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チートが無いなら無いなりに  作者: 古賀仁成
2章 12歳少年エド。アニタの試験付き添い。

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56話 ゴブリン

励みになるのでブックマークと評価をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお願いします。

「アニタ。」

エドが短く声を掛けた。

視線は洞窟から現れたゴブリンたちへ向けたまま。


「もう済んでる。」

返答は即座だった。

アニタもまた声を潜めている。


気配遮断。

闇魔法によって自分たちの存在感を薄める技術だ。


完全に姿を消せるわけではない。

だが、意識して探さなければ気づけない程度には存在を希薄化できる。

あの洞窟の入口と同じ魔法だ。


少なくとも、あのゴブリンたちはまだこちらに気づいていない。

三体のゴブリンは洞窟の前へ出ると、辺りを見回した。


黄色く濁った瞳が森を舐めるように動く。

しかし、その視線がこちらを捉えることはない。


「......。」

アイリーンが静かに弓を構えた。


動作に無駄は一切なく、腰から矢を抜く。

番える。引く。

その全てが流れるように繋がる。


弦が鳴った。

一射。二射。

矢は真っ直ぐ飛び、先頭のゴブリンの眼窩を貫いた。


ゴブリンの頭が大きく跳ねる。

声を上げる間もなく、その身体は地面へ崩れ落ちた。


続けて二射目も外れない。

矢は二体目のこめかみへ突き刺さり、そのまま後頭部まで貫通する。

緑色の身体が糸の切れた人形のように倒れた。


三射目。

アイリーンは素早く三本目の矢を番え引き絞る。


次の瞬間。

エドが横から軽く腕へ触れた。

「えっ。」


わずかな力だった。


だが放たれる寸前の弓には十分だった。

弦が鳴る。矢は飛ぶ。しかし狙いはわずかに逸れた。


本来なら頭を貫いていたはずの一矢が、ゴブリンの腹へ深々と突き刺さる。


一瞬の沈黙。


そして――。


「グギュゴアアアアアアアッ!」


耳障りな絶叫が森へ響き渡った。

ゴブリンは腹を押さえながらのたうち回る。


苦痛に歪んだ顔から泡交じりの唾液が飛び散った。

その叫びは森中へ広がっていく。


アイリーンが振り向いた。

驚きと抗議が入り混じった表情。

なぜ止めたのか。


その問いが口から出るより早く、

「しっ。」


エドは唇へ人差し指を当てた。

声を出すな。

その仕草だけで十分だった。


アイリーンは口を閉じる。


「すぐ分かります。」

エドは淡々と言った。

視線は洞窟から外さない。


「次の矢を準備してください。」

アイリーンの眉がわずかに動く。


そして何かを察したのだろう。

すぐに頷いた。


「......なるほどね。」

呟きながら身を低くする。


再び矢を番えた。

三人は草むらへ身を沈める。

誰も口を開かない。


聞こえるのは、腹を射抜かれたゴブリンの断続的な悲鳴だけだった。


「ギィ......ッ......!グギャッ......!」

苦しげな呻きが洞窟の入口へ吸い込まれていく。


その音が消えるのを待つように、三人は息を潜めた。


そして――。


「......来る。」

アニタの肩がぴくりと震えた。


魔力の動きを捉えたのだ。

洞窟の奥。暗闇の向こう。動く気配がある。


「子供にしてはえぐいこと考えるね......。」

アイリーンが小さく呟く。


だが、その口元にはわずかな笑みすら浮かんでいた。

番え、引き、放つ。


矢は音もなく飛び、悲鳴を上げ続けていたゴブリンの眼窩を正確に射抜いた。

叫び声は途中で途切れる。緑色の身体が地面へ崩れ落ちた。


しかし、それで終わりではなかった。

洞窟の奥から次々とゴブリンが飛び出してくる。


一体、二体、三体。

まだ続く。


アイリーンの矢が次々と命を奪っていくが、数が多い。

矢が次の獲物へ向かうより早く、何体かはこちらへ気づいた。


