75話 冒険者ギルド6
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静寂が落ちた。
先ほどまで聞こえていたざわめきが、どこか遠くへ行ってしまったようだった。
視線が痛い。
勢いだったとはいえ、初対面の相手に向かって言っていい言葉ではなかった。
まして相手は、どう見てもただ者ではない。
静寂に耐え切れなくなり、エドはこほんと咳ばらいをした。
「あ、あの......。」
喉が妙に乾いている。
目の前の男は何も言わない。
ただ、ふむ、と小さく顎へ手を当てた。
そしてエドを見た。
頭から、足先へ。まるで品定めでもするかのように、ゆっくりと視線が下りていく。
その視線には敵意も威圧もなかった。
だが妙な迫力がある。
長く生きた者だけが持つ重みというのだろうか。
見られているだけなのに、自然と背筋が伸びそうになる。
エドはごくりと唾を飲み込んだ。
改めてその男を見る。
鍛え上げられた体躯。
無駄のない立ち姿。
深い森の奥に根を張る古木のような存在感。
顔立ちも整っている。
年齢すら分からない。
歴戦の英雄と言われても納得できる。
むしろ、そのまま吟遊詩人の語る英雄譚に出てきそうな人物だった。
なのに。
やはり。
どう見ても、髪型だけがおかしい。
左右で束ねられた銀灰色の長髪が、筋骨隆々のおじさんにくっついているのはあまりにも強烈だった。
近くで見ると余計にそう思う。
髪そのものは美しい。
艶があり、よく手入れもされている。
結び方だって丁寧だ。
だが、それと似合っているかは別問題だった。
どうしてそうなった。
なぜ誰も留めなかった。
「あ、あの......。失礼しました。」
エドは素直に頭を下げた。
「その......。」
続く言葉が出てこない。
容姿を悪く言うつもりはなかった。
ただ、本当に驚いてしまっただけなのだ。
男はしばらくエドを見つめていた。
やがて、ふっと口元を緩める。
「いや。」
低く落ち着いた声だった。
不思議と耳に残る声。
「いいんだ。」
怒っている様子はない。
むしろ少し困ったような響きすらあった。
男は自分の髪の先を指で摘まんだ。
銀灰色の髪がさらりと揺れる。
「誰もなかなか言ってくれなくてね。」
その言葉に、周囲の空気がわずかに揺れた。
受付嬢が目を逸らす。
近くにいた職員も咳ばらいをした。
アイリーンは天井を見ている。
どうやら本当に誰も言わなかったらしい。
男は小さく肩を竦めた。
「むしろ感謝したいくらいだ。」
本人も自覚していたのか。
エドは思わず顔を上げた。
ならなぜ続けているのだろう。
そんな疑問が喉元までこみ上げる。
だが、それを口にする勇気はさすがになかった。
男は穏やかだった。
落ち着いていた。
強者の余裕も感じる。
だが、その穏やかさも、その威厳も、その存在感も。
揺れる銀灰色のツインテールが視界に入るたび、どうしても台無しになってしまうのだった。
「ギルド長。」
受付嬢が静かに声を掛けた。
男は軽く頷く。
「うん。」
それだけ答えると、彼はゆっくりと視線をアイリーンへ向けた。
先ほどまでの髪型の衝撃はそのままだったが、不思議なことに口を開いた瞬間だけはそんなものがどうでもよく思えてしまう。
場の空気が変わる。
「それよりも、その男だね。」
低く落ち着いた声が響く。
「長身で細身、全身を黒で固め、非常に高度な闇魔法を扱う。」
ギルド長は少しだけ目を細めた。
「それなら、おそらくアーテルだろう。」
「アーテル......。」
アイリーンが小さく呟く。
だが、その表情に覚えはない。
名前を聞いても何者なのか分からないらしかった。
ギルド長はそんな反応を見て頷いた。
「知らないのも無理はない。」
その声音に責める色はなかった。
「そもそも奴は人前へ姿を現さない。」
ゆっくりと言葉を続ける。
「目撃情報そのものが少ないんだ。」
受付嬢も黙って聞いていた。
「だが。」
ギルド長の声がわずかに低くなる。
「奴の名は、我々ような立場の人間なら一度は耳にする。」
その目が細くなる。
まるで遠い過去を見ているかのようだった。
「各地で起きた不可解な事件。」
「原因不明の集団失踪。」
「壊滅した盗賊団、滅んだ集落。」
「異常な魔物災害。」
淡々と並べられる言葉、その一つひとつが重い。
「その背後に奴の存在が疑われたことは、一度や二度じゃない。」
エドは息を呑んだ。
「もちろん。疑いだけで終わった案件も多い。」
ギルド長は続ける。
「証拠が残らないからね。」
そこで一度言葉を切る。
そして静かに告げた。
「だが、中には関与が確認された事件もある。」
周りの空気が張り詰めた。
「だから我々は知っている。」
ギルド長の視線が三人を順番に見渡す。
エド、アニタ、アイリーン。
「アーテルは危険人物という言葉では、本質を表せない。」
その声は静かだった。
静かだからこそ重かった。
「端的に言えば。」
一拍置く。
「人類の敵だ。」
しばらく誰も口を開かなかった。
ギルド長はそんな沈黙の中で、小さく息を吐く。
そして本心からの言葉を口にした。
「よく、生きて帰った。」
その一言だけで十分だった。
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