58話 ゴブリン3
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隠し通路は狭かった。天井も低い。
先頭を歩くアイリーンは何度か身体を傾けながら進んでいた。
それでも足取りに迷いはない。
小盾を前に構え、一歩ずつ確実に進んでいく。
その背中を見ながら、エドとアニタも後に続いた。
そして進むほどに匂いが強くなっていく。
糞尿の刺激臭、腐敗した肉の匂い、獣臭。
それらが混ざり合い、鼻の奥に張り付くようだった。
思わず顔をしかめる。
アニタも口元を袖で覆っていた。
洞窟の奥から吹く冷たい風が、その悪臭を運んでくる。
匂いの発生源は近い。
「......。」
誰も口を開かない。
足音だけが狭い通路へ響く。
やがて、エドは前方にかすかな光を見つけた。
ヒカリゴケだ。
通路の先。淡い青白い光がぼんやりと揺れている。
今まで通ってきた場所とは比較にならないほど明るい。
「あそこです。」
アニタが小さく言った。
指差す先。細い通路はそこで終わっていた。
その向こうに空間がある。
三人の緊張が一段階高まる。
アイリーンが小盾を少し持ち上げた。短剣を握る手に力が入る。
そして。
通路が終わった。
開けた空間へ出る。
その瞬間だった。
アイリーンが飛び出した。
「っ!」
一歩。
いや、ほとんど反射だった。
警戒していたはずなのに。
まるで何かに誘われるように。
「あっ!」
アニタが思わず声を上げる。
「アイリーンさん!」
エドも通路を飛び出した。
何が起きた。
そう考えるより先に身体が動いていた。
広い。最初にそう思った。
天井は高い。横幅もある。
ヒカリゴケが地面や岩壁に群生し、広場全体を青白く照らしている。
そして、片隅には山ができていた。
短剣、革鎧、靴、布袋、鍋、干し肉。
旅人から奪ったのだろう。
無造作に積み上げられた戦利品の山。
その中には見覚えのある革袋もあった。
アニタの荷物だろうか。だが、それを確認する余裕はない。
アイリーンの正面には一体のゴブリンが立っていた。
小盾。短剣。革帽子、脛当て。
今までのゴブリンより明らかに良い装備。兵士のような構えだった。
さらに左には別のゴブリン。
両手で革紐を振り回している。
スリング。
放たれる。
石が空気を裂いた。
「あぶない!」
アニタが叫ぶ。同時に風が生まれた。
石がわずかに軌道を変える。
ゴッ。
石はアイリーンの肩を掠めて岩壁へぶつかった。
砕けた石片が飛び散る。
「エド!」
アニタの鋭い声。
「右にいる!」
反射的に振りむくがそこには何もない。
岩壁だけだ。
だが。
違う。
いる。
そう意識した瞬間、空間が揺らいだような気がした。
そこにいた。
ぼろ布をまとったゴブリン。
痩せた身体。細長い指。濁った黄色い瞳。
そして。
口元に浮かぶ笑み。
不気味なほど人間じみた笑みだった。
見つかった。
そう笑っているようだった。
次の瞬間。
ぐにゃり。
視界が歪んだ。岩壁が揺れる。地面が波打つ。
身体が傾いた気がした。
エドは咄嗟に足へ力を込める。
だが。本当に揺れたのか。それとも。
頭の中だけなのか。
わからない。
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「闇魔法に打ち勝つ手段?」
リョーフが呆れたようにエドを見る。
それは修行中の休憩時間だった。
木陰に腰を下ろし、水を飲みながらエドは以前から気になっていたことを尋ねたのだ。
精神へ干渉する闇魔法。
もし使われたらどうするのか。
リョーフは一瞬だけ考えるような顔をした。
そして。
「ないよ。」
きっぱりと言った。
「え?」
思わず聞き返す。
「ない。」
リョーフは繰り返した。そんな馬鹿な。
エドが眉をひそめると、リョーフは肩を竦めた。
「魔法っていうのは細かく使うものなんだ。」
そう言いながら立ち上がり近づく。
「とくに闇魔法そうだね。相手に気づかれないように素早く。こうやって。」
気づけば右腕を掴まれていた。
「うわっ!?」
慌てて振り払う。いつの間に。全く気付かなかった。
リョーフはくすくすと笑う。
「まあ、ここまで精度良く使える魔法使いは多くないけどね。」
エドは掴まれた腕をさする。
これだ。
戦闘訓練中、気づかないうちに掴まれていたり、腕を差し出したりしている。
これが何よりも厄介なのだ。
「じゃあ対処法は?」
「ないよ。」
再び同じ答え。
「いや、さっきも聞いたけど。」
「だから、気づかないうちにかかるんだ。気づいたときには終わってる。」
リョーフは指を一本立てた。
「ただし。」
一拍置く。
「かけられてると分かったなら、一つだけ方法がある。」
エドは思わず身を乗り出した。
「何ですか?」
リョーフは真顔で答えた。
「気合い。」
沈黙。
「......は?」
「気合い。」
「いやいや。」
エドは思わず首を振る。だが、リョーフの目は本気だった。
「闇魔法ってのは、精神への干渉だ。だから単純に気を強く持ち直せば崩せることがある。」
「認識を?」
「そう。」
リョーフは拳を握った。
「おかしいと思ったら、えいって気合いを入れ直すんだよ。」
「えいって。」
「えいって。」
真顔だった。
「全身に力を入れて、自分を立て直す。」
リョーフは続ける。
「もちろん相手の魔力が強すぎたら無理。」
「はあ。」
「でも中途半端な術なら、それで外れることもある。」
エドは微妙な顔になる。
理屈は分かる。分かるのだが。
「気合いかぁ......。」
結局そこに戻るのだった。
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