「ギャギャッ!」

叫びながら駆け出してくる。


その瞬間。

ゴブリンの足元の地面が崩れた。

「ギッ!?」


アニタの土魔法だ。

踏み出した足が空を切り、ゴブリンの身体が大きく傾く。

そこへエドが踏み込んだ。


握るのはゲヤーキから譲り受けた棒。

先端を捻ると穂先が飛び出した。

倒れかけたゴブリンの横をすり抜けるように穂先が走る。


ぶつり。

鈍い感触。


眼窩へ突き込まれた穂先が脳を貫いた。

ゴブリンは痙攣し、そのまま動かなくなる。


十数体ほどだろうか。

最後の一体が地面へ崩れ落ちてからもしばらく誰も動かなかった。


森に静寂が戻る。

風が枝葉を揺らす音だけが耳に届く。


アイリーンは弓を構えたまま周囲を警戒していた。

アニタも洞窟の奥へ意識を向け続けている。


エドは倒れたゴブリンの死体へ近づいた。

一体ずつ確認する。


胸が上下していないか。指先が動いていないか。

目だけでなく、棒の先で軽く突きながら確かめる。


全て動かない。


そこでようやく肩の力を少し抜いた。

「まったく。」


背後から呆れたような声が聞こえた。

「君たちが連携すると恐ろしいね。」


振り返ると、アイリーンが苦笑していた。

エドは小さく肩を竦める。


「褒め言葉として受け取っておきます。」

「だから褒めてないって。」


そう言いながらも、どこか感心したような顔だった。

エドは再び死体へ視線を落とす。

ゴブリンたちの装備はまちまちだった。


旅人から奪ったのだろう。

錆びた短剣。使い古された革帽子。片方だけの革靴。

肩から提げた布製の小袋。


どれも持ち主がいたはずの物だ。


だが――。


「ないな。」

エドは呟いた。

探している荷物は見当たらない。


どのゴブリンもアニタの革袋を持っていなかった。


「アニタ。」

呼びかけるとアニタがすぐ顔を向ける。


「これで全部?」

アニタは目を閉じた。


洞窟の奥へ意識を向けるように。

数秒後、ゆっくり首を振る。


「ううん。」

そして洞窟を指差した。


「まだいる。」

その声は確信に満ちていた。


「でも、正確な数までは分からない。」

三人はそろって洞窟の奥を見る。


内部は思ったより広い。

入口から先はまっすぐ伸びているようだったが、その先は暗闇に呑まれていた。


ただ、完全な闇ではない。

岩壁のあちこちに生えた苔が淡く発光している。

青白い光が洞窟内をぼんやり照らし、不気味な陰影を作り出していた。


「闇魔法を使ってるって聞いたときは盗賊かと思ったんだけどねぇ。」

アイリーンが頭を掻く。


「まさかゴブリンとは。」

そう言いながら洞窟を睨む。


「魔法を使う個体はゴブリンメイジって呼ばれることが多い。」

ベテラン冒険者らしく、自然と説明が続く。


「でも闇魔法が得意なのはゴブリンシャーマンだね。」

表情が少しだけ険しくなった。


「正直、いると分かった時点で帰る判断をしてもおかしくない相手だよ。」

闇魔法。


認識を狂わせる厄介な魔法。

実際、アニタがいなければこの洞窟すら見つけられなかった。


アイリーンの視線がアニタへ向く。

「私、もう絶対油断しません。」


アニタは真剣な顔で言った。

荷物を奪われたことを、まだ強く悔いているのだろう。

アイリーンは苦笑した。


「いや、そこは気にしなくていい。」

そして首を横へ振る。


「普通はできないから。」

「え?」


「ここまで離れた相手を魔力だけで追跡することも。」

洞窟の入口へ視線を向ける。


「闇魔法で隠された入口を見つけることも。」

一拍置いた。


「アニタちゃんの感知能力は異常だよ。」

アニタが少しだけ目を丸くする。

それでも、どこか嬉しそうだった。


短い沈黙。

洞窟の奥から冷たい空気が流れてくる。

エドはその暗闇を見つめた。


荷物はまだ中にある。

そして、おそらくゴブリンシャーマンも。


「行こう。」

静かにそう言った。

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