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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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65話 北ビーワ3

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夜、エドとアニタは荷台の上で毛布に包まりながら横になっていた。

少し離れた場所から、川のせせらぎが聞こえる。

ぱちり、ぱちりと薪の爆ぜる音。

時折聞こえるウーマの鼻息。

見上げれば夜空には星が広がっていた。


「ねえ、エド。」

暗闇の中でアニタが声を掛けてきた。


「どうかした?」

少し間が空く。


「私、ちゃんと試験に合格できるかな。」

エドは瞬きをした。

今さらそんなことを言うとは思わなかった。


「大丈夫だよ。」

そう答えてから聞き返す。


「どうしてそう思ったの?」

毛布が少しだけ動く。

その下でアニタが身じろぎをしたのだろう。


「だって。」

小さな声だった。


「なんにもできなかった。荷物は盗まれちゃうし、あの男の人にだって少しも抵抗できなかった。」

エドは目を閉じる。


洞窟の奥。

あの男の笑みが脳裏に浮かんだ。

気付けば自分で自分の首を絞めていた。


いつ近づかれたのかもわからない。

気配すら感じられなかった。


立ち向かうことも。

追いかけることすら。


何一つできなかった。

あの場にいた誰もが同じだった。


だからだろうか。

アニタの声には、悔しさが混じっているように聞こえた。


試験が不安なのではない。

自分の力が足りなことが、不安なのだろう。


「大丈夫だよ、アニタ。」

エドは静かに言った。


夜空を見上げる。

無数の星が瞬いていた。


「あの場にいた誰もが同じだったと思う。」

「......。」

「僕も、アイリーンさんも。」


少しだけ言葉を探す。

洞窟の中で見た光景を思い返す。


あの男の笑み。

ねっとりと耳にまとわりつく声。


もし相手にその気があったなら。

あの場で誰かが死んでいても、おかしくなかった。


「正直、僕たちがどうこうできる相手じゃなかったと思う。」

アニタは何も言わない。

ただ、毛布の擦れる音だけが聞こえた。


「でも、誰も死ななかった。」

川のせせらぎが静かに流れる。


「荷物も取り戻せたし、みんな無事だった。」

焚き火の明かりが荷台の縁を赤く照らしていた。


「それだけでも十分すごいことだと思う。」

しばらく沈黙が続く。

やがてアニタがぽつりと呟いた。


「そうかな。」

「そうだよ。」

エドは迷わず答えた。


そして少し笑う。


「それに、僕たちにはまだ時間がある。」

「時間?」

「うん。」


エドは頷く。

「アニタが学校へ行くのも、そのためだろ?」


魔法を学ぶため。

知らないことを知るため。

強くなるため。


「今できないことがあったとしても、それは終わりじゃない。」

風が吹き、荷物にかけていた布が少し揺れた。


「これからできるようになればいいんだ。」

アニタはしばらく何も言わなかった。


けれど、

「......うん。」


帰ってきた声は、少しだけ軽くなっていた。

「ありがと。」




しばらくすると、すうすうと静かな寝息が聞こえてきた。

どうやらアニタは眠ったらしい。


エドは横目でそちらを見る。

暗くて顔までは見えない。

だが、先ほどまでの不安そうな声はもう聞こえなかった。


よかった。そう思う。

だが、自分はなかなか眠れそうになかった。


目を閉じる。

すると、洞窟の奥で見た男の顔が浮かんだ。


ねっとりとした声。

張り付いたような笑み。

ぎょろりとした大きな目。


思い出しただけで胸の奥がざわつく。


嫌悪感。

そして、それ以上の恐怖。

エドは無意識に首元へ手をやった。


あの時。


気付けば自分の手が、自分の首を掴んでいた。

強く絞められていたわけではない。


息もできた。

苦しくもなかった。

だからこそ不気味だった。


もしあの男が本気だったら。

もし少しだけ力を込めていたら。


その先を想像して、エドは思考を止める。

背筋に冷たいものが走った。


闇魔法。


ゴブリンシャーマンが使っていたものとはまるで別物だった。

リョーフは言っていた。

気づいた時には終わっている、と。


だが実際には違った。

気づいていた。


自分の首を掴んでいることも。

異常な状況であることも。


それなのに、何もできなかった。

手を離そうと思っても離せない。

抗おうとしても抗えない。


あれは気合でどうにかなるものではなかった。

では、どうすればいいのだろう。


答えは浮かばない。

あの男は何者だったのか

何のためにゴブリンの巣にいたのか。

なぜ自分たちを見逃したのか。


考えるほどわからなくなる。


もしまた会ったら。

もし次に殺意をもって現れたら。


その時、自分はどうすればいい。

答えのない問いだけが頭の中を巡る。



夢を見た。


暗かった。

どこなのか分からない。


夜のようでもあり、洞窟の奥のようでもある。

ただ、目の前にはアニタとアイリーンがいた。


二人はこちらを見ている。


何か様子がおかしい。

最初に気づいたのは、それだけだった。


アニタがいる。

アイリーンもいる。


いつもと同じ顔だ。

傷もない。

血も流れていない。


それなのに。

何かがおかしい。


二人とも苦しそうだった。

息ができないような顔をしている。


喉を震わせるように口を開き、何かを言おうとしていた。


声は聞こえない。

聞こえないのに。


必死さだけは伝わってくる。

エドは二人へ駆け寄ろうとした。


その時だった。

ようやく気付く。


二人の腕が伸びている。


自分の首へ。


細い指が喉へ食い込んでいた。


ぎゅう、と。


ゆっくり。


本当にゆっくりと。


力が込められていく。


アニタの顔を見る。

今にも泣きだしそうな顔で。

それでも指を離さない。


アイリーンを見る。

苦しそうだった。

何かを止めたいような顔をしている。


それでも腕を引こうとしない。


二人とも。

嫌がっているのに。


首を締めるのをやめない。


エドの足は動かない。

どんなに強く力を込めても、念じても、動かない。


呼吸が浅くなる。

喉が絞まる。

胸が苦しい。


それでも二人は見つめ続けていた。


訴えるように。

懇願するように。


必死に何かを伝えようとしている。


口が動く。

何度も。

何度も。


言葉にならない声が聞こえる。


二人の目が見開かれる。

白目には赤い筋が走っていた。


それでも。

口だけは動き続ける。


ぱくり。

ぱくり。


魚のように。


何度も。

何度も。


何かを伝えようとしていた。


エドは目を凝らす。

声は聞こえない。


けれど口の動きだけは見える。


同じ言葉を繰り返している。


何度も。

何度も。


そこでようやく気付いた。


二人が何を言っているのか。


その瞬間。


エドは絶叫した。

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