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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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110/322

110話:痩せた畑

ベルセリア王国の空は重かった。


灰色の雲が空を覆い、吹き付ける風は皮膚を裂くように冷たい。


雪は止まない。


止む気配もない。


北方国家ベルセリア。


極寒。


飢餓。


慢性的食料不足。


それがこの国の現実だった。


王都から離れた北部農地。


かつて畑だった場所を前に、ピーターは足を止めた。


白い。


広大な土地が、雪と氷に覆われている。


農地なのに、人の気配がない。


農具もない。


笑い声もない。


ただ冷たい風だけが吹いていた。


その光景を見つめながら、ベルセリア女王エルザ=ベルセリアが静かに言う。


「ここは、昔は麦畑だったの」


声に力がない。


諦めが滲んでいた。


隣には王女フィリアが立っていた。


年齢は十六。


銀髪。


青い瞳。


美しい少女だった。


しかし痩せている。


頬が少しこけていた。


王族ですら満足に食べられていない。


ピーターはその事実に胸を締め付けられる。


フィリア王女は雪原を見る。


「毎年、少しずつ収穫が減っていきました」


「農民たちは努力しました」


「でも……何をしても育たなかった」


その言葉に、ピーターは静かに膝をついた。


土に触れる。


冷たい。


軽い。


死んだ土だ。


ピーターは目を閉じる。


鑑定。


魔力が流れる。


情報が脳内へ展開されていく。


土壌水分。

微生物量。

栄養残存率。

作物適性。

地熱循環。


そして。


結論。


ピーターの表情が変わった。


「……これは」


ダンが近づく。


「分かったか?」


ピーターは静かに頷いた。


「土壌死滅です」


その場の空気が止まる。


女王エルザが眉を寄せた。


「死滅……?」


ピーターは地面を指差す。


「土が壊れてます」


「寒いから育たないんじゃない」


「栄養循環が止まってる」


フィリア王女が息を呑む。


「そんなことが……」


ピーターはさらに鑑定を進める。


窒素。


極端不足。


リン。


ほぼ空。


カリウム。


致命的不足。


土壌内生命反応。


低下。


地熱循環。


停止寸前。


ピーターはゆっくり立ち上がった。


「この土地、長年同じ作物だけを作り続けましたね?」


女王が驚く。


「……なぜ分かるの?」


「土が叫んでるからです」


その言葉に、ベルセリア農民たちが顔を上げた。


ピーターは続ける。


「土地から奪うだけ奪って、戻していない」


「だから土が死んだ」


農民の老人が震える声で言った。


「戻す……?」


「そんなこと、考えたことも……」


ピーターは頷いた。


当然だった。


この世界には教育がない。


知識が継承されていない。


誰も知らなかった。


どうすれば土地が生きるのか。


グロマールは知っていた。


だから村は変わった。


ピーターは地面に手を置く。


「直せます」


即答だった。


女王エルザが目を見開く。


「……本当に?」


「はい」


「循環を戻せばいい」


その時。


後ろからリシェルが言った。


「周辺索敵完了。敵性反応なし」


魔導通信機が淡く光る。


遠距離通信。


各派遣組とも繋がっている。


ベルセリア兵たちは驚きを隠せない。


「本当に会話している……」


「こんな距離で……」


ピーターは通信を確認しながら言う。


「まず寒冷地向けに切り替えます」


「麦は効率が悪い」


「根菜類」


「芋類中心です」


フィリア王女が不思議そうに尋ねる。


「芋……?」


「寒さに強いんです」


「保存も効く」


「食料効率が高い」


「痩せた土地でも比較的育つ」


女王は静かに呟いた。


「……そんな作物が」


ベルセリアには無かった。


知らなかった。


だから飢え続けた。


ピーターはマジックバッグを開く。


中から大量の種芋を取り出す。


さらに乾燥肥料。


灰。


発酵素材。


ベルセリア農民たちが目を見開いた。


「そんな量を……」


「バッグに……」


ピーターは説明する。


「非生物は時間停止保存できます」


「腐りません」


ベルセリア兵たちがざわつく。


国家戦略級。


それが分かる。


物流革命。


保存革命。


兵站革命。


全部変わる。


ダンが前へ出る。


土属性魔法。


大地が揺れた。


凍った地面が砕ける。


深く。


広く。


硬い土が耕されていく。


農民たちが息を呑む。


「一瞬で……」


「畑が……」


ピーターは指示を飛ばす。


「灰を撒いてください!」


「家畜糞を混ぜます!」


「枯草も必要です!」


農民たちは困惑する。


「糞を畑に?」


ピーターは即答した。


「栄養です」


「捨てるから土地が死ぬ」


その瞬間。


女王エルザの顔が変わった。


理解した。


ベルセリアは長年、“戻す”という概念を失っていた。


奪うだけ。


削るだけ。


耐えるだけ。


だから全部痩せた。


土地も。


人も。


国家も。


フィリア王女は震える声で呟く。


「……私たちは」


「知らなかっただけなの?」


ピーターは静かに頷く。


「はい」


「教育が無かった」


「だから間違えた」


その言葉は優しかった。


責めない。


否定しない。


環境が悪かった。


だから壊れた。


ピーター自身がそうだった。


弱かった。


泣き虫だった。


自信が無かった。


でも。


環境が変わった。


教育があった。


支えてくれる人がいた。


だから変われた。


なら。


国も変われる。


ピーターは種芋を土へ置く。


フィリア王女がそれを真似する。


雪の中。


王女が膝をつく。


農民たちが驚く。


「王女様……!」


フィリアは小さく笑った。


「国を救うのでしょう?」


「なら、私もやります」


その姿を見て。


農民たちが動き始めた。


一人。


また一人。


止まっていた国が、少しずつ動き出す。


雪の中。


無数の手が土を触る。


死んだ畑へ。


希望を埋めていく。


女王エルザはその光景を見つめていた。


目に涙が浮かぶ。


「……畑に」


「人が戻ってる」


誰も信じなくなっていた。


農地を。


未来を。


生きることを。


でも今。


この雪の国で。


人々は前を向き始めていた。


ピーターは静かに空を見る。


吹雪は厳しい。


簡単には終わらない。


ベルセリアはまだ弱い。


それでも。


循環は始まった。


痩せた畑に。


凍った国に。


小さな命の流れが、確かに戻り始めていた。







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