7話 受容
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「......でも、話しておきたいことは、それだけじゃないんだ。」
エドは一度だけ息を整えた。
「僕、もう――魔法が使えない。」
その言葉に、部屋の空気が止まったように感じられた。
リラは、すぐには反応できなかった。
ただ、エドをみつめたまま、瞬きすら忘れたように動きを止める。
「......え?」
ようやくこぼれたのは、理解が追い付かないまま漏れた、小さな声だった。
エドは一度言葉を切り、静かに自分の手を見下ろした。
「昨日、目が覚めてから、何かがおかしいと思ってた。」
指を軽く握ったり、開いたりする。
見慣れた、自分の手。
けれど、以前とは決定的に違うものがあった。
「魔力が......感じられないんだ。」
リラの眉が、わずかに寄る。
「感じられない......?」
その言葉は、あまりにも当たり前すぎて、逆に意味をなさない。
光が見えない、音が聞こえない――そう言われるのとは、どこか違う。
魔力は、あるのが当然で、意識せずともそこにあると分かるもの。
それが感じられないとは、どういうことなのか。
理解が追い付かないまま、リラはエドを見つめる。
「何度やっても、駄目だった。風を起こそうとしても、何も起きない。魔力ってどんなものだったか、少しも思い出せないんだ。」
その説明を聞いた瞬間、リラの顔から血の気が引いた。
重ねた手に、ぎゅっと力が入る。
唇がかすかに震え、息を吸う音が小さく漏れた。
「そんな......」
それは否定でも疑いでもない。
ただ、あまりにも大きすぎる現実を前にした、かすかな悲鳴だった。
そのかすかに震える声に、エドはそっと首を横に振った。
「大丈夫。」
不思議なくらいに穏やかな声だった。
「最初に気づいたときは、さすがに驚いたけど......もう、受け入れてる。」
そう言いながら、自分でもそれが本心だと分かった。
もちろん、失ったものが小さいわけでは無い。
魔法は、ずっと当たり前にそこにあったものだ。
冒険者になる夢だって、その先に続いていた。
けれど――。
「無くなったものは仕方ないからさ。」
エドは小さく笑う。
その笑みには、諦めではなく、静かな決意があった。
リラはしばらく何も言わなかった。
ただ、目の前の息子を静かに見つめていた。
小さな体で、どれほどのことを受け止めたのだろう。
どれほど悩み、考え、この答えにたどり着いたのだろう。
胸は痛んだ。
できることなら、その重さを代わってやりたいと思う。
けれど同時に、誇らしくもあった。
目の前にいるのは、守られるだけの子供ではない。
自分の力で現実を受け止め、前に進もうとしている一人の人間だった。
リラはそっと微笑む。
「そう――。でも、強がらなくていいのよ。」
その声は、どこまでもやわらかかった。
「つらいときや苦しいときは、ちゃんと頼ってちょうだい。あなたはまだ、こどもなんだから。」
「......うん。」
エドは静かに頷いた。
胸の奥には、確かな温かさがあった。
受けれてもらえたという安堵、支えてくれる人がいるという安心。
それと同時に、どこか冷静な自分が、このやり取りを静かに見つめてもいた。
きっと、自分はこの言葉を求めていたのだろう。
不安を打ち明けたのも、失ったものを語ったのも、ただ事実を伝えただけではない。
どう言葉を選べば、相手が何を返してくれるか。
そんなことまで、どこかで分かってしまう。
どれほど歳を重ねても身につかなかった無邪気さを、
今の自分も、やはり持てないらしい。
そう思うと、胸の奥に、わずかな苦みが残った。
そんなエドの表情を見て、リラは優しく微笑んだ。
「もう遅いわ。もう寝ましょう。」
「うん」
エドは立ち上がり、小さく伸びをした。
心も体も、今日は随分と疲れていた。
「おやすみ、お母さん。」
「おやすみなさい、エド。」
その声に見送られ、エドは寝室へ向かう。
窓の外では、夜風がそっと木々を揺らしていた。
枝葉が触れ合うたび、さらさらと静かな音が闇に溶けていく。
淡い月明かりが窓辺に差し込み、床にやわらかな銀の帯を描いていた。
その光はゆれる葉陰と重なり、まるで水面のようにかすかに揺れている。
村はもう深い眠りの中にあった。
遠くで虫の声がしずかに響き、夜は何事もないように穏やかだった。
エドはその静けさに包まれながら、ゆっくりと目を閉じる。
このときは、まだ知らなかった。
明日が、いつもと同じ一日にはならないことを。
そしてそれが、自分のこれからを大きく変える始まりになることを。
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