずつ変わり始めていた。


治癒院。


夜学。


魔導通信。


農地改革。


そして、“教育”。


それは貴族たちにとって、あまりにも危険な変化だった。


ベルセリア王都。


北方貴族会議。


重厚な石造りの会議室には、毛皮を纏った地方貴族たちが集まっていた。


暖炉の火が揺れる。


しかし空気は冷えていた。


「……平民に文字を教える?」


「魔法教育だと?」


「正気か」


「農民に魔力操作を教えるなど狂気だ」


「兵士が学問を持てば命令を疑う」


「奴らは従っていればいい」


苛立ち。


警戒。


恐怖。


その全てが混ざっていた。


彼らは理解していた。


教育とは、“力”だ。


読み書き。


計算。


記録。


通信。


それらを平民が覚えた瞬間、支配構造が変わる。


だからこそ、歴代貴族は学びを制限してきた。


老貴族バルクが机を叩く。


「王女殿下まで現場に出ていると聞く! 正気ではありませんぞ!」


別の貴族も続く。


「治癒院で働き、平民に混ざり、教育を行うなど王族の振る舞いではない!」


「しかも全属性魔法を扱っていると聞いた!」


「そんなもの前例がない!」


「危険すぎる!」


その時だった。


会議室の扉が静かに開く。


全員の視線が向く。


入ってきたのは、白い外套を羽織った少女。


ベルセリア王国第一王女。


フィリアだった。


後ろにはピーター。


さらに治癒教師ミリア。


護衛の教師たちも続く。


会議室の空気が張り詰める。


フィリアは静かに会議卓を見渡した。


かつてなら、この空気だけで萎縮していただろう。


だが今の彼女は違った。


治癒院で患者を抱え。


病人街で血と咳に塗れ。


夜学で文字を教え。


凍えた子供にスープを配ってきた。


現実を見た人間の目だった。


「お時間をいただきありがとうございます」


丁寧な礼。


しかし声は揺れていない。


老貴族バルクが睨む。


「王女殿下。なぜそのような危険思想に染まったのです」


フィリアは即答した。


「危険だからです」


空気が止まる。


「……何?」


「私は、危険を見ました」


フィリアは続ける。


「飢えを見ました」


「病を見ました」


「文字が読めず、薬の説明すら理解できない兵士を見ました」


「税を計算できず搾取される農民を見ました」


「子供が凍死する村を見ました」


静かな声だった。


だが重い。


「危険なのは教育ではありません」


「教育が無いことです」


老貴族たちの表情が歪む。


「綺麗事を!」


「平民に力を与えれば国が乱れる!」


「秩序が崩壊する!」


その時。


ピーターが一歩前へ出た。


彼は豪胆ではない。


威圧感もない。


大声で怒鳴るタイプでもない。


だが、今の彼には“積み重ね”があった。


病人街。


治癒院。


夜学。


泣く子供。


文字を覚えた兵士。


その全てが背中にあった。


「質問してもいいですか」


老貴族が眉をひそめる。


「……なんだ」


「文字を読めない兵士に、どうやって命令書を読ませるんですか?」


沈黙。


「それは部下が……」


「では部下が嘘をついたら?」


「……」


「薬瓶を読めない患者は、どうやって薬を使うんですか?」


「……」


「土壌を知らない農民は、どうやって畑を治すんですか?」


「……」


「飢えた民は、どうやって国を守るんですか?」


答えがない。


ピーターは淡々としていた。


責めているわけではない。


ただ現実を並べている。


それが逆に重かった。


バルクが苛立つ。


「理屈だ!」


「そんなものは理想論だ!」


「教育には時間がかかる!」


「平民に才能などない!」


その瞬間だった。


フィリアが静かに手を上げる。


空気が震えた。


淡い光。


水。


風。


火。


土。


闇。


光。


六色の魔力が空間に浮かぶ。


貴族たちが立ち上がる。


「なっ……!」


「全属性……!?」


「馬鹿な!」


フィリアは静かに言った。


「私は特別ではありません」


「教わっただけです」


その一言が重かった。


“才能があった”

ではない。


“教育された”


それだけ。


フィリアは続ける。


「魔力循環」


「魔力操作」


「魔力吸収」


「最初は私も理解できませんでした」


「ですが教わり、繰り返し、失敗し、覚えました」


彼女の視線が貴族たちへ向く。


「病人街の子供たちも同じです」


「兵士も同じです」


「農民も同じです」


「才能が無かったのではありません」


「教わっていなかっただけです」


老貴族の一人が震える声を出す。


「そんなことをすれば……平民が貴族に並ぶぞ……」


ピーターが答える。


「並びます」


即答だった。


空気が凍る。


しかしピーターは続けた。


「だから何ですか?」


「……」


「病を治せる人が増える」


「畑を治せる人が増える」


「物流を管理できる人が増える」


「文字を読める人が増える」


「それで困るのは誰ですか?」


言葉が刺さる。


誰も答えられない。


その時だった。


会議室の外で騒ぎが起きる。


兵士が飛び込んできた。


「た、大変です!」


「領主アルメイン様が倒れました!」


貴族たちがざわめく。


アルメイン。


反教育派の中心人物だった。


会議は中断され、一同は別室へ向かう。


豪奢な寝室。


そこでは太った中年貴族が苦しそうに呼吸していた。


顔色が悪い。


魔力循環が崩壊している。


ピーターが鑑定する。


肺炎。


高熱。


魔力停滞。


栄養異常。


かなり危険な状態だった。


周囲の貴族が叫ぶ。


「王都の治癒師を!」


「間に合いません!」


混乱。


その時。


フィリアが前へ出た。


「私がやります」


貴族たちが固まる。


「王女殿下!?」


フィリアは静かにアルメインへ触れる。


光属性。


治癒。


さらに水属性。


熱制御。


風属性。


呼吸補助。


土属性。


寝台固定。


光の粒子が部屋を包む。


汗が浮く。


フィリアはまだ未熟だった。


しかし彼女には“教導”があった。


後ろに立つピーター。


治癒教師ミリア。


何百人も治してきた現場経験。


それが支えていた。


数分後。


アルメインの呼吸が安定する。


貴族たちが呆然とする。


「た、助かった……?」


「馬鹿な……」


「王女殿下が……」


フィリアは静かに息を吐く。


そして言った。


「これが教育です」


「……」


「私は生まれつき治せたわけではありません」


「教わったんです」


「だから、他の人もできる」


老貴族たちは言葉を失っていた。


その時。


ピーターが静かに言う。


「俺たちは支配しに来たわけじゃありません」


「増やしに来たんです」


「治せる人を」


「守れる人を」


「考えられる人を」


暖炉の火が揺れる。


外では雪が降っている。


だがベルセリア王国は、少しずつ変わり始めていた。


病を治せる者。


文字を読める者。


学ぶ者。


教える者。


それが増え始めていた。


環境が変わる。


だから人が変わる。


グロマールが始めた循環は、遠い北の国でも、確かに広がり始めていた。







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