74話 冒険者ギルド5
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受付嬢はしばらく考え込むように視線を落としていた。
やがて小さく息を吐く。
「杖の特徴は一致しております。」
羽ペンを置いたまま顔を上げた。
「黒い石が埋め込まれた長杖など、そうそうあるものではありません。」
認識票の隣へ置かれた帳簿へ視線を落とす。
「確定とまでは申し上げられませんが、ほぼ間違いなく、その人物が所持していたものでしょう。」
そう言って軽く額を押さえた。
「困りましたね......。」
「何かあるのかい?」
アイリーンが尋ねる。
「実はその杖、王都へ輸送されていた品なんです。」
「王都へ?」
「あくまで私が聞いている範囲ですが。」
受付嬢は声を落とした。
「かなり貴重な品だったそうです。」
帳簿を指先でなぞる。
「王都の研究機関に調査依頼が出ていたとか。」
「へえ。」
アイリーンが眉を上げる。
「そんな代物だったんだ。」
「ですので、本来であれば回収できれば理想なのですが......。」
そこで受付嬢は言葉を濁した。
そして恐る恐るというように続ける。
「ちなみに、その人物を追跡するご予定などは......。」
「無理だね。」
即答だった。迷いは一切ない。
受付嬢が思わず口を閉じる。
アイリーンは腕を組んだ。
「あれは私なんかが出る幕じゃない。」
「私なんかって。」
受付嬢は苦笑する。
「アイリーンさんは超が付くほどのベテラン冒険者さんじゃないですか。」
「だからだよ。」
アイリーンは真顔だった。
「だから分かる。」
静かな声だった。
「死ぬ。」
受付嬢の表情が固まる。
酒場の喧騒だけが遠く聞こえていた。
「あの男と戦ったら、私じゃ何もできない。」
その場にいた誰も口を挟まない。
エドもアニタも黙っていた。
「あの時は向こうに殺す気が無かった。だから生きて帰れた。」
アイリーンは淡々と言う。
「仮に私と同じくらいの冒険者を何人集めたとしても、何もできずに全滅するよ。」
受付嬢が息を呑む。
その言葉には誇張が感じられず、ただ事実を述べているだけだった。
「......それほどなのですね。」
「ああ。」
アイリーンは頷く。
「少なくとも、私は二度と関わりたくない。出会いたくもない。」
しばし沈黙が落ちた。
やがて受付嬢はゆっくり頭を下げる。
「承知いたしました。」
職員としての顔に戻っていた。
「ご報告ありがとうございます。何より、ご無事で本当に良かったです。」
アイリーンは何も言わず、小さく頷いた。
「そいつは恐らくアーテルだ。」
不意に背後から声がした。
低く落ち着いた男の声だった。
エドは反射的に振り返る。
だが、その前にアニタが反応していた。
最初から気づいていたのかもしれない。
振り返ったまま、わずかに息を呑んでいる。
まるで巨大な魔獣でも目の前に現れたかのような緊張をしている。
何が見えているのかは分からない。
だが、アニタの表情から、その人物がただ者ではないことだけは伝わってきた。
男は数歩後ろに立っていた。
エルフらしい端正な顔立ち。
そして歴戦の戦士を思わせる逞しい体躯。
尖った耳の脇には古い傷跡が薄く走っている。
年齢を感じさせない整った顔立ちだった。
威圧しているわけでもないのに、目を合わせるだけで背筋が伸びる。
幾多の戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ重みが、そこにはあった。
広い肩、熱い胸板、華美な装飾は身に着けていない。
濃紺の外套に白いシャツ。その上から革製のベストを着込んでいる。
袖をまくった腕には太い筋肉が浮かび、節くれだった指には剣だこの跡が残っている。
腰には長剣。
だがそれは飾りではなく、そのまま戦場へ戻れると思わせる自然さがあった。
胸元には銀細工の徽章が留められている。
開いた本、一本の剣、二枚の金貨。
冒険者ギルドの紋章だった。
男が現れた瞬間から、周囲の空気が少し変わっていた。
職員たちも自然と背筋を伸ばしている。
受付嬢は立ち上がり、アイリーンですら姿勢を正していた。
ただ者ではない。
エドにもそれは分かる。
エルフらしい端正な顔立ち。
歴戦の戦士を思わせる体躯。
鋭い瞳。
隙の無い立ち姿。
まるで英雄譚から抜け出してきたような男だった。
エドは思わず見入る。
そして、その視線が、男の紙へ向いた。
腰まで届く銀灰色の長髪。
美しい。ここまではいい。問題はその先だった。
左右で束ねている。
左右で。
束ねている!?
エドの思考が数秒止まった。
英雄譚の主人公が途中で道を間違えたような髪型だった。
男は相変わらず威厳たっぷりに立っている。
受付嬢も背筋を伸ばしている。
周囲も緊張している。
「似合ってない髪型にもほどがあるわっ!!」
気が付けば叫んでいた。
腹の底から、全力で。
ギルド内の視線が一斉に集まる。
沈黙。
酒場の音が止まり、受付嬢も冒険者も固まる。
アニタは顔を覆う。
そして、その男だけが、
「む。」
と首を傾げた。
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