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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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71話 冒険者ギルド2

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受付カウンターの向こうに立っていたのは、二十代半ばほどに見える若い女性だった。


濃紺の制服は皺ひとつなく整えられている。

白いブラウスの上には金縁の入ったベスト。

胸元には冒険者ギルドの徽章が留められていた。


開いた本。

一本の剣。

そして二枚の金貨。


先ほど外で見た看板と同じ紋章だった。


艶のある栗色の髪は後ろでまとめられている。

長い前髪が頬の辺りへ柔らかく流れ、その下には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

次々と訪れる冒険者たちを相手にしているはずなのに、その表情に疲れた様子はない。


書類へ目を落とし、羽ペンを走らせ、報告へ耳を傾ける。

その一つひとつの動作は無駄がなく、慣れたものだった。


腰には小さな革製のポーチ。

中には印章や筆記具が収められているらしい。

剣も鎧ももっていない。


だが、この人もまたギルドを支える一員なのだろう。

冒険者たちが持ち帰った情報。

依頼の管理。

報酬の支払い。


そうした仕事を担う者がいてこそ、この巨大な組織は成り立つのだ。


「どうも。護衛依頼の中間報告に来たよ。」

アイリーンが気軽な調子で声を掛ける。


受付嬢は顔を上げた。

そして、ぱっと表情を明るくする。


「あ、アイリーンさん。」

椅子から軽く立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「ご無沙汰しております。」

その声音には親しみが混じっている。


「今日は中間報告ですね。いつも情報提供ありがとうございます。」

「ちなみに、こっちの子たちが護衛対象ね。」


アイリーンが親指でエドとアニタを示した。

受付嬢は二人へ視線を向ける。

そして柔らかく微笑んだ。


「あら。」

目を細める。


「また可愛らしい子たちですね。」

アニタが少し照れたように背筋を伸ばした。


「楽しそうな旅路で羨ましいです。」

「楽しいだけならよかったんだけどね。」

アイリーンは苦笑した。


「今日はちょっと重めの報告なんだ。」

その言葉に受付嬢の表情が変わる。

微笑みは消えていない。

だが、仕事の顔になった。


「できれば周辺の地図を持ってきてくれる?」

「承知しました。」

受付嬢は即座に頷く。


椅子を引き、カウンターの下へ手を伸ばした。

ごそり、と紙の擦れる音。

取り出されたのは大きく折り畳まれた羊皮紙だった。


慣れた手つきで広げる。

ぱさり。

北ビーワ周辺の地図がカウンターいっぱいに広がった。


街道や湖。周辺の森、村や集落まで。

見なれない地名が無数に書き込まれている。


「はい。」

受付嬢は羽ペンを手に取った。


「お伺いします。」

その声音は先ほどまでとは違う。

雑談ではなく、正式な報告を受ける担当者の声だった。


「まず、途中までは順調だった。」

アイリーンが地図へ目を落とす。


「野盗も魔獣もなし。平和な旅だったよ。」

指が地図の上を滑る。


「ただ、昨日。この辺りで旅人の死体を見つけた。」

とん、と一点を叩いた。

受付嬢の視線がそこへ落ちる。


「街道から少し外れた草原ですね。」

羽ペンがさらさらと走る音。


「うん。」

アイリーンが頷いた。


「死体はバイエナに荒らされてた。」

エドは思わず昨日の光景を思い出した。


腐臭、死体を食い荒らす魔獣、白く覗いていた骨。

胃の奥が少し重くなる。


「荷物がなくなってたからね。」

アイリーンは続ける。


「調べた感じ、ゴブリンに襲われた可能性が高い。」

そう言って腰の革袋から金属製の札を取り出した。


かちり。

認識票がカウンターへ置かれる。

受付嬢はそれを手に取った。


「ヴェン......さん、ですね。」

読み上げながら視線を落とす。


そして、

「ヴェン......?」

ほんのわずかに眉が動いた。


何かに引っかかったような反応だった。

だが、それは一瞬だけだった。


「失礼しました。」

すぐに表情を戻す。

認識票を丁寧に机へ置いた。


「続けてください。」

アイリーンは地図の上へ視線を落としたまま話を続けた。


「で、問題はそこからなんだ。」

受付嬢が羽ペンを構える。


「はい。」

「死体を焼いてる間にさ。」

アイリーンは苦笑した。


「私らもゴブリンに荷物を盗まれちゃってね。」

羽ペンが止まった。


「......はい?」

受付嬢が顔を上げる。

そして数秒の沈黙。


「アイリーンさんがですか!?ゴブリンに!?」

思わず声が大きくなった。


周囲の職員が何事かとこちらを見る。

アイリーンは慌てて手を振った。

「ああ、いやいや。私じゃない。」


受付嬢がぱちぱちと瞬きをする。

「え?」

「正確には、このアニタちゃんの荷物。」


親指でアニタを示した。

アニタは突然話を振られ、びくりと肩を跳ねさせる。


「それで、盗まれた原因がちょっと特殊でね。」

アイリーンは頭を掻いた。


「闇魔法を使われた。」

今度は受付嬢が固まる番だった。


「ゴブリンが、闇魔法......?」

「うん、そう。」


受付嬢の目が大きく見開かれる。

「ゴブリンが闇魔法を使ったんですか!?」

「使った。」

即答だった。


「ま、待ってください。」

受付嬢は混乱した様子で手を上げる。


「死体処理にその子たちも同行していたんですか?」

「してた。」

「そのうえでゴブリンが闇魔法を?」

「そう。」

「しかも荷物を盗まれた?」

「盗まれた。」


確認するたびに話がおかしくなっていく。

受付嬢はとうとう額へ手を当てた。


「......情報量が多いですね。」

「私もそう思う。」


アイリーンはしみじみと頷いた。

その様子にエドは少しだけ同情した。


「あー、うん。」

アイリーンは苦笑しながら頭を掻く。


「まだまだ驚く話になるからさ。」

そう言って地図を指で叩いた。


「順番に説明しよう。」

受付嬢はこほん、と咳払いをする。


前のめりになっていた身体を引き戻し、姿勢を正した。

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