73話 冒険者ギルド4
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しばらくすると、先ほど受付嬢が入っていった扉が再び開いた。
「申し訳ありません、お待たせしました。」
受付嬢は小走りで戻ってくると、まず丁寧に頭を下げた。
その表情は先ほどまでと変わらず穏やかだったが、どこか少しだけ緊張しているようにも見える。
「まず、ゴブリンの巣掃討の件ですが。」
席へ腰を下ろしながら続ける。
「ご対応およびご報告、ありがとうございます。」
羽ペンを取り上げ、帳簿を開く。
「内容を確認したところ、後方の依頼掲示板へ出されている案件と一致する可能性が高いと判断されました。」
さらさらと文字を書き込みながら説明した。
「正式な照合と確認が必要になりますので、報酬につきましては後日のお渡しとなります。」
「どれくらいかかりそう?」
アイリーンが尋ねる。
「数日ほどですね。」
受付嬢は答えた。
「ただ、皆さまは旅の途中とのことですので。」
顔を上げる。
「急ぎのご予定がございましたら、そちらを優先していただいて構いません。」
「ああ、そう。」
アイリーンは頷いた。
「私たち、この後は王都へ向かう予定なんだ。」
「王都ですか。」
「うん。だから報酬が出るなら向こうのギルドで受け取れるようにしてもらえる?」
受付嬢はすぐに頷く。
「かしこまりました。」
羽ペンを走らせる。
「では王都バンダルワン支部との連携手続きも行っておきますね。」
「助かるよ。」
受付嬢は帳簿へ最後の一文を書き込み、一度ペンを置く。
「それと、もう一点。」
そう言って視線を上げた。
「ゴブリンの巣を掃討された際、他の被害者の荷物などは確認されましたか?」
「ああ。」
アイリーンは頷く。
「洞窟の奥に雑多に積まれてたよ。」
昨日の光景を思い出すように視線を上へ向けた。
「袋や荷箱、武器なんかもあったね。」
「触れましたか?」
「いや。」
首を振る。
「自分たちの荷物を探す以上のことはしていないよ。」
少し肩を竦める。
「他人の荷物に勝手に手を出すのもまずいからね。」
「ありがとうございます。」
受付嬢は小さく頷き、ほんの一瞬だけ言葉を選ぶように視線を落とした。
「その中に――。」
一拍。
「杖のようなものはありませんでしたか?」
アイリーンの眉がわずかに動く。
「杖?」
「はい。」
受付嬢は静かに頷く。
「先端に黒ずんだ石が埋め込まれた長い杖です。」
その瞬間だった。
エドの心臓がどくりと跳ねた。
隣ではアニタも小さく息を呑む。
脳裏へ蘇ったのは、洞窟の最奥で見つけた杖ではない。
その杖を持っていた男だった。
不気味な男。
アニタが本気で探知しなければ存在に気付くことさえできなかったほどの闇魔法の使い手。
全身を黒い装束で覆い隠し、背は高いが痩せぎすな体格。
湿った泥が耳元を這うような、不快な声。
そして何より――。
『よく吾輩を見れたねぇ。』
あの気味の悪い笑み。
思い出しただけで背筋が冷たくなる。
アニタも同じことを思い出したのだろう。
隣で表情が強ばっていた。
受付嬢は二人の様子に気付いたのか、わずかに眉をひそめる。
「何か心当たりが?」
静かな問いだった。
その前に。
「そのことで、重要な報告がある。」
アイリーンが口を開いた。
先ほどまでの軽い調子は消えている。
真剣な表情だった。
受付嬢も空気の変化を感じ取ったらしい。
無言で頷き、羽ペンを構える。
「聞かせてください。」
アイリーンは一度だけ息を吐いた。
そして言った。
「その杖を持っていた人間と遭遇した。」
受付嬢の羽ペンが止まる。
「人間......ですか?」
「ああ。」
アイリーンは頷いた。
「まず、洞窟の奥でゴブリンシャーマンたちを倒した後、盗まれた荷物を探した。」
アイリーンは何かを思い出すかのようにカウンターを指でとんとんと叩く。
「荷物は割とすぐ見つかったんだ。」
そこで一度言葉を切った。
「でも違和感があった。」
受付嬢は黙って続きを待つ。
「たかがゴブリンが、気配も感じさせずに荷物を盗めるだろうかってね。」
アイリーンは肩を竦めた。
受付嬢の眉が僅かに寄る。
「だから改めて索敵したんだ。」
アイリーンの声が低くなる。
「そしたら居た。」
受付嬢の羽ペンは止まったままだ。
「洞窟の奥に。」
酒場の喧騒が妙に遠く感じられた。
「やたらと不気味な男だったよ。」
アイリーンは顔をしかめる。
「あれだけの闇魔法は初めて見た。」
エドは無意識に拳を握った。
あの男を思い出す。
背筋に冷たいものが走る。
「全身真っ黒だった。」
アイリーンはゆっくり説明する。
「頭は黒い布で覆ってた。黒い革製の鎧に、黒い手袋。そして黒いマント。」
受付嬢の表情が少しずつ硬くなっていく。
「背は高い。手足も長い。でも、異様なほど痩せてた。」
エドの脳裏にもあの姿が浮かぶ。
「顔は少ししか見えなかったけどね。」
アイリーンは小さく息を吐く。
「魚みたいにぎょろっとした目をしてた。」
受付嬢は無言だった。
「そいつが持ってたんだよ。黒い石の付いたやたらと長い杖をね。」
沈黙。
受付嬢の指先が僅かに強張る。
「その男は......?」
ようやく絞り出すように尋ねた。
「逃げられた。」
そして首を横に振る。
「いや。」
少し考えて訂正する。
「見逃された、が正しいかな。」
受付嬢の目が細まる。
「見逃された?」
「ああ。」
アイリーンは真顔で言った。
「気が付いたら私ら三人、自分で自分の首を絞めてた。」
受付嬢の顔色が変わる。
エドはあの感覚を思い出していた。
身体は動く。意識もある。
それなのに止められない。
まるで、自分の身体だけ他人のものになったような感覚。
「本気で殺そうと思えば殺せただろうね。」
アイリーンは淡々と言った。
「首が絞まるほどの力じゃなかった。だけど、身体が動かせなかった。」
そして続ける。
「私らが必死に自分の首を絞めてる横をさ。そいつは堂々と歩いて行ったよ。」
少し自嘲気味に笑う。
誰も止められなかった。
誰も追えなかった。
でも、それでよかった。
「だから私はあの杖はそいつの物だと思ってたよ。あまりにもお似合いだったからね。」
受付嬢はしばらく黙っていた。
「参考になるかは分からないけど、そいつ人に姿を見られるのは数年ぶりとか言ってたね。」
アイリーンは小さく息を吐いた。
アイリーンの言葉が終わる。
受付カウンターの向こう側で、受付嬢はしばらく動かなかった。
羽ペンを握ったまま。
書きかけの帳簿へ視線を落とした。
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