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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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109/322

109話:北方の飢餓国

吹雪が視界を白く染めていた。


北方国家ベルセリア王国。


その名は各国で知られている。


極寒。

永久凍土。

長すぎる冬。


そして。


飢餓国家。


ゴーレムトラックの車輪が凍結した街道を軋ませる。


護衛用ゴーレムが周囲を歩き、索敵教師たちが風属性と光属性で周囲を探査していた。


ピーターは荷台から外を見つめる。


寒い。


身体強化を使っていても骨が痛むほど寒い。


息が白い。


空気が重い。


そして。


静かすぎた。


「……人の気配が少ない」


ピーターが呟く。


索敵教師のリシェルが静かに答えた。


「正確には、“動ける人”が少ないです」


「反応はあります」


「でも衰弱が酷い」


その言葉の直後だった。


吹雪の向こう。


人影。


道端に座り込んでいる。


いや。


倒れている。


ゴーレムトラックが停止した。


ピーターは飛び降りる。


雪を踏みしめ近づいた。


少女だった。


年齢は十歳前後。


痩せている。


頬が落ち、唇が紫色だった。


その隣には母親らしき女性。


動かない。


ピーターの顔が強張る。


鑑定。


栄養失調。

低体温。

肺病初期。

魔力欠乏。


そして。


衰弱。


ピーターは周囲を見る。


いる。


至る所に。


老人。

子供。

女。


皆、同じだった。


凍えている。


腹を空かせている。


生きる力が薄い。


ピーターの喉が震えた。


「……なんで」


「ここまで」


リシェルが静かに言う。


「物流崩壊」


「農地不足」


「燃料不足」


「教育不足」


「全部です」


ピーターは拳を握った。


昔の村を思い出す。


貧困。

病。

飢え。


助からないのが普通だった世界。


グロマールに出会わなければ、自分もこうなっていた。


少女が薄く目を開ける。


「……おなか……」


ピーターは即座に振り返った。


「マジックバッグを!」


護衛班が荷台から巨大なマジックバッグを降ろす。


保存食。

乾燥肉。

穀物。

野菜。

薬草。


グロマール都市から持ち込んだ支援物資。


ピーターは火属性で着火。


土属性。


地面が隆起する。


鍋。

器。

スプーン。


一気に形成されていく。


ベルセリア兵たちが目を見開いた。


「土魔法で……食器を?」


「そんな使い方が……」


ピーターは止まらない。


水属性。


巨大な水球。


火属性。


加熱。


沸騰。


乾燥肉を入れる。

野菜を入れる。

香草を砕く。


魔力操作。


均等に熱を通す。


香りが広がった。


温かい匂い。


久しく存在しなかった“食事”の匂い。


周囲の人々が顔を上げる。


子供たちが震える。


ピーターは叫ぶ。


「大丈夫です!」


「温かいスープがあります!」


その声に、人々が集まり始める。


最初は警戒していた。


信じられないのだ。


無料で食事を配る人間など、この国にはいない。


でも。


香りが勝った。


飢えには勝てない。


ピーターは土魔法で作った器にスープを注ぐ。


湯気が立ち上る。


肉。

野菜。

穀物。


魔力煮込みスープ。


栄養効率を極限まで高めたグロマール式。


少女に差し出す。


「熱いからゆっくりね」


少女は震える手で器を持った。


飲む。


その瞬間。


涙が零れた。


「……あったかい」


その言葉に、周囲の空気が揺れた。


老婆が泣く。


母親が崩れる。


子供たちがスープを抱えて飲み始める。


ベルセリア兵たちが絶句していた。


たった一杯のスープ。


それだけで。


人の顔が戻っていく。


ピーターはその光景を見ながら静かに息を吐いた。


その時だった。


胸の奥。


魔力が揺れる。


循環。


流れ。


優しい感覚。


突然、視界が変わった。


理解する。


アイテムボックス。


覚醒。


ピーターの周囲に淡い光が広がる。


リシェルが目を見開いた。


「……新能力?」


ピーターは 本能的に 手を伸ばした。


倒れていた老人。


光が包む。


消える。


周囲が騒然となる。


次の瞬間。


ピーターの意識の中。


巨大な空間。


暖かい。


風も雪もない。


寝台。

毛布。

保存食。


保護空間。


生物収納。


いや。


保護。


ピーターは息を呑む。


理解した。


非生物。


無限収納。

時間停止。


生物。


保護。

拘束。

捕縛。


グロマールと同系統。


でも違う。


ピーターのアイテムボックスは“避難所”だった。


ピーターは即座に動く。


「衰弱が酷い人から保護します!」


光が広がる。


次々と人々が消える。


老婆。

子供。

病人。


全員、アイテムボックス内部へ保護されていく。


ベルセリア兵たちが後退した。


「な……」


「空間魔法!?」


「違う……収納……?」


リシェルが静かに分析する。


「生物保護型」


「しかも内部環境安定」


「……とんでもない」


ピーターは止まらない。


鑑定。

治癒。

保護。

配給。


全部同時に動かす。


魔力循環。


グロマールに叩き込まれた技術。


魔力切れは起きない。


周囲の魔力を吸収し循環。


実質無限魔力。


吹雪の中。


ピーターだけが止まらなかった。


その姿を見ていた女性がいる。


ベルセリア女王。


エルザ=ベルセリア。


銀髪。


青白い肌。


疲弊した顔。


それでも美しい女王だった。


彼女は城壁の上からその光景を見ていた。


スープを配る少年。


泣きながら食べる民。


保護される子供たち。


女王の唇が震える。


「……救っている」


側近が苦しそうに言う。


「陛下」


「危険です」


「正体不明の勢力を……」


女王は静かに遮った。


「違う」


「分かる」


「彼らは支配に来たのではない」


その目には涙が浮かんでいた。


ベルセリアは長く苦しんだ。


奪われた。

騙された。

見捨てられた。


だから分かる。


本当に救う者は、最初に食事を配る。


権力を求める者は、最初に頭を下げさせる。


ピーターは違う。


子供を抱えている。


泣きながら治癒している。


女王は静かに呟いた。


「……環境が人を育てる」


「これがグロマールの答えか」


広場では人々がスープを飲み続けていた。


凍えた顔に、少しずつ色が戻る。


子供が笑った。


その笑顔を見た瞬間。


ピーターの胸が熱くなる。


昔。


救われたのは自分だった。


弱かった。

泣いていた。

何もできなかった。


でも。


今は違う。


今度は自分が救う側だった。


ピーターは空を見上げる。


吹雪はまだ止まない。


ベルセリア王国は壊れかけている。


飢餓。

病。

物流崩壊。

教育不足。


問題は山積みだ。


それでも。


彼は知っている。


環境が変われば、人は変わる。


グロマールが証明した。


だから。


今度は自分の番だった。


ピーターは再び鍋へ向かった。


「次のスープ作ります!」


「全員、食べられますから!」


その声は、極寒の国で初めて響いた“希望”だった。






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