72話 冒険者ギルド3
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受付嬢は深く息を吐いて、改めて羽ペンを持ち直した。
「し、失礼しました。」
「いや、普通そうなるよ。」
アイリーンは笑う。
それからアニタの肩へ軽く手を置いた。
「まず、このアニタちゃん。」
突然名前を呼ばれたアニタがぴしりと背筋を伸ばす。
「王都の学校を受験しに行く途中なんだけどね。」
「はい。」
「魔法の才能は本物だよ。」
受付嬢が視線を向ける。
アニタは少し居心地悪そうに肩をすくめた。
「少なくとも、ただ守られるだけの子じゃない。」
アイリーンは続けた。
「今回も何度も助けられた。」
アニタの耳が少し赤くなる。
「それで、こっちがエドくん。」
今度は親指がエドを指した。
嫌な予感がした。
「魔法は得意じゃないんだけど。」
やっぱり始まった。
「その代わり頭の回転が異常に速い。」
「いや、そんな――」
「遠慮しなくていい。」
即座に遮られる。
受付嬢が興味深そうにエドを見る。
「今回も色々と驚かされたよ。だからね。」
受付嬢へ向き直る。
「護衛対象とは言っても、普通の子供を危険な場所へ連れて行った。というわけではないんだよ。」
そこで一拍置く。
「まあ、連れて行ったというか勝手についてきたり勝手に走り去ったり私の想定を超える行動ばっかりだけど。」
エドは思わず視線を逸らした。
その点については否定できない。
「それで、話を戻すんだけど。」
アイリーンは受付嬢へ人差し指を向けた。
「今度はリアクションを押さえながら聞いてね。」
「は、はい。」
受付嬢は姿勢を正した。
乱れた書類を整え、羽ペンを持ち直す。
今度こそ話を最後まで聞こうという姿勢だった。
アイリーンは満足そうに頷く。
「まず、闇魔法で気配を消したゴブリンに荷物を盗まれた。」
羽ペンが止まる。受付嬢の眉が一瞬だけぴくりと動いた。
「で、その痕跡を見つけたのがこの二人。」
アイリーンは親指でエドとアニタを示した。
「そしたら今度は二人が勝手に森へ走り出しちゃってね。」
じろり。
視線が向く。
エドとアニタは同時に慌てて目を逸らした。
「私は慌てて追いかけた。追った先でゴブリンの巣を発見。」
地図へ指を置く。
とん、と軽く叩いた。
「場所は大体この辺りだね。」
受付嬢は羽ペンを走らせる。
「それで?」
「洞窟の入口で待ち伏せした。」
アイリーンは続けた。
「出入りするゴブリンを順番に潰して数を減らしたんだ。」
「三人で、ですか?」
「うん。」
さらりと答える。
「最終的にはほとんどをそこで殲滅できた。」
受付嬢の羽ペンが一瞬止まるも口は挟まない。
「でも肝心の荷物が見つからなかった。」
アイリーンは肩を竦める。
「だから洞窟の奥へ進むことにしたんだよ。」
「それはさすがに危険すぎませんか?」
「もちろん。」
即答だった。
「だけど荷物は旅の継続に関わる重要品だった。」
そしてエドとアニタを見る。
「それに、この二人なら行けると判断した。」
静かな声だった。
「少なくとも足手まといになるような子供じゃない。」
アニタが少しだけ照れくさそうな顔をする。
エドも居心地が悪かった。
褒められているのだろうが、本人たちの前で言われると落ち着かない。
「洞窟の最深部で待っていたのはゴブリンシャーマンが一体と、装備を整えたゴブリンが二体。」
「ゴブリンシャーマン......。」
受付嬢が小さく呟く。
「それも討伐した。」
アイリーンは淡々と言った。
「だからゴブリンの巣は完全攻略で、盗まれた荷物も回収済み。」
一息吐く。
「ここまでで一区切り。」
受付嬢が顔を上げる。
「一区切りですか?」
「うん。」
アイリーンは頷いた。
「分かりました。少々お待ちください。」
そう言うと、彼女は席を立った。
受付カウンターの奥へ向かい、資料棚へ手を伸ばす。
並んだ帳簿の中から、一冊の分厚い本を取り出した。
革表紙は何度も開かれたらしく角が擦り切れている。
受付へ戻ると、それをカウンターの上へ置いた。
どさり。
思った以上に重い音がした。
受付嬢は本を開きぱらぱらと頁をめくる。
羽ペンで書かれた文字がびっしり並んでいた。
やがて、受付嬢の指が止まった。
「あ、ありました。」
開いた頁を指差す。
「こちらですね。」
アイリーンも身を乗り出した。
「ゴブリン被害と思われる旅人襲撃事案。および周辺で活動するゴブリン集団の捜索依頼です。」
受付嬢は記載内容を読み上げる。
「ここ一か月ほど、この街道周辺で旅人の行方不明や荷物の盗難が複数件報告されています。」
そう言いながら地図へ目を落とした。
「場所もほぼ一致していますね。」
受付嬢の指がアイリーンの示した地点をなぞる。
「おそらく間違いないでしょう。」
そして顔を上げた。
「アイリーンさんたちが発見・討伐したゴブリンの巣は、この依頼の対象だった可能性が高いです。」
「やっぱりか。」
アイリーンは納得したように頷く。
受付嬢は帳簿へさらさらと追記を書き込む。
羽ペンの先が紙を走る音だけが数秒続いた。
「......。」
無言で最後の一行を書き終えたところで。受付嬢の視線がふとカウンターの上へ向いた。
そこに置かれている金属製の認識票。
受付嬢は認識票を手に取り、改めて刻まれた文字を見つめる。
その表情がわずかに変わった。
受付嬢は認識票と帳簿を見比べる。
「少し確認したいことがありますので、お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「ん?」
アイリーンが首を傾げた。
「構わないけど。」
「ありがとうございます。」
受付嬢は丁寧に頭を下げる。
そして認識票を手にしたまま立ち上がった。
椅子が小さく軋む。
そのまま受付カウンターの奥へ回り込み、並んだ資料棚の間を抜けて行く。
そして奥の木製扉を開け、中へ入っていった。
受付には一瞬静けさが戻った。
エドは何となく認識票が消えた場所を見つめる。
ただの確認にしては、少し慌ただしかった気がした。
隣ではアイリーンも腕を組みながら扉を眺めている。
「......なんだろうね。」
アニタも隣で小さく呟いた。
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