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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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113話:夜の教室

ベルセリア王国の夜は長い。


昼でも氷点下。


夜になれば、空気そのものが刃になる。


吐いた息は白く凍り、窓の隙間から入り込む風が、古びた建物を震わせていた。


それでも。


今夜の王都は、少し違った。


城下の古い倉庫。


かつて穀物庫だった場所。


そこに灯りが集まっていた。


土魔法で補強された壁。


氷風を防ぐ風障壁。


火属性魔法による暖炉。


中央には長机。


土魔法で作られた椅子。


石板。


筆記具。


そして。


大勢の大人たち。


兵士。


農民。


織工。


運搬夫。


寡婦。


老人。


元奴隷。


誰もが疲れた顔をしている。


けれど。


その目だけは違った。


期待している。


変わりたいと思っている。


ベルセリア王女フィリアは、その光景を静かに見つめていた。


「……こんなに集まるなんて」


隣に立つ女王エルザも驚いている。


「文字を学びたい者が、これほどいたとは……」


ピーターは教壇代わりの石台の前へ立つ。


緊張していた。


人前は得意じゃない。


昔の自分なら逃げていた。


でも今は違う。


グロマールがいた。


仲間がいた。


教える意味を知った。


だから。


震えながらも前を向ける。


「こ、こんばんは」


静まり返る教室。


ピーターは深呼吸する。


「今日は……夜の教室に来てくれてありがとうございます」


「まずは、先生たちの紹介をします」


後ろに並ぶ教師たち。


識字教師。


索敵教師。


農業教師。


魔力循環教師。


治癒教師。


派遣組は十人。


全員がグロマール領で教育を受けた人材だった。


最初に前へ出たのはリシェル。


索敵教師。


細身の女性。


冷静な目。


「リシェルです」


「索敵と探索を担当します」


「周囲を知ることは、生き残ることです」


兵士たちが真剣に聞いている。


次は大柄な男。


農業教師バルク。


「土を見る」


「それが農業の始まりだ」


「根性じゃ畑は育たねぇ」


農民たちが頷く。


今まで感覚だけだった。


でも。


この人たちは理論で話す。


次は治癒教師ミリア。


優しい女性だった。


「病気は呪いじゃありません」


「知識と治療で防げます」


その瞬間。


会場がざわついた。


病は運命。


神罰。


そう思われてきたからだ。


ピーターはそれを見ながら、ゆっくり言う。


「今日、一番大事なことを言います」


「皆さんは弱かったんじゃありません」


「教育が無かっただけです」


空気が止まった。


兵士たちが目を見開く。


農民たちも。


老いた男も。


痩せた女も。


全員が、その言葉を聞いていた。


ピーターは続ける。


「だから変われます」


「人は学べます」


「環境が人を育てるんです」


女王エルザは静かに息を飲む。


その思想は。


国そのものを変える。


ピーターは石板に円を書く。


「まずは魔力循環から始めます」


兵士たちがざわついた。


「魔法……?」


「俺たちが?」


ピーターは頷く。


「できます」


「魔力は特別な人だけのものじゃありません」


「皆、持っています」


「ただ使い方を知らなかっただけです」


彼は胸に手を当てる。


「呼吸してください」


「ゆっくり」


「吸って」


「流す」


「身体の中を巡らせるイメージです」


教室が静かになる。


大人たちが目を閉じる。


最初はできない。


当たり前だ。


でも。


ピーターの教導スキルが空気へ溶ける。


理解速度上昇。


集中力増加。


習得効率強化。


グロマールが研究し続けた教育魔法。


才能を増やすんじゃない。


理解しやすい環境を作る。


それが本質だった。


数分後。


一人の農民が驚いた声を上げる。


「……あったけぇ」


周囲が振り向く。


男の身体から、薄く魔力が流れていた。


魔力循環。


成功。


ピーターが笑う。


「そうです!」


「できてます!」


農民は泣きそうな顔だった。


「寒く……ない……」


ベルセリアでは。


寒さは死だった。


冬は毎年人が死ぬ。


凍死。


衰弱。


病。


でも。


魔力を薄く身体へ纏うだけで違う。


身体強化の初歩。


熱循環補助。


それだけで生存率が変わる。


会場が一気にざわつく。


「俺もやる!」


「教えてくれ!」


「本当に寒くねぇ!」


兵士たちも必死になる。


そして。


次々と成功者が出始めた。


フィリア王女は呆然としていた。


「こんな簡単に……?」


リシェルが静かに答える。


「教育です」


「今まで存在しなかっただけです」


ピーターはさらに続ける。


「次は魔力操作」


彼は掌に小さな水球を作る。


透き通る水。


ゆっくり浮いている。


「大事なのは量じゃありません」


「動かす感覚です」


兵士たちが集中する。


農民たちも。


子供のような目だった。


学ぶ喜び。


今まで知らなかった感情。


そして。


一人の少女が手を上げた。


織工の娘。


十七歳。


痩せた身体。


「……で、できた」


小さな水滴。


空中に浮かぶ。


教室が静まる。


水属性覚醒。


ピーターが目を見開く。


少女自身も震えていた。


「わ、私……魔法なんて……」


ピーターは優しく言う。


「才能が無かったんじゃありません」


「教わってなかっただけです」


少女は泣き出した。


周囲の大人たちも息を呑む。


魔法は貴族だけ。


そう思っていた。


違った。


環境が奪っていただけだった。


そこから識字教育が始まる。


識字教師たちが石板を配る。


「あ」


「い」


「う」


大人たちが必死に書く。


最初は歪む。


読めない。


間違える。


でも。


教導スキルが理解を支える。


兵士たちが次々と文字を覚える。


農民も。


織工も。


老人も。


フィリア王女は信じられない顔をしていた。


「早すぎる……」


ミリアが微笑む。


「人は学びたかったんですよ」


「ずっと」


ガルム兵長が文字を書く。


震える指。


それでも。


読める。


書ける。


男は静かに呟いた。


「俺は……無能じゃなかったのか」


ピーターは即答する。


「違います」


「教育が無かっただけです」


その瞬間。


ガルムの目から涙が零れた。


長年。


馬鹿と言われた。


兵士だから仕方ないと。


でも違った。


学べる。


人は変われる。


夜は更けていく。


外は吹雪。


極寒。


それでも。


教室の中だけは暖かかった。


火属性魔法だけじゃない。


希望があった。


学びがあった。


人が前へ進こうとしていた。


ベルセリア王国。


飢餓の国。


凍える国。


その片隅で。


今。


文明が始まろうとしていた。







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