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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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112/322

112話:読めない

ベルセリア王国の朝は早い。


まだ太陽も昇りきらない時間。


雪が降る訓練場で、兵士たちは槍を振っていた。


吐く息は白い。


地面は凍っている。


防寒具も足りない。


それでも兵士たちは動いていた。


生きるためだ。


北方国家ベルセリア。


魔物も多い。


盗賊も多い。


隣国との小競り合いも絶えない。


弱ければ死ぬ。


だから兵士たちは戦う。


だが。


ピーターは訓練場を見ながら、違和感を覚えていた。


兵士たちの動きが悪い。


連携が乱れている。


命令伝達が遅い。


索敵教師リシェルも眉を寄せていた。


「隊列変更が遅すぎます」


「何故でしょう」


ベルセリア兵長ガルムが苦い顔をする。


四十代。


傷だらけの男。


長年国境を守ってきた歴戦の兵士だった。


彼は少し迷ってから言った。


「……伝令が届かねぇんだ」


ピーターは首を傾げる。


「届かない?」


ガルムは頭を掻いた。


「文字が読める奴が少ねぇ」


空気が静まった。


ピーターは目を見開く。


「……え?」


兵士たちは気まずそうに目を逸らした。


ガルムが苦笑する。


「貴族じゃねぇからな」


「俺たちは剣を振れりゃいい」


「そう言われて育った」


ピーターは言葉を失う。


文字を読めない。


つまり。


命令書が読めない。


地図が読めない。


補給記録が読めない。


被害報告が書けない。


それはもう。


軍として致命的だった。


そこへ女王エルザとフィリア王女がやってくる。


フィリア王女は兵士たちを見るなり、驚いた顔をした。


「え……読めないの?」


兵士たちは俯く。


恥だった。


王女の前で認めたくない。


でも事実だった。


ガルムが低く言う。


「学校なんざ無かった」


「字を書けるのは貴族だけだ」


その瞬間。


ピーターは理解した。


ベルセリアが弱い理由。


寒さだけじゃない。


飢餓だけじゃない。


教育が止まっている。


だから全部止まる。


農業も。


物流も。


軍も。


国家そのものが。


ピーターは静かに言った。


「……教えます」


ガルムが顔を上げる。


「え?」


「文字を教えます」


兵士たちがざわついた。


「今さら……」


「俺たちみたいな年で……」


「無理だ」


ピーターは即答する。


「無理じゃありません」


「教育が無かっただけです」


その言葉に、フィリア王女が静かに目を見開く。


また同じだ。


農地と同じ。


人も壊れていたんじゃない。


教わっていなかっただけ。


ピーターは雪の上に土魔法で板を作る。


さらに石筆を生成。


兵士たちが驚く。


「机まで……」


「一瞬で……」


ピーターは微笑んだ。


「始めましょう」


兵士たちは困惑していた。


戦場では死を恐れない。


でも。


学ぶことは怖かった。


できなかったらどうする。


笑われたらどうする。


その不安を、ピーターは理解していた。


自分も弱かったから。


だから。


ゆっくり話す。


「大丈夫です」


「失敗していいんです」


「僕も最初は何もできませんでした」


その言葉に、兵士たちの表情が少し緩む。


ピーターは最初の文字を書く。


『あ』


土板へ、大きく。


兵士たちがじっと見る。


ピーターは言う。


「これは“あ”です」


「声に出してください」


兵士たちが戸惑いながら言う。


「あ……」


ピーターは頷く。


「そうです」


「できてます」


その時だった。


ピーターの魔力が静かに広がる。


教導スキル。


空気が変わる。


兵士たちの意識が集中していく。


理解速度が上がる。


記憶定着率が増加する。


グロマールが作り上げた教育技術。


才能ではない。


効率化。


学びやすい環境。


それが人を変える。


ピーターは次々と文字を書く。


兵士たちは真似する。


最初はぎこちない。


震えている。


でも。


少しずつ。


形になっていく。


フィリア王女が驚いた声を漏らした。


「……早い」


リシェルも目を見開いている。


「理解速度が異常です」


ガルムが石板を見つめる。


自分で書いた文字。


汚い。


曲がっている。


でも。


読める。


男は震えた。


「……読める」


「俺、読めるぞ……」


その瞬間。


周囲の兵士たちがざわつく。


「本当だ……!」


「書けてる……!」


「読める……!」


中には泣き出す兵士もいた。


ずっと馬鹿にされてきた。


貧民だから。


兵士だから。


文字なんか必要ないと。


でも違った。


必要だった。


知識は力だ。


フィリア王女はその光景を見つめながら呟く。


「……国が弱かった理由」


「これだったんだ」


ピーターは頷く。


「はい」


「読めないと、全部止まります」


「命令も」


「技術も」


「知識も」


「歴史も」


兵士たちは夢中で文字を書く。


雪の訓練場。


剣ではなく。


石筆を握る兵士たち。


それは奇妙な光景だった。


でも。


誰の目にも分かった。


これは強くなる。


本当の意味で。


ガルムが突然立ち上がる。


「隊列番号を書け!」


兵士たちが驚く。


ガルムは興奮していた。


「文字が読めりゃ伝令が早くなる!」


「補給管理もできる!」


「地図も読める!」


「戦争が変わるぞ……!」


その言葉に、リシェルが静かに呟いた。


「軍の質そのものが変わる」


ピーターは小さく笑う。


グロマールは言っていた。


教育は最強の武器だ。


本当にその通りだった。


剣より強い。


魔法より強い。


知識は、人を変える。


フィリア王女が兵士たちを見る。


彼らの目は違っていた。


今まで諦めていた目じゃない。


学ぼうとしている。


前へ進もうとしている。


それだけで国は変わる。


吹雪が続く。


寒さも消えない。


飢えもまだある。


それでも。


ベルセリアは少しずつ変わっていた。


痩せた土地に芽が出たように。


止まっていた人々の中にも。


確かな知の芽吹きが始まっていた。






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