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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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67話 北ビーワ5

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エドは川から上がった。


朝の空気が濡れた肌を撫でる。

冷たいはずなのに、不思議と心地よかった。


岩の上に広げていた服を手に取る。


――まだ乾いてない。


指先にじっとりとした感触が伝わった。

軽く絞ってみるが、大して変わらない。

仕方なく、そのまま服を身に着ける。


ひやりとした布が肌へ張り付き、思わず顔をしかめた。

「うわ......。」


気持ち悪い。

だが着ないわけにもいかない。


後でアニタに頼んで乾かしてもらおうと。

エドは服の裾を引っ張りながら小さく息を吐いた。


ふと振り返る。

川の中央付近では、アイリーンがまだ水面に浮かんでいた。

両手を広げ、仰向けになったまま、ぷかぷかと流れに身を任せている。


まるで巨大な木の葉だ。

気持ちよさそうだった。

その姿を見ていると、先ほどのやり取りまで思い出してしまう。


思い出すだけで恥ずかしい。

あれは完全に失言だった。

これ以上見ていて、また何か言われるのも嫌だ。


エドは慌てて視線を逸らした。

そして足早に野営地の方へ戻っていった。

朝日に照らされた草原には、まだ夜露が残っていた。


野営地へ戻ると、すでにアニタは起きていた。

焚き火の傍らにしゃがみ込み、小鍋をかき混ぜている。

立ち上る湯気が朝の空気へ溶けていく。


野草のスープ、干し肉、そしてパン。

質素な朝食だったが、香草の匂いが鼻をくすぐり、空っぽになった腹を刺激した。


「おはよう、アニタ。」

声を掛ける。


アニタは振り返り、ぱっと表情を明るくした。

「おはよ!」


そしてエドの濡れた髪と服を見て目を丸くする。

「水浴びしてきたの?」

「うん。」

「いいなぁ。」


羨ましそうな声だった。

「私も後で行こうかな。」

「そうするといいよ。」


エドは頷く。

そして服の裾を引っ張った。

まだ濡れている。

肌に張り付く感触が気持ち悪い。


「あ、それと悪いんだけど。」

「ん?」

「服を乾かしてくれないかな。」


アニタはにやりと笑った。

「まかせて!」


そう言って両手をエドへ向ける。

次の瞬間だった。


服に染み込んでいた水が、まるで生き物のように動き始める。

布の繊維から引き抜かれるように集まり、中空でひとつの水球になった。


ぷるり、と震える。

それはゆっくりエドの身体から離れ、

べしゃり。


草の上へ落ちて弾けた。

服の重さが一気に軽くなる。


「おお。」

エドは思わず感嘆の声を上げた。

何度見ても感心する。


「ありがとう。」

「えへへー。」

アニタは得意げに胸を張る。


「さすがだね。」

そう言うと、さらに期限が良くなったようだった。


その時。

「おはよう、アニタちゃん!」

後ろから元気な声が飛んできた。


振り返るとアイリーンが立っていた。

濡れた髪を後ろへ流しながら歩いてくる。


「アイリーンさん!おはようございます!」

アニタも元気よく挨拶を返した。


昨日の出来事が嘘だったかのような光景だった。

洞窟。ゴブリン。そして、あの男。


あれほど嫌な出来事だったのに。

今は香草の匂いがして、焚き火が燃えていて、仲間たちが笑っている。


エドは小さく息を吐いた。

確かに、いつまでも引きずってはいられない。

少し離れた場所では、ガイウスが黙々と荷物を整理していた。


相変わらず無口だ。

だが、その姿を見ていると妙な安心感があった。


みんなで焚き火を囲みながら朝食を取っていると、不意にアイリーンが口を開いた。

「じゃあ、昨日言った通り、私は今日ギルドに報告へ行くからさ。」


野草のスープを一口飲みながら続ける。

「エドくんとアニタちゃんは適当に街でも回ってなよ。」


北ビーワの冒険者ギルド。

その言葉に、エドの手がわずかに止まった。


冒険者ギルド。

冒険者たちが集まる場所。

依頼が張り出され、報酬が支払われ、情報が集まる場所。


魔物討伐、護衛依頼、遺跡調査、

未踏地の探索、希少資源の発見、物流支援。


いつか自分も所属したいと思っている場所。

まだ見ぬ冒険へ繋がる入口。

エドにとっては憧れの場所だった。


気付けば口が動いていた。

「それ、僕も行っていいですか?」


アイリーンがぱちりと瞬きをする。

「ん?」

「あ。」

隣のアニタも顔を上げた。


「私も行きたい!」

勢いよく手を挙げる。


アイリーンは少しだけ考え込むように顎へ手を当てた。

「別に構わないけど。」


そう言いながらエドを見る。

「ギルドなんて退屈だよ?」

「それでも見てみたいです。」


即答だった。

アイリーンは数秒だけ目を丸くし、やがて苦笑する。


「あー。」

何となく察したらしい。


「うん。じゃあ一緒に行こう。」

その言葉に、エドの胸が少しだけ高鳴った。


冒険者ギルド。

本物を見るのは初めてだった。


「ついでにギルド登録もしちゃおうか。」

アイリーンが何でもないことのように言った。

エドは固まる。


「えっ。」

思わず聞き返した。


「いいんですか!?」

声が裏返る。

アイリーンはそんな反応を見て笑った。


「いいよ。」

スープを一口飲んでから続ける。


「本来は子供だけで受付に行っても断られることが多いんだけどね。」

「そうなんですか。」

「そりゃそうさ。」


冒険者は危険な職業だ。

当然と言えば当然だった。


「でも今回は私の推薦ってことにしておくよ。」

エドは目を見開く。


推薦。

その言葉の重みを理解する。

アイリーンはベテラン冒険者だ。

その彼女が保証人になってくれるということだろう。


「ありがとうございます!」

思わず身を乗り出した。

胸の奥が熱くなる。


「そんなに嬉しい?」

アイリーンが少し面白そうに笑う。


「はい!」

今度は迷わず答えた。


その様子を見ていたアニタが、くすりと笑う。

「よかったね、エド。」

「うん。」


自然と頬が緩んでいた。

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